第28話 人工サンドスターと澱み

 あれから一ヶ月が経った。


 毎日徹夜で、たまに耐えられなくなったら寝る。なんとなく空腹になったらカップラーメンを食べて、なんとなく臭くなったら風呂に入る。それの繰り返しだ。


 結局メンバーは俺を含めた5人から一人も増えることはなかった。余裕がないからだ。



「培養した細胞が上手く続いてる。随分うまくなったな」

「そうですか!?」

「あーあー、調子に乗らせるといかんぞ。ほら、気合い入れ直せ」


「ヒデちゃん」



 丘が帰ってきた。真夏日だから今日はやめろといったのに、結局出ていってしまった。研究員を集めるために。


 丘は暗い顔をしている。



「あたし体力だけはあるから大丈夫。でもごめん、千人くらい聞いたけどだめだった。友達も全滅」

「千……? 毎日毎日、本当にすまん」

「あたし研修あるから今日は帰るわね」



 丘が帰り、いつもの三人になった。あの女の子は飼育員の研修と、研究所を駆け回って情報を集めているらしい。



「今ってどのくらい進んでいるんですか」

「手を動かしてくれ。今は、君に細胞の保存を任せて俺と君の大叔父さんの二人で安全性を確認する……その手前の作業をやっている。大叔父さん、何か進展は」

「無い。何をしても細胞が死んでしまう」

「こっちも周期表を片っ端から潰してます。ウランとかは出来ませんが、スズから放射線が検出されない以上それはない」

「どうやってそんな情報」


「あの子が資料を盗んでコピーして送ってきてくれている。だから情報量ならパークと同じくらいの水準で得られています」

「口は悪いのだけが難点だ」



 蒸し暑い部屋で実験が進められていき、その日も何事もなく終わった。良いことも悪いこともない。ただ残酷に時計の針とカレンダーだけが進んでいく。


 それから一週間ほど経った頃、大叔父さんに声をかけられた。



「いい加減寝ろ。何連続で徹夜だ? いつ飯を食った」

「覚えていない。でも将来の寿命なんて」

「寝ろ! 休め! 食え! 急死するぞ! あの子を助けたあとすぐに死んだら悲しいだろうが! 才能あるやつは早死にするってこういうことかぁっ!」



 俺の意見は聞き入れられることはなく強引に追い出され、しょうがないので一度帰宅することにした。しかし頭が回らず、バス停の場所を忘れ彷徨っていたところで力が入らなくなって倒れた。


 意識はあるが体が全く動かない。それに多分喉も乾いているが何も体に入れようと思えない。食欲も0。


 しばらくそのまま倒れていたが、だんだん日が高くなっていることに気付いた。直射日光が当たって頭が熱い。


 このまま熱中症か栄養失調で野垂れ死ぬのか? 俺は。


 せめてスズを助けたい。


 ああ、タカの顔が見える。母さんの顔が、スズの顔が……誰か向こうでおいでおいでって手招きしてる。川の向こうで。




「……きて」



 ん? 声?


 なんだか涼しいような。



「起きてよ」

「誰……だ」

「タカよ」


 タカ?


 匂い的にここはスカイレース用の更衣室だ。いろいろな機材もここにあって、スカイインパルスの練習拠点にもなっている場所。



「俺はどうしてここに? ああ頭がいてぇ」

「人が死んでるって騒ぎになってて、救助隊が来る前に私が助けたの。これから病院に行きましょう」

「駄目だ! 行ったら捕まっちまう。やばい研究をしてるヒトの話は聞いてるはずだ。スズを助けるためにやってることなんだ」

「そう。とにかくご飯食べて水飲んで。このままだとヒデ本当に死ぬわよ」



 ジャパリまんはパサパサしてるから食べたくないなとか思っていると、いい匂いがしてきて野菜が大量に入った半固形状の何かを白い粒粒にかけた……これはカレーだ。


 運んできてくれた水を5杯ほど飲み干すとようやく頭が回るようになってきた。


 でもなんでカレー?



「ヒトにはこれ出すと良いって聞いたから作ったんだけど、駄目だった?」

「いや……いや! 最高だよ! タカの貴重な手料理食べれるなんて夢みたいだ! うまっ、スパイスから作ったのか? うまっ、ちゃんと火が通ってていける。お世辞じゃないぞ」

「作ってよかった。図書館の二人に聞いたの」



 あのフクロウ二人か。メスガキというか、個性が強すぎてなかなか関わりづらい。あの二人から物を聞き出すというのはタカらしい。



「寝てないの? クマがすごいしいつもより髪がボサボサじゃない。それにちょっと臭い」



 匂いを嗅いだことを後悔するように肩をすくめて遠ざかるのは中々来るものがある。真顔で臭いと言われると普通に辛い。



「近くに水場はあるか」

「シャワーあるわよ」

「良いのか? それにほら、いつもタカ達が使ってる女の子の聖域みたいなもんだし、俺が使ったら嫌だろ」



 いやでもタカが使ってるシャンプーとか使えると思うと死ぬほど興奮するな。フレンズと一緒の匂いになれるなんて背徳感がすごすぎる。てかそれって一心同体では?


 しかし研究もしなければ。今頃あの二人だけで頑張らせてしまっている。タカの好意は無駄にしたくはないが……



「ニヤニヤしたり深刻な顔したり気持ち悪いわ。やっぱり病院行く?」



 心配そうな顔をしているタカを見るとその心配は吹き飛んだ。


 結局シャワーを貸してもらい、何日間かわからない汚れを落とすことが出来た。最悪だった匂いからタカの匂いに変わったし、素晴らしいビフォーアフターである。



「うう」

「タカ?」

「もう出たの? まるでカラスね」

「男だからな。それより何か悩んでるな? ……どこまで知ってるんだ」


 一瞬俺の顔を見るとすぐに目をそらしてしまった。


「タカが悩んでたら分かる。長い付き合いだからな」

「友達を助けらないのはクールじゃない。ヒデがスズのためにしてることは知ってるわよ。でも、そんな無理したらヒデだって死んじゃう! 一週間寝ないなんて無茶にもほどがある」

「命がかかってる」

「せめて手伝わせてよ! スズもヒデも居なくなっちゃったら私、私耐えられないわっ! だから手伝わせて! 私なんでも、なんでもするからぁっ!」


「分かった。分かったから……」



 それっぽい言葉をかけ続けて慰めたが、大きな目からだんだんと溢れ始めたものが頬の筋を作るほどになってしまった。泣かせてしまった。俺はこういうときの対処法がわからない。フレンズとして接すれば簡単なのに、人間のように振る舞われると一気に引き出しが使えなくなってしまう。


 白衣が湿っていくのを感じながら、ただ抱きしめて頭を撫でることしか出来なかった。とても女の子に対する慰めとは思えないが、今は安心させられればそれでいい。でも本当に安心させるためには研究が……クソ。



「ヒデ」

「ん」

「研究者を知ってる。二人よ。きっと協力してくれると思うし、力になってくれるわ」

「二人はどこに居るんだ?」

「住処に呼んだわ。明日くらいには来るかも」

「そうか……なら良かった……」

「ヒデ!? ヒデしっかりして! ねえ!」

「……寝かせてくれ」



 タカに甘やかされて気が緩んでしまったようで、気付いたときにはタカに身を預けて眠ってしまっていた。




 ______



 また変な夢だ。色々混ざっているような気がするが、前見たのと同じ仲間と共謀して警察から逃げる夢だった。


 今度はそれにさらに続きがあって、結局逮捕されたあと誰かに救い出されたところで夢は終わってしまった。


 気になることといえば、夢の内容に現実味があって本当の記憶としか思えないことだろう。だが夢の中の俺は今と同じくらいの年齢だ。もしかして研究が失敗し、警察に追われる身となることを予知してしまったのだろうか?




「起きた……もうちょっと寝かせて……」

「暑いから離れてくれよ、ああくそ力が強すぎる」



 気づけば翌日の明け方になっていた。既に12時間以上寝たおかげで疲れが取れている。日が少し登って窓から光が入り、鳥のさえずりが正直うるさいほどだ。タカは慣れているから爆睡しているが、俺にとっては刺激が強すぎて二度寝することは出来なかった。


 しかしタカに抱きつかれて寝ている俺は前世でどれほどの徳を積んだのだろうか。スカイレースで惚れたファンたちが顔を見れただけで興奮しまくっているのに。



「起きてくれよ、研究に戻らなきゃいけねえからさ」

「うん……うふふ、すう…………」



 軽いからこのまま持ち運ぶこともできるが、何より腕の力が強くて離れない。結構本気で腕を押しているのにびくともしない。



 かわいすぎる。


 首筋を触るとくすぐったそうに顔を動かして、畳まれた翼を触ると少しだけ動く。動物の時クチバシだった前髪はサラサラのふわふわで、掴んでも水のようにするりと抜けてしまう。


 温かい吐息が顔にかかるたびに心拍数が上がって、体温が上がっていくのが分かる。鳥のさえずりに負けないくらいの音で心臓が鳴っている。今なら何をしてもバレないと、赤ら顔の鬼が横から声をかけ続けてくる。天使はもう居ない。



「わ!」

「うわぁ!?」


 いきなりタカが飛び起きた。翼を広げて部屋の入口の方まで飛ぶと、のぞき窓の向こうを怖い顔で睨んだ。


 さすが野生だ。一瞬で飛び起きた。



「気配がしたわ」

「気配?」



 俺ものぞき窓に顔を近づけて向こうを見ると、横の方から誰かが来るのが見えた。真っ白な生地……白衣!?


 今の俺に白衣は効く。カコさんの普段着だからだ。


 しかし逃げる暇も与えずに、無情にもドアは完全に開き俺と訪問者を遮るものが無くなってしまった。



「ハハハ! 人間とフレンズがこんなところで何をしている?」

「バビルサ! タカが行ってたのってバビルサだったのか。じゃあもうひとりはギンギツネか」


「当たりよ。あの時の恩返しをさせて」



 来ていたのはカコさんではなくバビルサとギンギツネだった。二人共かなりマッドなサイエンティストとしてその悪行については枚挙に暇がない。フレンズにやばい薬飲ませたりとか。


 バビルサが自信たっぷりの表情で部屋に上がり込み、部屋を見回すとソファに勝手に座り込んだ。ギンギツネも後に続くと、バビルサの横に腰を下ろした。二人共キツネみたいに体を震わせて伸びをしている。


「恩返しって? むしろその、オイナリサマのこと本当に」

「あの後スズが来て、オイナリサマを治してくれたのよ。何をしたのかはわからないけれど、祠からすぐに復活したわ」

「初めて知った」


「お話は終わったか? 早くそのスズとかいうフレンズについて教えろ。私に任せれば一瞬で終わらせてあげようじゃないか。お礼が欲しいんだよ私は」

「お礼? タカ、お礼ってなんだ?」

「そのことについて知らないほうが……いや、今考える必要はないわ。とにかくこの二人が研究に協力してくれる。どう?」


「どう……って、フレンズを巻き込むのか」


「ヒデ! これは私から言い出したことなの。オイナリサマを助けてくれたからその恩返しよ。ね、バビルサ」

「図書館でなかなか面白い論文を見つけてしまってな。著者を探していたらここに行き着いた。成功したらお礼としてこれに書いてある仮設を実証してもらいたい」



 バビルサが論文のまとめられたファイルを開き、ある論文のページを叩いて見せつけてきた。題名は「フレンズと結婚して子供を作ることは可能か」


 ん? いや俺のだけども、それ実証するってどういうこと?


 まあ普通にバビルサはかわいい。赤メガネもとてもエロい。痴女成分強めの美人マッドサイエンティストとか普通に興奮する。よく見なくてもかなり女性らしい体つきをしているので根強いファンが居るほどだ。


 典型的な喋らなければ美人というやつ。しかし個人的にはワンナイトどころかワンイヤーくらいいけるし、なんなら……



「私に子供が出来てしまっては実験に支障が出るからな。おいオオタカ。協力してくれないか?」



 タカは表情を変えず、瞳に野生の光を灯した。羽が逆だって、体中からサンドスターが湧き出ている。



「おおこわいこわい。カリスマのスカイレーサーがお怒りだ。ハッハッハ!」



 _____



 少し後、俺は全員を集めて説明を行うことにした。


 いつものメンツかと思って適当に準備をしていたのだが様子がおかしい。妙に人が多い。



「丘、すまないな」

「あたしじゃないわ。知ってる人が全然居ないもの」

「じゃああの子か? あいつ優しい所あるんだな」

「いいえ。ずーっとフレンズさんと研修してたわ」


「じゃあ誰だ? ギンギツネ、バビルサ」


「私は違うわ」

「フン……」



「あの皆さん。今日はどうしてここに」



 すると一人の男が出てきて話し始めた。もちろん面識はない。


「おそらくフレンズだと思うんですが、知らない子がセルリアンから救ってくれたんです。お礼をしようと思ったらここのことを教えてくれて」

「俺もだ。車が泥にはまったところを助けてくれた」

「通信設備の運搬を……」


 集まった人はすべて、スズに何かをしてもらったその恩返しに来てくれていた。セルリアン退治、運搬、救助、諸々の手伝いetc


 スズはまるでハクトウワシのように人助けをしていた。それも俺の知らないところで。そして何故か助けた後お礼を求められると俺の研究拠点の場所を伝えていた。



「どんな姿だったんだ」

「それがシーツか何かを被っていて顔は見えなくて、声は女の子の声でした」



 特徴も全員一致。おそらくスズがシーツを被って正体を隠している。



「何を考えてるんだ」

「その子、ずっと研究所に居たんでしょ? もしかしたら何をしたら良いかわからなくてとりあえず人助けをしてるのかも」

「生きる意味を探して、か。確かにありえるな。それじゃあこっちも人助けの時間だな」



 結局メンバーは俺、丘、あの名前を教えてくれないあいつ、ギンギツネ、バビルサ、甥と叔父の二人、そして新たに13人加わることとなった。



「で、どこまで進んだのだ」

「0%だ」

「0」

「0だ。ああ……もう時間がない。ほぼ折り返し地点だ。約3ヶ月でスズを作る未知の物質の安全性を証明して、治療法を見つけ出す」

「ちょっと、そんなスケジュールだったの!?」

「計画性も何もあったものではないな。酷すぎる」


「スズの命がかかってる。前から分かっていたならそうしたさ。でも出来なかった。今の最優先事項はただゴールに向けて動くことだ。早速だが知っていることがあるのなら教えてくれ」



 ギンギツネとバビルサは目を見合わせている。確かに常識的に考えればこれは馬鹿なプロジェクトだ。フレンズでも簡単にわかるレベルの。



「前も言ったけど、私は恩返しのために協力する。実はあの子についてオイナリサマが興味深いことを言ってたの」

「律儀なことだ……」

「教えてくれ」

「あのね? 私達フレンズはサンドスターともう一つ重要なものを持っているの。それは輝きよ。フレンズだけじゃなくて、建物とか概念にも存在する、感情のようなもの。これについてはヒデのほうが詳しいわね。そしてあの子の場合は人工サンドスターと一緒に輝きではないものを必要としているらしい」


「輝きじゃないもの?」


「オイナリサマは仮に澱みよどみと呼んでいたわ。輝きとは反対のネガティブな感情よ。寂しいとか悲しいとか、そういうの。でもこのパークは輝きに溢れてるから、澱みを必要とするあの子にとっては生き辛いって。合わないちほーだと寿命が縮まるのと同じだって言っていたわ……あまりにも、酷ね」


「ほう、じゃあ一人で居れば少しは長生きできると、そういうことだ。だから距離をとっているのだろう」


「でも澱みに支配されないと駄目なわけじゃない。過去の闇を受け止めた上で乗り越えれば十分だって。おそらくその過程で人工サンドスターを投与すれば治療は成功する……かも。可能性は低いけれど」



「それに賭けよう! 澱み! 澱みだ! 道は開けた! やるしか無い! 可能性が低かろうがそれに全てをかける!」



 目の前が明るくなった気がした。治療法の確立。スズに過去の闇を乗り越えてもらい、人工サンドスターを投与する。こうなったら研究に打ち込むだけだ。残りほぼ3ヶ月。その残り時間で人工サンドスターを完成させる。


 それにスズならば闇を乗り越えることはできる。あいつは弱くない。


 そうして人数を増やした上でさらにハードな生活が始まった。


 ただ上手くいくと信じて。

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