第49話 雛

由美は軽井沢の別荘の二階にいた。一晩寝ずに、窓の外をじっと見ている。暗い木々に暖かい波が、落ち葉のようにふらつき始めた。下には赤い葉っぱが降り積もり、テレビも点けっぱなしだった。でもそれは見ない。ただ、無関心に上る太陽を、眼にやきつけているだけだった。

「落ち込んでんのか?」

「ああ...」

「元気出してくれよ、神が落ち込んでどうする」

「何しにきたの」

「俺?そうだな―...今日は、俺の初めての祈りを捧げるよ」

「ここは教会なの...」

「俺は正直神社の方がいいけど、どっちにしろ聖なる所だ」

「最上は私でいいの?」

「歓迎さ」

「そう。よかった」

由美が弱く笑顔になろうとした、が、やっぱり弱く、纏まらずに散った。

「心配するな、俺がこれから―」

最上の長年の勘は後ろで気配を感じた。音もなく立つ幽霊は二人を見下ろし、優越感の支給する豊富な余裕を後ろ盾にして動かない。

コインロッカーを開けている。

ここの高い天井があっても頭を下げないといけない。全身黒い身体は鉄のように光を捉えているが、気味悪く所々白く見える。細い脚とくるぶしまで伸びる細い腕。太くなくてもいい。力は十分にある事を承知済み。首の根っこは大きな窪みから生えていて、常に肩を上げている姿勢を印象づけている。眼はない。これといった耳と鼻も。その代わりに頭はどす黒い卵の形をしていた。尖った方で最上の小さな頭を頭突きでかち割る体制にいる。

あばらの間には縦に割けた口が一つ。

中身を取り返しに来た。

「由美―!走れ!」

数発当たった。無益に弾ける弾丸は平べったくなって床に落ちるだけ。

贈り物は素早い動きで天井に穴を打ち開いた。床を粉砕する蹴りで屋根まで跳んでも最上は小さな鉄を撃ち続ける。天井に空く穴は動く。腕の角度が追いかける。上に穴。上に穴。窓に穴。床に座る由美にガラスが降り注ぐ。

弾切れ。

由美と最上の目が合った。偶像と信者の最後の触れ合いが始まった。

大きな手は外から滑り込み、由美を頭から摘まんだ。

アイドルの入れ替えを、抵抗も出来ずに見送った。

一人取り残された礼拝者は銃を床にそっと置き、手を合わせた。

何も出来ない神は、今も祈り続ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

王座に一人の少女 芳村アンドレイ @yoshimura_andorei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ