第23話 ロアン家(2)
「え…、あの…。」
「まぁまぁまぁ。こんなに可愛らしく清楚な子を連れてくるなんて…!」
「そうだろう、そうだろう。派手な女の子とばかり遊んでばかりいて、心配もしたが…。やはりあの子は根は真面目だからね。」
「え…、その…。」
「お名前はなんていうの?」
「デ…、デイジー・ローズです…。」
「まぁ!苗字も名前もお花の名前だなんてっ!可愛らしいわぁ。」
「声さえも品があって、ロアン家の長男の嫁としてはぴったり…――、」
「何の話をしてるんですかっ!!!」
――バンっ!!!
母親の部屋から聞こえてくる両親の喜喜溢れる弾んだ会話に、エリオットが顔を青ざめながら大きな音を立て扉を開いた。
「そいつとはそういう関係ではありませんっ!!」
「え?」
「あら…?」
正面からデイジーの両手を掴んでいる母親と、背後から両肩に手を置いている父親。その間に挟まれ目をぱちぱちと瞬かせているデイジーに、エリオットは大きなため息が出た。
「父さん…。さっきそうではないと言ったではないですか…。」
「そうだったかい?」
「わざとでしょう。母さんも分かってて乗らないでください。」
「ほほほ。」
エリオットがギロっと両親を睨みつけると、二人してあからさまな笑顔を浮かべデイジーから離れた。
「すいませんね、デイジーさん。困らせてしまいましたか?」
「少しいたずらが過ぎちゃいましたかしら。」
「え…?」
先ほどのハイテンションから、一気に落ち着き、口調さえも変わった二人にデイジーは戸惑いを隠せない。
50代前後の綺麗に歳を重ねた夫婦。プラチナブロンドの髪の毛は両親からのものだったようだ。どちらともにエリオットは似ている。
全体的にはシンプルだが、お洒落に首元のスカーフをピンで止め、シックな色合いのベストを身に纏ったスーツ姿の男性と、パニエで膨らんだドレスは派手ではないが、鮮やかに大きく花の刺繍が施されたラベンダー色のドレスの夫人。品のよさそうな恰好をした夫婦がニマニマと笑顔を浮かべている。
「困らせると分かっているなら初めからやらないでください。」
「いやぁ…。でも、デイジーさんのことを気に入ってしまったからなぁ。」
「言い続けていれば本当にお嫁さんとして来てくれるかもしれないでしょう?」
「外堀は大丈夫だから、心おきなくプロポーズしてもいいぞ。」
「だから…っ!」
「あれ…?兄さん!?」
最悪なタイミングで登場した弟のアレクシスに、エリオットは目を見開いて固まってしまった。
「え…、あなたは…、あの時の…!…やっぱり兄さんの彼女っ!?」
「違うっ!」
「なんで依頼者が兄さんの部屋に泊ってるんだって不思議だったんだよっ!そういうことなんだね兄さんっ!!」
「なにぃ!エリオットの部屋にデイジーちゃんがっ!?」
「まぁまぁっ!」
「だから、みんなして話を聞けっ!!」
「ふふふっ。」
夫人の部屋に響く騒がしい声。その声に埋もれるほどの小さく可愛らしい笑い声が、ロアン家の人々の発言をピタリと止めた。沈黙が訪れることでやっと夫人の部屋の煌びやかではないが、センスの良い高価な調度品が本来の威厳を放つ。
「あ…、ごめんなさい。笑ってしまって…。」
4人の視線を一気に受けたデイジーが焦った様子で口元を両手で抑える。
「いや…、別に謝ることじゃないが…。」
エリオットは返事を返すと、声を荒げていたことを少し恥じるように、ごほんと口元に拳をつくって一つ咳ばらいをした。
「ご家族、仲がよろしいんですね。」
「はぁ?」
「ふふふ。」
笑顔でエリオットへ話かけるデイジーと、ぶっきらぼうに返事を返すエリオット。そしてその返事にさえも笑顔を浮かべるデイジー。
――その様子を見つめるロアン家当主夫婦と、次期当主。
(…はやり、彼女はエリオットの特別なんじゃ…。)
(あの子の顔を見て。とても柔らかい目でデイジーちゃんを見つめちゃって…。)
(でも、兄さんは意地でも認めないつもりだよ…。ってか、気づいていないのかも…。)
「おい。聞こえてますよ。」
あからさまにエリオットとデイジーにそっぽを向いてコソコソ話をする自身の家族に、エリオットは青筋を浮かべて鋭い声を放つ。
「いやぁ。別に。」
「ほほほ。」
「で、兄さん、珍しく家に帰って来たんだね。どうしたの?」
弟の質問によってやっと本題へと入れたエリオットは、気持ちを入れ替えて父親へ視線を向けた。
「仕事で少し自動車を借りたいんですが、家のものを借りても宜しいですか?」
「あぁ…。別に構わないが、運転手は必要か?」
「いえ。自分で運転します。」
「分かった。じゃあ…――、」
コンコン
「失礼いたします。エリオット様にお手紙が届いております。」
「…は?」
急に部屋に響いたノックの音と、扉の外から掛けられた予想だにしなかった発言に、エリオットは間抜けな声が出た。
「…え、俺?」
「今しがた、フォルテミア教会様よりお手紙が届いた模様です。」
「…。」
エリオットは退院したことを教会に伝えていないため、病院のスタッフ以外誰も知らないはずだ。そして、実家に居るのは、いろいろなことが重なって偶々だ。なぜ自身の居場所が分かったのかエリオットは疑問しかない。教会はそういうところがある。
部屋の扉を開くと、執事が姿勢よく立っており、その掌の上に置かれたトレーには一枚の封筒が乗せられていた。確かに、封蝋は間違いなくフォルテミア教会のものだ。
エリオットは封筒と一緒に乗せられていたペーパーナイフを受け取り、封を開ける。そして内容を読むと、本日何度目からの面倒臭そうな表情を惜しげもなく浮かべた。
「はぁ…。」
「どうしたんだ?エリオット。」
「…。」
「…?」
部屋の中で疑問符を浮かべている人々を振り返り、エリオットはデイジーを見つめて呟いた。
「…悪い。少しだけ、時間をくれないか?」
ロザリオと花 海(カイ) @--kai--
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