最終回 ゴブリンの意地
まさに不意を突かれた気分だ。本当は不意打ちをくらわせてやるつもりだったのに完全に予定外、計算外だ。今勇者と目があっている、目を反らせばその地点で負けだ。そんな気がする。野生動物の世界、弱肉強食の世界、今そういう状況にいるのは間違いない。
「おう! 何かと思うたらワレェ、ゴブリンじゃのう! こんな所で何しとんねん⁉」
勇者はゴブリン兄弟を見ても少しも驚いた様子を見せない、勇者にとっては旅を始めて最初の戦闘、少しくらいは動揺、緊張を見せてもよさそうなものなのに。
「て、てめえが勇者か……? お、お前こそこんな所で何してんだ……?」
明らかに声のトーンが負けている、もうすでに心が負けを認めかかっている証拠だ。どう控えめに見てもこの勇者はゴブリン兄弟よりも強い。
ゴブリン兄弟にとっての誤算は勝手なイメージで勇者を決めつけていたことだ。まだ16才、勇者になったばかり、旅を始めたばかり、この情報で勇者はまだひ弱な青二才だと勝手に思い込んでいた、もっと下調べをしておけばよかったと思っても後の祭り。
「ワシか⁉ ワシはこれから魔王を倒しに行くんじゃい! 人様を苦しめ世間に迷惑をかけとる男の風上にも置けん半端もんを倒しにのう!」
ゴブリン兄のうかつな質問で何となく勇者の士気を上げてしまった。この勇者は誰にも止められない気がする。
「ね、ねえ兄ちゃん……、この人が勇者なの……? 兄ちゃん本当にこの人を倒せるの……?」
ゴブリン弟は不安そうにゴブリン兄の顔を見た。正直ゴブリン兄は今ゴブリン弟が言った「勇者を倒せるの」という言葉が勇者に聞こえたかどうかが気になっていた。
いらん事を言わないでくれ弟よ、生命の危機なんだから。
「ワシを倒す⁉ ワレがか⁉」
聞こえていたようだ。もうこうなってはどうにもならない、血気盛んな勇者は闘争心を刺激させられたのか手をバキバキと鳴らしている。戦うか逃げるかしかない状況になっているのは間違いない。
「おもろいやないか! 魔王を倒しに行くための準備運動にもならんじゃろうが何もせんよりかはマシじゃからのう! かかってこいや!」
勇者は完全に臨戦態勢の構えをとってしまっている。今更そんなつもりはないと言っても聞く耳持たないだろう、それどころか逆に相手の怒りを買いかねない、もうやるしかないのだ。
「よ、ようし……、覚悟しろよ勇者……、お前は魔王様の所へ行く事は出来ん……、な、なぜならお前は今日オレに倒されて旅は終了となるからだ……」
「はっはっは! ええぞええぞ、男はそうこなくちゃならんのう! よっしゃ! その意気買った! ワシも本気で相手になってやる!」
両腕を組んで高笑いをする勇者はとても楽しそうだ。そしてどんどん状況が悪化してるのは何故だ、これが運命という奴か、英雄になるいう考えが甘かったのか、ゴブリンにとっては身の程知らずの願望なのか……。
「兄ちゃんどうしよう……」
ゴブリン弟の不安そうな顔を見てゴブリン兄は覚悟を決めた。弟の前で情けない恰好は見せられない、勝つか負けるかじゃない、逃げるか逃げないかだ。恩ある魔王様の宿敵である勇者を前にしておめおめと逃げ出すなんて出来っこない、それにまだ負けると決まったわけじゃない、ゴブリン兄にも闘争心が漲ってきた。
「いくぞ勇者! ゴブリンをなめんな!」
ゴブリン兄はこぶしを構え勇者に殴りかかった。武器はある、しかし相手は素手だ。武器を持たない相手に武器を使いたくはない、そんな卑怯な姿を弟に見せるわけにはいかない。しかしそんなゴブリン兄の正々堂々としたパンチも片手で止められてしまった。
「なっとらんのう! キメラが止まるわい! うりゃ!」
ブン、という風を切る音が聞えた。勇者は反対の手でゴブリン兄の脇腹にボディブローを浴びせる。その威力はゴブリン兄の想像をはるかに超えていた。そして鈍い音と共に体が吹っ飛んだ。
「ぐわああああああああ!」
どさっと倒れたと同時に体をゴロゴロと右に左に動かし苦悶の声と表情を生み出す。これが旅を始めたばかりの勇者か、この先どんだけ強くなっちまうんだ。逆に楽しみだが自分は魔王軍の一員、ここで勇者を止めなくてはならない。
「ふん! もう動けんじゃろう、これにこりたらおとなしゅうしとれや!」
勇者は捨て台詞を吐いて立ち去ろうとした。相手にならん、口に出したわけではないが勇者の背中はそう言っているようだった。
「ま、待て、勇者……」
ひざはがくがくと震え、倒れそうになりながらもゴブリン兄は立ち上がった。もうすでに戦える状態ではない、しかしここで終わってしまってはあまりにも無残、あっけなさすぎる。勇者を倒せれば英雄になれる、その事が頭の中を駆け巡っている。風前の灯が最後に一瞬だけ猛りだした。
「ほう、まだやるつもりかい」
くるりと振り返り手をまたバキバキと鳴らす、これが最後の一撃とばかりに弓を引くように右手を後ろに引いた。そして何のためらいもなくゴブリン兄めがけて突進してきた。
「や、やめてよ!」
勇者の前に飛び出してきたのはゴブリン弟だった。
「もう戦えないのに……、それでも暴力を振るうなんてそれが勇者のすることなの⁉」
ゴブリン弟の言葉に勇者も困惑している。敵であるゴブリンの予想外の言葉が勇者の動きを止めた。力が込められている右手が金縛りにあったように宙にとどまる。
「よせよ……、邪魔すんじゃねえよ……、これはオレと勇者との戦いなんだからよ……、どうした勇者……、敵に情けをかけてるようじゃ魔王さまには到底勝てねえぞ……、かかってこいよ……」
「ふん……、なかなか言いよるのう、ほんなら遠慮なく行かしてもらうわい、ワレも最後の力を振り絞って打ってこいや!」
「も、もちろん、そのつもりだああああああああああああ!」
両者は同時に前に飛び出した。ゴブリン兄はただ自分のパンチを当てることだけに意識を集中していた。たとえ死んでもこの一撃に全てをかけるつもりだ。
ゴブリン兄はダメージを負っているとは思えないくらいのスピードを見せた。間を詰める速さは勇者と互角、しかしそれまでだった。まるで閃光が飛び散ったかのような一瞬。そこにはゴブリン兄と勇者の拳が交わっている光景があった。
勇者のパンチはゴブリン兄の顔の左側面をとらえた。文句のないヒット。しかしゴブリン兄のパンチも勇者の顎を捉えた。
「ぐ、ぐふ……」
「ぐ、ぐあ……」
力なくその場で倒れたゴブリン兄、しかし勇者もその場でグラついた。ゴブリン兄の渾身の一撃であったがこの勝負は勇者の勝ちだ。悲しいがこれが勝負の幕引きであった。
「兄ちゃんしっかり!」
すぐに駆け寄るゴブリン弟、ゴブリン兄の体を懸命にゆする。
「ふん……、ゴブリンにしては根性あるのう! 見事じゃ! ワレの事は生涯忘れんわい!」
そう言い残し勇者は去って行った。
「あれが勇者か……」
「兄ちゃん?」
「あいつ……、最後の一撃……、わざと喰らいやがった……、そしてあいつの一撃……、すげえ手加減しやがった……、死なない程度にな……、何て奴だ……、あいつなら本当に魔王様を倒しちまうかもな……」
気を失うまでのわずかの間にゴブリン兄は自分の弱さを、そして勇者の強さを認めた。
空はいつの間にかオレンジ色に染まっている、夕暮れの心地いい風がゴブリン兄の傷を少し癒してくれた。
fin
GOBLIN BLUES あるゴブリン兄弟の一日 ぶらうにー @braveman912
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます