3 勇者現る

 なぜこんな所に大岩があるのか誰にもからない、誰かがどこからか運んで来たのか、それとも自然の力でここまで運ばれて来たのか、答えは出ない。

 人々の間では、この大岩は神が竜を討つために天から落としたという言い伝えがあるらしい。でもまあそんのことはどうでもいい、ともかく隠れるのにはうってつけの場所という事だ。ゴブリン兄弟はこの大岩はこの日のために天が用意してくれたというような顔で勇者を待ち伏せていた。

 

 大岩の先にはまっすぐに伸びた道があり、その先にハジマリノ村が見える。もし勇者がゴブリン兄の言う通り進んでくるのならばこの大岩の所を通過するはずなのだ。


「おい、今のうちにちゃんと食べとけよ、これから一世一代の大勝負が待っているんだからな、腹減って動けないじゃシャレにならないからな」


 ゴブリン兄は前方に注意を向けたまま独り言のようにしゃべった。気を抜いている間に勇者が通過してしまったら元も子もない、もし今日勇者と出会えなければもう一生会う事は出来ないだろう、ゴブリン兄にはそんな確信があった。

 今の所それらしき人影が見えない、勇者はまだハジマリノ村の近くにいるのだろうか。


「兄ちゃんは食べなくていいの?」


「オレはいい、オレの分までやるからしっかり食べとけ」


 そう言って自分の分の食糧をゴブリン弟に手渡した。もうすぐ勇者との決戦があるのだ。その緊張で食欲などあるはずもなかった。それもそのはず、ゴブリン兄弟は今までに実戦経験など無いのだ。魔王の威光のおかげで大した苦労もなく毎日のほほんと生きて来て、そのツケが今回ってきている。駆け出しとはいえ勇者は勇者、勝算があるのかどうかもわからない。

 今ならまだ勇者との戦闘は回避できる。このまま森に引き返せばいい、それだけだ。それだけで今まで通りの穏やかな暮らしができる、何も無理して英雄になろうとする事はない。

 しかし……、しかし英雄という称号は欲しい! 動機はただそれだけ、でも勝算のわからない危険を受け入れられるか、ゴブリン兄は迷いに迷った。


「あ! 兄ちゃん前見て!」


 前方に何かを発見したらしいゴブリン弟。


「勇者が来たか⁉」

 

 前方から現れたのは同じ森で暮らす別の小太りのゴブリンだった。


「よお、何やってんだあ? こんな所で」


 とろい口調で話しかけて来た小太りのゴブリン。目は眠たそうに目じりが下がっていて、肩には食べ物らしきものが入った袋を担いでいる。この道は帰路なのだろう。その途中にある大岩の所で身を隠しているゴブリン兄弟を不思議に思ったらしい。滑稽な物を見るような目でゴブリン兄弟を見た。


「あのね、今勇者を待ち伏せて……むぐぐ……」


 正直に答えようとしたゴブリン弟の口を大慌てでふさぐゴブリン兄。


「な、何でもないって、ちょっとここで休んでるだけだって」


「ふうん、そうなんだ」


 ここで勇者を待ち伏せているなんて知られてはまずい、勇者を倒して英雄になるのはオレ達だけで十分だ。と言ってもこいつはそういう事には興味はないだろう。こいつは食って寝る。それだけで十分な奴だ。野心とか成り上がるとかには無縁な奴だから別に言ってもいいんだろうけど、うっかり他の奴に喋られても困る。

 いつの間にかオレ達が倒して英雄になってるって計画というのがゴブリン兄の算段だ。 


「そうだ、お前今ハジマリノ村の方から来たよな? ちょっと聞きたいんだけどよ、えーと……」


 ゴブリン兄は魔王から送られてきた手紙をがさがさと取り出し書かれてある勇者の特徴を確かめた。


「髪の色は金色で髪型は後ろに流していてな、手ぶらで漆黒の鎧のような物を着ている16才くらいの奴を見なかったか?」


 見かけたと言えば間違いなくここに現れるだろうという確信が高まる。もしそんな奴は見なかったと言えばここで待っていてもしょうがなくなるのだ。


「えー、そんな奴いたかなあ……」


 空の方を眺めてちょっと前の事を思い出そうとしている小太りのゴブリン、こいつは通行人とかそんなことをいちいち覚えているのか、不安になってきた。


「えーとね……」


「おう、いたか?」


「そういえばねえ……」


「おう、どうだ?」


「確かねえ……」


 ああいらいらする、見なかった見なかったでいいのに、ほんの少し前の事だろうに、しかも結構特徴的な奴に違いないのだ。


「ああ、そうそう、そういえばいた気がするよそういう奴」


「おお、いたか! で、そいつはこっちに向かっているのか⁉」


 最も肝心な事を聞いておかねばならない、そういう特徴を持った奴がいたとしてもここを通らなければ計画は台無しだ。もしかしたら他のモンスターに先を越されてしまうかもしれない。


「うん、多分ここを通ると思うよ、誰かとそんな話をしてたような気がするから、でもいつここを通るかはわからないよ?」


「そうか! 充分、充分だ! ありがとな!」


「でもさあ、それって何の話なの? 何か大事な話?」


「いやいやいやいや、本当に何でもないって、ほら、食いもんやるから早く家に帰って休めよ」


「えええ? いいのかい?」


「ああ、もちろんさあ、持ってけ持ってけ」


 ゴブリン兄は何としても小太りのゴブリンをこの場から離したかった。そしてその願いは届き小太りのゴブリンはすぐに食べ物を自分の袋に詰め込み上機嫌で森の中に帰って行った。


「ふう、上手くいったか、これで勇者の待ち伏せを再開できる。しかも勇者は間違いなくここに向かってくるという情報も得たしな。」


「ねえ兄ちゃん」


「勇者を倒したら俺が魔王軍の勇者だな」


「ねえ、兄ちゃんってば」


「何だようるさいな」


「ねえ、誰かいるよ?」


「え? 誰かいる?」


 ゴブリン兄が振り返ると大岩越しに誰かがのぞき込んでいた。ゴブリン兄の顔色はすぐに変わった。


「こ、こいつは……、髪の色は金色、それを後ろに流し、手には何も持たず、漆黒の鎧を着たような16才くらいの人間。特徴は一致している、こいつが勇者だ! 何て急な展開、いきなり勇者が表れやがった! しかも何か勇者ってでかい!180以上あるじゃねえか! 16才とは思えない! てゆーかこいつは……、何が漆黒の鎧だ! 黒い生地に金色のボタン、人間の漫画で見た事がある! 学ランという奴だ! 手には何も持たず……、つまり素手での勝負を好むという事! 金色の髪を後ろに流すって……、これはトレードマーク的なヘアスタイル、つまりヤンキーという奴だ!」


 小太りのゴブリンの情報は間違っていなかった。小太りのゴブリンの歩く速度が遅くて勇者に追いつかれるのが早かったのか、しかしそんな事は今考えても何にもならない。まさか勇者がツッパリだったとは……、最も苦手な人間と言える。今目がってしまった……、知らん顔は出来ないだろう……、つまりこれは……。


 ゴブリン兄弟とヤンキー勇者のバトル開始!

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