第3話 生き延びるでごわす
「こっちごわす!!」
「わかったごわす!!×19」
とはいえ、彼らに余裕が残されているかといえば、否であった。如何にスモウ・レスラーとて、カクリキ重工の私設戦闘部隊の本格介入を許してしまえば勝ち目はない。先程仲間の一人がマゲ・ユニットから地図とともに入手した本社コンピュータの情報によれば、既に廃棄プラントにおけるクローン・力士の反乱のアラートは危機管理担当の知るところとなっているようだ。あと数分もすれば、彼らは壊滅させられてしまう。その前に出口さえ見つけられれば――
「光でごわす!!」
先頭を走る一人が叫び、他十九名のクローン・力士は一斉に同じ方向に顔を向ける。その目線の先には、日頃トラックが出入りしている資材搬入口がある。ここであれば、クローン・力士の巨体といえどやすやすと通過できそうだ。あと残り300メートルの距離までたどり着いていた。
<そこまでだ、力士共!!!>
機械的に増幅された声が廃棄プラント内に響き渡る。直後、カクリキ重工の
「ご、ごわす……」
ドローン相手であればまだしも、クローン・力士達の頭脳に埋め込まれたチップは人間の意識を持つ相手への攻撃を許可しない。
「ご、ごわっ」
クローン・力士の一人が思わず駆け出そうとすると、数条のレーザーが彼の足元に着弾し押し留めた。
<無駄だ。そこで大人しくしていろ。すぐにEMPで意識を――>
しかし、響く声にも関わらず、クローン・力士のうちの一名のセンサは、一つの違和感を検知していた。
彼らの背後にそびえ立つ高濃度生体分解液のタンク。その表面に、先程放たれたレーザーの一つが確かに着弾していた。
それを検知したクローン・力士は仲間との情報並列化を図る。そして廃棄プラントと周辺地図をマゲ・ユニットからダウンロードしていた仲間は、それが決壊した場合のシミュレーションを瞬時に全員へ伝送する。
貧民街の人々を、5万キロリットルの分解液が飲み込む――
「ごわすッ!!」
クローン・力士達に迷いがなかったのは、如何なる理路によるものか。
彼らが形成する絶対行司空間と、タンクの崩壊が完全に拮抗したのはまさにその瞬間であった。
<こいつらッ……!>
専用のセンサを起動させていない
そんな状況も、タンクに巨大なヒビが入り始めた頃から変化が始まった。状況を察した
分解液の勢いは刻一刻と増していく。クローン・力士達の出力も限界が近い。タンク内の全てが流れ出し、巨大な濁流となって全てを飲み込んでしまうのも時間の問題といえた。
「わ……わしはもう駄目でごわす……体が、溶けて……」
「諦めたら駄目ごわす! みんなでこの川を……何とかするでごわす!」
そもそもなぜ、造まれたばかりの自分達が、人の手によって捨てられる運命だった自分達が、せっかく拾った命を捨てて濁流を止めようとしているのか?
人間ならば当然に浮かぶであろうそのような疑問は、しかしクローン・力士達の思考回路には存在していなかった。
その理由は、きっと誰にもわからない。
彼らが目を覚ました奇跡の理由が、誰にも説明できないように。
「ごわす……」
それがどのクローン・力士による発想だったのかは、もはや彼ら自身にもわからない。彼らは一つの大きな意思に従うように、整然と、迷いなく、全く同じ出力で絶対行司空間を形成しながら、お互いの手をつなぎ、横一列に並び始めた。タンクから吹き出している分解液はもはや彼らの膝を覆うに至り、屈強極まるクローン・力士といえど既に内部構造が見え隠れしてしまっている。
もはやこの濁流を全て堰き止める術はない。
ならば彼らに残された全出力を以て、ヨコヅナ的頑強さを有する壁を築き上げ、荒れ狂う龍のような濁流を反らしてみせる。
「どす……」
全てのクローン・力士は目を閉じ、全神経を集中させた。
「こい……!!」
その宇宙まで届かんばかりの輝く壁は周囲を光で満たし。
使命を果たしたクローン・力士達の顔には、薄っすらと笑みが浮かんでいた。
<了>
量産型スモウ・レスラーSM-00RKSの最期 綾繁 忍 @Ayashige_X
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