第2話 生を受けたでごわす

 目を覚ました彼の目に最初に飛び込んできたのは、白く目を焼く蛍光灯の光と、錆にまみれた鉄骨群であった。

「……ごわす?」

 ゆっくりと身を起こす。等しく祝福されるべき生誕の瞬間は、クローン・力士たる彼の場合、両親の笑顔も自身の産声さえも存在しない。ましてそれが、今にも廃棄されるプロセスの只中であったならば。

 脳に接続されたバイオ・チップを通じて自身の身体状態を走査する。左半身に若干の衝撃を受けた形跡を認めて見上げると、自分が落ちてきたであろうダストシュートが見て取れた。現在地からおおよそ200メートル程度の高さであった。

「ごわす……」

 彼には悲しみという感情はインストールされていなかったから、この状況を適切に表す術は見つけられなかった。彼はただ淡々と、自身が奇跡的な衝撃の具合によってたまたま起動プロセスに入った個体であること、そしてややもすればカクリキ重工が誇る高濃度生体分解槽に沈み、数分間の生涯を終えるであろうことを理解した。

 そうする間にも彼が身を起こしたベルトコンベアは容赦なく進んでいく。赤茶色に錆びた鉄骨が縦横に走り、一見しただけでは用途を判別しかねる設備達が林立する。カクリキ重工のメイン倉庫に隣接する廃棄プラント、その初期工程に彼はいた。見回せば、彼のような幸運に恵まれることのなかった同じ顔をした仲間達が、ベルトコンベアの上を無言で進んでいる。

 彼は徐に立ち上がり、目を閉じて息を整えると、腰を深く落とし、天を指すかのように片足を高く上げた。

 四股。

 穢れを、邪気を払う所作。神に通ずる儀式の一つ。どれだけスモウがエクストリーム化したとしても、失われなかった神聖なる動作。

 踏み降ろされた足に、どのような想いが込められていたというのか。完全無人で動作する廃棄プラントにおいてそれを推し量る者は皆無であったが、480キログラムの巨体から繰り出された四股踏みは、施設そのものを揺るがさんばかりに低い音を響き渡らせた。

 ――ならば、そこに神の奇跡が宿るのも無理からぬことであったのかもしれない。

 本格的な廃棄プロセスに入る前であったクローン・力士19体が、彼の四股によって一斉に起動したことも、おそらくは偶然以上に意味のあることであったに違いない。

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