雨とデッサン
白野 音
先輩ってここ来る意味ありますか?
「引退した先輩がなんでここに来るんですか。さすがに鬱陶しいです」
辛辣だと思う。俺はさすがに思うぞ。正直言うと優しくて、せんぱぁい(はぁと)みたいな後輩が欲しかった。欲しかった!ツンデレ属性のツンが99%あるじゃん。いやもうツンデレじゃなくてツンじゃん。デレないじゃん。
「ずっとそこでなに突っ立ってるんですか。いい加減帰ってください」と言われた。ここは今二人しかいないし教室そこそこ広いし邪魔にならないようにするからって言って彼女のいる方とは違う方へ歩く。
ここは美術室。そこで座って像のデッサンをしてる女子が一個下の美術部の後輩だ。髪はサラッと長く、スタイルもいい。どちらかと言えば可愛い部類だ。だが一つの欠点が大きすぎて誰も近づかない。それさえなければ彼氏とかいるんだろうなと思う。でも俺はタイプではない。ごめんな。
「先輩って彼女とはどうなんですか。こんな埃臭いとこにいないで彼女のとこでイチャイチャしてりゃあいいじゃないですか」
「たまにはここに来たっていいだろ?あともうちょいで卒業なんだし。あとちょっと口悪いぞ」
「たまにはって言ってますけど毎日来てますからね。気持ち悪い」
「気持ち悪いってなんだよ! ここに来るくらいいいだろ!」
いつも通りの会話が続く。もはやお約束とでも言いたいくらいに言ってくる毒牙のナイフは切れ味が鋭い。なんならちょっと怪我した。心が痛いよ。
にしても無愛想すぎる気がする。噂では中学時代でいじめられたとかどうとか。もちろんそれは確証なんかなく、ただの噂だった。嫌われてるんだろうし、いっそのこと聞いてやろうと思った。卒業するし悩んでたりすれば解決してやりたいとかいう自己中な正義感がふつふつと湧いた。
「なあ桐生、お前中学時代いじめられてたった本当なんか?噂でちょこっと聞いたんだが……」
彼女は真顔で像を見つめ、はぁとため息をつく。やらかしたかもしれないと背筋が凍る。
「先輩はなに馬鹿なこと言ってるんですか。私はいじめられてたりとかないです。ついに頭も悪くなっちゃいましたか、いや、もともとか」
俺は、おいと一言の後にさすがにそれはないわと付け足した。その後も桐生は続ける。
「まあそういう私関係の噂は聞いたりしますよ。いじめられたとか彼氏にひどいことされて感情なくなったとか。でも別に特にないです。もともとがこれなんです。ちょっと手を差し伸べて先輩面するのやめてください。ゾッとしました」
思ってた気持ちを全て最後の言葉で壊されたのは気のせいじゃあるまい。心のどこかではデマで良かったと考えているだろうがやっぱり毒舌は辛い。結構ダメージ喰らうんだが。
「本当は先輩が彼女とうまくいってないからここ来るの分かってますよ。ついでに私を狙ってるのも」
「確かに最初は合ってるよ。彼女と上手くいってないのは事実だし認める。でもお前を狙ってなんかないわ! お前の毒舌キツいんだからな!?」
「あれ、先輩Mじゃなかったですっけ」
「バリバリ普通ですー。SでもMでもないですー」
ほんとに下らない話をこうやって毎日している。それが楽しいんだろうと思う。落ち着ける教室で落ち着ける後輩だからこそなんだろう、卒業したら俺は一体どこに癒しを求めればいいのだろう。
「彼女ですよ。」桐生はそう言う。心が見透かされたと思った。は?!と声を荒げてしまった。
「だーかーらー、あの子ですよ。ほら前に先輩が言ってたじゃないですか、二年で風紀委員の人誰だっけって」
「あ、あぁ…。ごめんな。ありがとう」心は見透かされてなかったようだった。見透かされてたら帰ろうかなんて考えていたが雨が降りだしてきてしまった。
「なんですか先輩。彼女って言われてビックリしたってことはやっぱり二人きりの美術室が見られちゃヤバイってことですか?」とニヤニヤしながら聞いてきた。少しニヤニヤするときは嘲笑する時に多い。玩具感覚なんだろうな、きっと。
「考え事してただけでそういうんじゃないわ」
「じゃあ帰ってください。一人で広々とデッサンしたい」
「あと30分はここに居たいかな。雨止むし」
「いいから! いいから帰ってください!!」
静かな裏校舎でその一言が一筋の矢のように響く。なんでそんなに嫌なんだよ。俺を散々コケにしたりいじってきてなにが。
「なにが不満なんだよ!」
「いいから帰ってください!! ほんとに邪魔です!! めいわくです!!」桐生はひっそりと目に涙を浮かべていた。きっと桐生にとって一人の空間がほしかったんだろう。それなのに俺は毎日邪魔をして……。そりゃあ怒るのは当然だ。
「すまん、じゃあ帰るわ。邪魔をして悪かったよ」
バックを取り足早にその場を立ち去る。階段には俺の上靴のカツカツという音と雨の音、持ってるバックの揺れる音でうるさかった。
ピコンとメールが送られてくる。桐生かと思ったが彼女だった。そもそも桐生とは交換すらしてなかったし、もし交換しても送られてくる言葉はないだろう。
内容を見ずにメッセージ通知を消す。玄関で傘を取り出し俺は家に向かって歩いた。
シンと静まり返ってしまった。なんの音もしないわけではない。先輩が帰った後も雨は振り続いていた。
「好きにならせといて去るなんてDV男です……強がって先輩面ばっかして私に弱いところなんか一切見せないで。私にだって見せてくれてもよかったじゃないですか……」
私の心は今日もブルーだった。この空と同じブルーだった。
雨とデッサン 白野 音 @Hiai237
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