恋とコーヒーと見栄っ張り

@kureya

第1話



 ―――ハァ~調子に乗った。あんなことするんじゃなかった。

今朝の行動を振り返ってため息を漏らしてしまう。

事の発端は一昨日、今までずっと長髪だった自分の髪型に飽きてしまい、イメチェンも兼ねて肩ぐらいまでバッサリと切ってみた。失敗していないか不安だったけれど、どうやら杞憂だったみたいで、翌日会った友人達から「大人っぽい」と絶賛された。高校に入ってから身長が伸びて言われなくなったけど、元々身長が低かったころは、周りから子ども扱いされることが多かった。それがどうにも耐えられなくて自然と「大人」に憧れを持つようになっていた。…それが禍した、「大人っぽい」とほめられ、浮かれてしまった…砂糖なしのコーヒーがあんなに苦いなんて思わなかった!「今ならいける!」と謎の自信をもってしまった今朝の自分を殴りたい。盛大にブラックコーヒーをぶちまけた私にお母さんは「だから言ったのに…」と呆れ顔、お父さんは爆笑、おばあちゃんには、

「見栄を張ろうとせんでいいんよ。あんたはあんたのままで十分なの。急いで大人になれる人なんていないんだから。」

と諭されてしまった。恥ずかしい。あんなにやさしく慰められると余計にいたたまれない。つい、用事もないのに買い物と偽って家から出てきてしまった。まだ口の中が苦い。

 気分転換ついでに甘いものでも食べようとフラフラしていると、落ち着いた雰囲気の喫茶店が目に入った。扉をひくと、カランとドアベルの音とともにコーヒーのいい香りが出迎えてくれた。カウンターの一番端に座り、メニューを開くと聞いたこともないコーヒーの銘柄とそれ以外のソフトドリンク。それから、美味しそうなタルトやケーキが並んでいた。

ズルい。これはズルい。コーヒーはなぜか甘いスイーツと並んでいると、とてもおいしそうに見えてくる。ついコーヒーセットを頼んでしまった。しばらくすると、トレーにのったコーヒーとりんごのタルトが運ばれてきた。シナモンの甘い香りがたまらない。どうも開店したばかりのようで、

「焼きたてだよ。運がよかったね。」

と、運んできたマスターがウインクして教えてくれた。なんだかマスターに悪い気がして、運ばれたコーヒーをそのまま一口だけ飲んでみる。うん、やっぱり苦い。どうも表情に出ていたようで、「無理しないでいいよ」とマスターが微笑みながらそう言ってくれたので、遠慮なく砂糖を溶かしていると、カランと音がなってお客さんが入ってきた。「いらっしゃい」と応対するマスターと軽い雑談をする声が聞こえる。常連さんかな?…大量に砂糖を入れた自分が恥ずかしい。一日に二度もコーヒーで恥ずかしくなるなんて思わなかった。とりあえず、あの常連さんにはバレないようにあまり見ないようにしよう。うん。恥ずかしさで熱くなった顔をあおぎながら、りんごのタルトを口へと運ぶ。美味しい。ほろ苦い焦がしカラメルと甘く煮たりんごのハーモニーが口いっぱいに広がり、サクサクの生地と最高にマッチしている。幸せだ。今日の失敗が帳消しになるほど幸せ。そして甘くした(ミルクも入れてある)コーヒーを飲む。うん、タルトとも合っていておいしい。そういえば、常連客は何を頼むのかな。気になる。常連だからオススメを知ってるかもしれないし、何より“常連”という響きがカッコいい。砂糖も溶かし終わってるし甘党とばれる心配もない。よし、と常連さんが座っているテーブルを見ようと振り返る。――時間が止まる。服装は黒のジーンズにTシャツと薄手のジャケットと至ってシンプル。しかし、窓際の席で軽く足を組みながら本を片手にコーヒーを飲む姿は驚くほど絵になっていた。カチャン、とソーサーに置かれたカップを覗くと、何とブラックコーヒー。しかも、砂糖も入れていないようでソーサーの上には未使用のスプーンが置かれている。ふと、視線に気づいたのか常連の男性がこちらを向いて笑顔で会釈する。ハッとなって慌てて会釈を返す。…単純と思うかもしれない。でも、小さい頃から大人っぽくなりたかった私にとって憧れの存在になるには十分だった。

 その日から、お店に通うようになった。もちろん、あの人に会うために。マスターとの雑談に聞き耳をたててみると歳は私の1個上だと分かった。…私と全然違う。1つしか違わないのにあんなに大人っぽいなんて。スラっと長い脚に黒のジーンズがとても似合っていて、扉を開けて入ってくる姿をみる度にドキッとしてしまう。この前は私に気づくとすぐに笑顔で会釈してくれた。覚えてくれたことが嬉しくて、ついニヤニヤしてしまう。どうもマスターには私の目的がバレたようで、「好きなの?」と小声で囁かれてしまった。思わず吹き出しそうになって慌てて言い訳をしようとしたら、

「頑張れ若人。この席空けておくから。」

と、いつ来ても座れるようにしてくれた。マスターには感謝してもしきれない。

 最初は単に憧れの人だった。彼みたいになれたらって、そのために通っていた。でも、本を読む真剣な横顔をみる度に、マスターと雑談しながら笑うその表情をみる度に、笑顔で挨拶してくれるその優しさに触れる度に、私の心は変化していった。これは、きっと恋だ。彼と話をしたい、もっと仲良くなりたい。でも、話しかけるキッカケが見つからない。変に思われたくなくて、一歩が踏み出せない。想いは強くなっていくのに、伝えられない自分の意気地のなさがもどかしい。…彼女とかいたりするのかな。きっとモテるはずだ、告白されたりするんだろうなぁ…それとももう誰かに恋をしていたりするのかなぁ…考えたくないことばかり浮かんできてしまう。いかんいかん、ネガティブになるな自分!まだそうと決まったわけじゃない。ここは一度甘いコーヒーでも飲んでリセットを…

「砂糖。そんなにいれるの?」

咄嗟に振り向くと、意外そうな顔で立っている彼がいた。突然のことに頭が真っ白になる。彼の方から声をかけてくれるなんて…嬉しい、嬉しいけどそれよりも、

(砂糖大量に入れたの見られたっ…!)

マズイ、コーヒーが売りの喫茶店の常連なのに、砂糖を大量に入れてるなんて、幻滅されるかもしれない。と、とりあえず何か言い訳を…!

「あっ、いや、その、普段はブラック派なんですけど、今日は偶々というか…そういう気分というか…」

しどろもどろになりながら言い訳をしていると、堪えきれなくなったマスターが笑いはじめた。

「ハッハッハ、最初っからコーヒーをブラックで飲めるやつなんてそうそういないんだから恥ずかしがらなくてもいいんだよ。コイツだって最初に来た頃は砂糖ドバドバ入れてたんだから。」

と、彼のことを指さしながら教えてくれた。…意外。いつもブラックを頼む彼が、砂糖を入れていたなんて、そう思いながら彼の方を見ると、バツの悪そうな顔をしながら話しかけてくれた。

「あー…その、誤解させてごめん。最近よく見かけるから声をかけようと思って見てたら意外だったから、つい…えっと、もしよかったら少し話をしたいんだけど、どうかな…?」

――夢じゃないよね。彼と話すチャンスが来るなんて。さっきまでの不安なんてもうどうだっていい。今は少しでも長く話をしたい。

「はい!もちろんです。」

「本当?良かった。えと…じゃあ、隣、失礼します。」

「あの…さっきの、そんなに意外ですか?」

「え?あぁ、えっとなんていうか、いつも大人っぽいなーと思ってたからさ。その…ごめん。」

「あ、いいえ!べつに怒ってるわけじゃないんですけど…大人っぽいですか?」

「うん。服もオシャレだし、いつもケーキばかりじゃなくて、ちゃんとコーヒーに合うスイーツ頼んでるし、それに、自分で言うのもなんだけど、こういう落ち着いた感じの喫茶店に一人で来てる時点で結構大人っぽいと思うんだけど…」

――気づかなかった。そっか、なんだちゃんと大人に近づいていたのに、理想の大人になりたくて見栄を張って……一番自分を子ども扱いしていたのは自分自身だったんだ。無言になっていたことに気づいて意識を戻す。沈黙が気まずかったのか、彼が必死に話題を探している。案外子供っぽいところがあるなぁと笑ってしまう。きっと、この人は周りがよく見えているんだ。あの優しさも、気配りも、マスターとの関係も周りを大事にしているからなんだ。だから、大事なことに気が付けた。あぁ、やっぱりこの人が好き。大好きなんだ。

「…っと、ごめん。そろそろ行かないと。話せてよかった、楽しかったよ。」

ずっと続いて欲しい時間ほど早く終わってしまう。彼の話は面白かった。いろんな知識があって聞いていて飽きなかった。それに、とても居心地がよかった。…だから、このままじゃ嫌だ。もっと近くにいきたい。

「あの!その…こちらこそ楽しかったです。だから、えっと、また話しませんか?」

今出せる精一杯の勇気を言葉に変える。

「ッ!…うん。じゃあ来週の日曜日でいいかな。」

「ハッ、ハイ!」

「それじゃあ」と言って彼が出ていく。少し顔が赤くなって見えたのは気のせいかな。気のせいじゃなかったらいいな。

 少し火照った顔を冷ますように家への道をゆっくりと歩く。今度会うときはリナリアの花束を贈ろう。意外とこどもっぽいあの人は気づいてくれるかな。まだ言葉にはできないけれど、本気の想いを伝えよう。だから、まずは…

「ただいまー。おばあちゃん、あのね…」

――あの日、おばあちゃんが言った通りだったよ。もう、見栄を張るのやめるね

本当の私を好きになって欲しい人ができたから。

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