角界転生

うぃんこさん

角界転生

「どすこい!」


「グワーッ!」


突然通りすがりの力士の鉄砲を喰らい、死んでしまった俺の名前は藤田真ふじたまこと!どこにでもいる普通の高校生だ!もう死んじゃったけどこれからよろしくな!


何故力士が鉄砲を喰らわしてきたか?そんなの知らねえよ!俺が聞きてえよ!なんか知らないけどいつの間にか真っ暗な空間に飛ばされちまったしよ〜!ここが死後の世界ってやつか!?


「……そうではないでごわす」


とか考えていたら突然上の方からなんかアーって感じで羽根を生やした力士が神々しく光を放ちながらゆっくり降りてきやがった!


「俺の名前は藤田真だ!よろしくな!誰だお前!?」


挨拶をしないのは凄く失礼。そして相手の名前を聞く前に自分から名乗らないのはさらに失礼だとじっちゃんから教わった俺は丁寧に対応してやった。


もしかしたらここは今流行ってるジャンルの小説でいう転生する前の神と面通しをする謎空間かもしれねえ。第一印象が悪いとロクでもない世界に転生させられちまうからよォ〜!礼儀は大切だぜ!


「愚かな人の子よ……お前の思考は全て読み取っているでごわす」


「話が早えな神様よ!で、あんたの名前は?」


「おいどんは神ではない。おいどんは雷電為右衛門らいでんためえもん。お前と同じ人間でごわす」


雷電為右衛門!35場所中254勝10敗2分14預5無41休と9割6分2厘の勝率を誇る史上最強の力士じゃねえか!なんで信州出身なのに薩摩かぶれ口調なのかは知らねえけどよォ〜!


「よろしくな為右衛門!で、その最強力士様が俺に何の用だ!?」


「大体お前の想像通りでごわす。おいどんは力士に殺された者専門の転生窓口担当でごわす」


「最強になっても死んだ後で苦労するもんだなあ……」


「最強なんかならない方が身の為でごわすよ。下手に有名になったところで教科書に落書きされたりエロゲーやアニメで女体化させられるのがオチでごわすからね」


おっと、急にフランクになったな最強力士。雷電為右衛門の女体化なんて聞いた事も見た事も無いし見たくねえが、江戸時代の力士がエロゲーとかアニメとか言うのはもっとやだな。


「というわけでさっさと転生するでごわす。拒否権は勿論ないごわす」


「天国とか地獄とかそういうの無いんだな。今まで信じてきた宗教観が狂っちまうよ」


「そんなもの死後の世界を知らない奴が勝手に考えた概念でごわすからね。輪廻転生はこうして爆速で行われるごわす」


「そいつぁ話が早くて俺好みだぜ!飛ばされるのはどんな世界かなあ。ベタな所だと俺だけメチャクチャ強い冒険者になってハーレム築いちゃう的な?」


「メチャ強くてモテる、というのは大体合っているでごわす。それじゃあ時間が惜しいからとっとと行くごわす!どすこい!」


「グワーッ!」


雷電為右衛門の放った鉄砲が俺の身体を貫く。成る程、四股名が雷電というのはただの突っ張りが雷に打たれたかのような衝撃を受けるからだったんだな!


そして、雷電為右衛門が鉄砲、張り手、閂、鯖折りを禁じられていたのはこの一撃で他人を異世界転生させられるからなんだな!魂が吹き飛んでいる今なら十全に理解出来るぜ〜!






そんなわけで、俺はふと気がつくと転生に成功しているようだった。どうやら転生してから転生前の記憶を取り戻すのに時間がかかるタイプだったらしく、俺の身体は赤子とは思えないほど巨大だった。


きっと成人なのかもしれない。落ちつけ!落ちついて状況を確認するんだ!異世界転生で重要なのは情報を集める事だ!ここでミスるとすぐ死んじまう!


まずは俺の身体だ!幸いこの畳が敷かれた部屋には巨大な鏡がある!畳って事は現代日本に近い異世界なのかもしれないな!ありがたいぜ〜!


それはともかく、確認だ!ありえんぐらい太い脚に腕。肥満体型で済ませるにはスケールがデカ過ぎる腹と尻。ほとんど全裸で股間にはまわしが巻かれ、頭は髷が結ってあった。


「……力士じゃねえか!」


俺はついツッコミ……じゃなかった、張り手を鏡に向かって放った。すると鏡は粉々に砕けてしまう。これが力士の……番付はよくわかんねえが、とにかく力士のチートパワーってやつか!大相撲ってのはこんな化物どもが競い合っていたのかよォ〜!


「どすこい!」


「なんだ今の音はどすこい!」


「乱心!血有古亜取ケツァルコアトルが乱心でどすこい!」


「序ノ口風情が舐めた真似を〜!どすこい!」


「連行してかわいがりしてやるどすこい!」


突然20人ぐらいの力士がこの20畳ぐらいしかない部屋に押し入り、俺を担ぎ上げてどこかへ行くつもりだ!


だが、ありがとよ力士達!おかげ様で俺の四股名と階級が分かったぜ!……にしても変な四股名だな!親と親方の顔が見てみたいぜ!俺の身体の元の記憶は残ってねえしよォ〜!


そんなこんなで俺が運び込まれてきたのは中央に土俵があり、その周囲を柱が数本ある部屋だ。これは、テレビで見たことがあるぜ!いわゆる稽古部屋ってやつだ!


「どすこい!」


「グワーッ!」


20人の力士に抱え上げられた俺は中央の土俵に投げ捨てられた。生前の癖でダメージを喰らうと叫んじまうが、実は全く痛くない。力士は投げ飛ばされるのが仕事みたいなとこあるから当然っちゃ当然か。


「さあ立てどすこい!備品を壊した罪は、この威自由人イフリートが償わせてやるどすこい!」


イフリートとか名乗った力士は柱のうち一本を鯖折りで破壊すると、土俵の中へ入り四股を踏む。


周囲は他の力士によって囲まれており、逃げ場は無い。俺は観念して立ち上がり、見様見真似で四股を踏んだ。


「流石大関!見事な鯖折りでどすこい!」


「やっちまえー!我ら塩汗汁しょうかんじゅう部屋期待のホープ、威自由度関ー!」


「999戦666勝を成し遂げたその鯖折りで備品を壊しやがった愚かな序ノ口をボロ雑巾のようにしてやるでどすこいヤンス〜ッ!」


備品を壊したのはそっちも同じだろう、と思うが、これが相撲業界の厳しい縦割り社会なのだろう。序ノ口じゃくしゃが泣きを見て、関取きょうしゃが甘い汁を啜る勝負の世界。大関の行いに、他の力士は何も口出し出来ないのだろう。


成る程、これは確かに異世界転生だ。ぼんやりと高校生活を送り、ゆくゆくは大学に入ってどっかの企業に就職して超絶美人の嫁さんを貰って家庭内でビーチバレーが出来るぐらいの子供を作って余生を暮らそうと思っていた俺の住んでいる世界とはまるで常識が違う世界。


言うなれば、異世界転生ならず角界転生!確かに力士はメチャ強いし、結構モテる!間違ってはいねえ!間違ってはいないが為右衛門!序ノ口スタートはちと厳しすぎるぜ〜!


「はい、じゃあ見合って見合って」


突然、行司の格好をしたメガネの冴えないオッサンが天からゆっくりと降りて来る。行司とは神事を司る神官。言うなれば天使みたいなものだ。飛ぶぐらいは当然か。


俺とイフリートは土俵に両手をつく。いろいろ作法をすっ飛ばしているが、これはあくまでかわいがりリンチだ。むしろ行司が降臨した事自体が異常なのだ。本来、かわいがりにルールなんて存在しない。


だが、行司がいるなら話は別だ!怪我をしないようにルール上立ち回ればいい!序ノ口と大関の力量はあまりにも差が多すぎる!


「はっけよい」


……それでも、俺の身体が逃げる事を拒絶する。序ノ口とはいえ、力士は力士だ。取組という生存競争に身を投じた男が、逃げる事など許される訳がない!


「残った!」


「ウォォォォーーー!!!」


「オゴッパァァァァァアアアーーーッ!?!?!?」


「どすこいーーーッ!!!」


行司の残ったFight!の掛け声と同時に、無我夢中で鉄砲を繰り出す。生前、俺を殺した力士の。そして俺を転生させた雷電為右衛門の見様見真似で放った素人の鉄砲を。


それはイフリートの顔面に直撃。イフリートは切りもみ回転しながら吹き飛び、残り19人の力士を自身の回転で作った竜巻で巻き込みながら壁へ激突!


「キャーーーッ!」


20人分の力士の重みに耐えきれなかった壁はあっさり崩壊し、その先で米を研いでいた女将さんと思わしき女性を押し潰してしまった!序ノ口とは思えない、これが力士の最低位ですら持つ超パワーなのか!?


「……い、威自由人関がやられたどすこい!」


「それより早くどくでどすこい!女将さんが潰れてるでどすこい!」


「あいつ、昨日まではこの部屋の誰よりも弱かったはずでどすこい!」


馬場バハムート親方!冷静に行司をやっている場合じゃないどすこい!奥さんが死にそうどすこい!」


「……どすこいは一番威自由人関に近い力士でどすこいが、威自由人関の……脈がないどすこい!」


当然あたりは騒然となる。鉄砲一発で20人の力士が吹き飛んだところまではまあいい。それより、死んだ?イフリート死んだ?あの一発で?


「……うーん、威自由人死んじゃった?そっか」


メガネの冴えない行司……いや、馬場親方とやらは俺の肩を二回叩き、耳元で囁いた。


「原因はどうあれ、これ殺人罪だからね?君のような強い子を刑務所ムショに入れるのは嫌だけど、ウチの部屋が潰れるのはもっと嫌だからさ。5年ぐらいお勤めしてきて?」


「……ん、んなのありかよおおおおお!!!」


こうして俺の角界転生は刑務所入りという冴えないスタートを飾ってしまった。


俺が生前愛読していた漫画には三年先の稽古をしろ、と書いてあったがありゃあ間違いだ。力士には過失致死の可能性がある以上、15年先の稽古を心がけるべきだ。


そして、この強大な力を手にしてしまった以上、最も参考になる言葉が生まれてしまった。


「大いなる力には大きな責任が伴う」ってやつだ。俺はこの力の使い方を、刑務所の5年間できっちり磨くつもりだ。


だから俺は、角界に戻るその日まで、今日も鉄砲を壁に打ちつけていく。



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