第31話 母の失踪

 それから二時間ほど。

 俺が何となく寝る気にもなれずベッドでごろごろとしていると、にわかに部屋の外が騒がしくなってきた。

 テラスから聞こえていた宴席のざわめきはもう聞こえない。声が聞こえるのは廊下側からだ。


「……ソーン兄?」


 聞き覚えのある声に身体を起こす。リカルドの声も聞こえてきた。

 何やらただ事ではない様子に、俺も廊下へ顔をのぞかせる。

 すると、真剣な顔で話し込む兄二人と目が合った。


「あ、すまない。起こしてしまったか」


 ソーンが言う。


「いえ、起きていましたから。あの……どうしました?」


 隣のリカルドを見ると、目の周りが青い。多分謝罪したソーンに殴られたのだろう。

 が、この様子では騒ぎはその件とは無関係のようだ。


「母上がいないんだ。親父も行き先が分からねぇって……」


 リカルドが眉間にしわを寄せて言う。

 もう宴席もお開きになっているようだし、この時間に戻っていないのは確かに妙だ。


「今日も、ずっと何か思いつめた様子だったしな」


 ソーンが沈痛な面持ちで言う。

 恐らく、自分が追い詰めてしまったと罪悪感を感じているのだろう。

 あの女の自業自得も甚だしいところだが、まぁ確かに失踪や自殺でもされたら心苦しい。

 それに、父や兄たちの立場もまずくなるだろう。


「僕も探すのを手伝います!」


 俺が言うと、兄二人が頷いた。


「俺たちは他の客の部屋に行ってみる。エナリオは下の宴会場を見てきてくれないか?」

「わかりました」


 言うや否や、俺たちはそれぞれの方向へと小走りに駆けだした。



 俺の向かった一階の大広間にはすでに客の姿は無く、メイドたちが後片付けをしている最中だった。


「いないか……」


 ローズの姿がないのを確認すると、俺はそのまま一階のホールを抜け中庭へ出た。

 中庭は暗く、人の気配はない。


「……リアナ」

「ここに」


 呼ぶと同時に草の中から現れる。相変わらず潜伏場所が謎な奴だ。


「母の居場所は分かるか?」

「以前もお伝えしましたが、もの探しと人探しは神の苦手とする分野です。……が、怪しい気配が現れましたね」


 リアナが言ったと同時に、俺もその気配に気が付く。

 皮膚の下を蟲が這いまわるような不快な気配だ。


「これは……」


 今までのモンスターとは違う。が、その邪悪な感じはモンスター以上だった。


「嫌な予感がしますね」


 俺とリアナは頷きあうと、気配のする方向へ駆けだした。


   ◆


 そんなに飲んだわけでもないのに、妙に酔いが回ったのか、ローズは足をふらつかせた。

 外の空気が吸いたいと思って闇雲に歩いてきたのだが、ここはどこだろうか?

 殺風景な通路には誰の気配もない。

 迷ってしまったのか。城というのは無駄に広くていやだ。


「ちょっとぉ。誰かいないの!?」


 声を上げるが誰の返事もない。

 頭が痛かった。

 全部、あいつらのせいだ。

 何も上手くいかない。あの長男と三男に散々邪魔をされたおかげで、リックを聖騎士にし損ねそうだ。

 挙句の果て、リック本人が『無理だ』などと言ってきた。

 無理かどうかの決定権が自分にあると思っているのか。あの馬鹿息子は。

 ここまでつぎ込んできた金も労力も水の泡じゃないか。


「無能無能無能……! どいつもこいつも無能ばかりだわ!」


 叫んだ声が反響する。

 さっきまで人だらけだったのに、ここはまるで異次元に迷い込んだようだ。

 頭痛は酷いし、吐き気もする。

 ローズは壁に寄りかかったまま、ずるずると座り込んだ。

 リックを聖騎士にねじ込んで、自分もまたこの王都に返り咲く筈だったのだ。

 あのクソ田舎での生活はもううんざりだ。


「殺してやる……。あのガキども……」


 それくらいしないと、腹の虫は収まりそうにない。

 それに今この城にいる貴族……王族……高貴な血筋。あいつらはのうのうと贅沢な暮らしをしているのに、なぜ自分ばかり。

 そうだ。そもそもあいつらのせいだ。


「ころ、ろ、殺してやる」


 思考が纏まらない。視界が霞んできた。

 すると、その霞んだ視界の中、誰かが自分を呼んだ気がした。


「だぁれ……?」


 答えはない。

 しかし、自分を呼ぶ声は通路のずっと奥から聞こえてくる。

 ローズは壁をずるずると伝いながら、どこまでも続いていそうな通路を歩き出した。



 どれくらい歩いただろうか。気が付けば、ローズは薄暗い地下にいた。


「やだ。何よここ……」


 戻ろうにも道ももう分からないし、ふらつく身体が言うことを聞いてくれない。

 使わなくなった地下牢だろうか?

 地下通路の左右は、開け放たれたまま錆びついた鉄格子の牢になっている。


「なんで私こんな所に……。……そうだわ。誰かに呼ばれて──」


 その時、ローズは地下通路の奥に何者かが立っているのに気が付いた。

 視界は霞んでいて良く見えないのに、その人物だけが浮き出たようにはっきりと見える。

 ……いや、それは『人物』と言っていいのか。

 確かに人の形状を取っているが、捻じれた金属がただ人状に次ぎ合わされただけにしか見えない。

 顔も指も無いそれ・・は、しかし人と同じような動作でもってローズの方に近づいてきた。

 ローズに不思議と恐怖感は無かった。


『チカラヲ、カソウカ?』


 どこから声を出しているのか分からないが、それ・・は確かにそうローズに問いかけた。


 ──貸して、どうなるっていうの?


『ノゾムママ。コロスモ、コワスモ』


 ──そう。……いいかもね。


『ソウダロウ』


 その瞬間。全身の血が逆流するような感覚と共に、ローズの視界はブラックアウトした。

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微生物から始まる最強異世界ライフ ~転生したのはプランクトン。〈コピー〉のスキルでサバイバル&最強進化したいと思います~ 武家諸ハット @giganeeet

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