第30話 リカルドの気持ち
◆
夜も更け、家族と合流した俺は、あてがわれた部屋のベッドに寝転んでいた。
豪華なことに、一人一部屋だ。
テラスの外からはまだどんちゃん騒ぎの音が聞こえる。
すると、部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
返答と同時くらいにドアが開いて、リカルドが顔をのぞかせた。
「……兄上、どうなさいました?」
思わず身構える。
しかし、リカルドはバツの悪そうな顔で頭をかいていた。
「いや、母上を見なかったかと思ってな。どこにもいねぇから……」
「そうでしたか……。すみません。僕も見てないですね」
「そうか。そりゃ邪魔したな」
と言いつつドアを開けたままそわそわとしているリカルドに、俺は首を傾げつつ部屋に入るよう促した。
「えっと……。良かったらお茶でも飲みますか?」
「お、おう。悪ぃな」
二人分の茶が注がれたティーセットを持って、俺はリカルドが待つテラスへ出た。
手狭なテラスだが、大きな月が真正面に見えて気持ちがいい。
「…………」
手すりに寄りかかり、二人で無言のまま一口茶をすする。
「……兄上。どうかされたんですか? 今日、ずっと様子が変でしたので」
いつものリカルドなら会食の時も我先にと自分の武勇伝を披露しそうなものだが、今日のリカルドは俺と同じように黙々と食事をしているだけだった。
リカルドは月を眺めてしばし考え込むように沈黙すると、ぽつりぽつりと口を開いた。
「……なんかよぉ。疲れちまってな」
「……」
「俺が聖騎士になれば、マ……母上も喜んでくれると思って、俺なりに死に物狂いでやってきた。母上の目的のための
確かに、ソーンの陰に隠れてはいるが、リカルドだって並々ならぬ努力をしていたことは確かだろう。
彼ももしかしたら、俺やソーンと同じように板挟みの中で苦しんでいたのかもしれない。
リカルドのこんな姿を見るのは初めてだ。
俺は無言で先を促した。
「認めるよ。ソーンにゃ勝てねぇ」
リカルドが、投げやりに言って苦笑する。
「修練は俺だって負けちゃいねぇが……あいつには、俺と違って才能がある。追いつけねぇよ。肩肘張って強がってたが、差は歴然だ」
リカルドはそう言うと、俺の頭にポンと手を置いた。
「そう思ったら、なんだか色々すっきりしてな。母上の事は言えねぇ。俺もイカレちまってたんだ。すまなかった。お前やソーンには……謝っても謝り切れねぇ」
「そんな……。らしくないですよ」
リカルドは俺の頭から手をどかすと、月を見上げた。
「昨日、母上に言ったんだ。『俺には無理だ。期待に応えられなくて、すまねぇ』ってよ。……無視だぜ。無視。それから、目も合わせてくれねぇ。俺はただ……一言……大丈夫って言って欲しかっ……」
リカルドの唇が震えていた。
「兄上……」
俺やソーンへの仕打ちは、今思っても許せるものではない。
しかし、あの閉鎖的な家の中で、それぞれが期待や立場や焦燥を抱えていた。
そして、それぞれがそう言った見えない何かに逃げ場もなくゆっくりと押しつぶされ、おかしくなっていたのだ。
この人もまた、何かの犠牲者なのかもしれない。
「……くそっ。らしくねぇぜ」
リカルドが鼻をすすって笑う。
そして、見たこともないせいせいとした笑顔を俺に向けた。
「ソーンの事もあるけどよ。俺が目を覚ませたのは……エナリオ、お前のおかげだ」
「え? そんな──」
「お前が何を隠してるか知らねぇけどよ。お前の部屋の引き出しにある『あれ』……。あれを見ちまったら、張り合う気も無くなったぜ」
「あっ。まさか……!?」
部屋の引き出しの中の……大量のモンスター〈コア〉だ。
「知ってたんですか……?」
「気付いたのは数日前さ。母上もソーンもお前も、なんか知らねぇがコソコソやりあってただろ? 気になって部屋を探りに行ったのさ。おっと、持ち出しちゃいねぇよ。もう興味もねぇ」
気が付かなかった。
リアナは気付いていたかもしれないが、持ち出さぬなら害なしとして俺に伝えなかったのだろう。
「んで、最近やたら領内で起きてる自然災害。あれもお前だろ?」
「あ、いや、そのぉ~……」
俺が露骨に目を泳がせると、リカルドは「くっくっ」と笑った。
「いいよ、答えなくて。お前にも色々あるんだろうよ。最初は、エナリオになりすました誰かかと勘繰ったりもしたが……やっぱりお前はエナリオだよ」
リカルドはそう言うと、ティーカップをテラスの丸テーブルに置いた。
「……ソーンに謝っても、許してもらえねぇだろうなぁ」
小さくため息をつく。
「そんな……。ソーン兄さんなら、きっと分かってくれますよ!」
「殴られる?」
「それは……まぁ、たぶん」
そう言って、リカルドと目を見合わせて笑った。
今までの行いや言動は最悪だったが、僕の毒殺計画やフィリスさんの件もローズが企んだことでリカルドには関係ない。
きっとソーンも……。
「悪いかったな、こんな時間に」
リカルドはそう言うと、俺の肩をポンと叩いて部屋から出て行った。
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