第29話 常軌を逸したステータス


 扉が閉まり、子供部屋に一瞬の静寂が流れる。

「……ど……どういうことだよオイ!?」


 それを破ったのはダインが俺の胸ぐらを掴みながら叫んだ声だった。


「ど、どうって言われても……。僕にも何が何だか」

「なんでこんな田舎領主の息子に第三王女が……!」


 ダインが拳を振りかぶる。

 あー、短気なこと。

 どうするか、当たってもいいし避けてもいいし、何なら反撃しても構わないわけだが……。

 しばらくそう迷ってられそうなほど緩慢なパンチだ。


「やめろよ、ダイン!」


 クレイスがダインの腕を掴んで止める。


「……ちっ!」


 それを振り払うと、ダインはだすだすと足音を立てながら近くのサイドボードへ茶を注ぎに行った。


「でも、僕も気になるな。第三王女様が、なぜ君に声をかけたのか」


 クレイスの疑問に、俺に変わってミランダが答えた。


「大人たちの考えることは、良く分かりませんわ。でも、あなた、よく見ると確かにちょっとカッコいいかも……。ねぇ、ユーリ」


 急に話を振られたユーリは、上目使いに俺を見つめると『ぼっ』と顔を赤くして目を背け、


「あ、あの~わたしは~……。そ、そうだ、皆さんのお茶を取って参ります!」


 ぱたぱたと小走りにサイドボードへ向かった。


「あ、ユーリ! こぼすわよ!」


 ミランダがその後を追う。

 クレイスはポツンと取り残された俺に肩をすくめると、何も言わずにソファに座った。

 やがて三人が戻ってくる。

 ミランダとユーリが、俺とクレイスの分のお茶を注いできてくれた。


「どんな謀略があるかは知らないが、全ての優劣は〈御前披露〉でほぼ決まる。俺と第三王女の将来はそこで約束されるさ」


 ダインは不機嫌そうに呟いて、ソファにふんぞり返った。


「ごぜんひろう……?」


 相変わらず俺がポカンとしていると、ミランダが呆れたように腰に手を当てた。


「あなた、本当になんにも知らないのね? お家で教わらなかった? ガロファノ家の……」

「エナリオです」

「エナリオ、ね。〈御前披露〉っていうのは──」


 ミランダが得意げに説明してくれた内容に、俺は愕然とした。

 10歳になる年の貴族の息子は、王や諸侯の前でその〈ステータス〉や武芸、特技をお披露目するのだという。


 ちょっと待て。〈ステータス〉……!

 またすっかり存在を忘れてた!


「な、なるほどねぇ~……」


 平静を装ってティーカップに口を付けつつ、かなり久々となった『ステータス呼び出し』を実行する。


【エナリオ・トリトニア・ガロファノ 〈貴族〉

 特性:なし

 体力:8億9800万

 魔力:5億3400万

 攻:78000 防:54000

 スキル:なし】


「ブフォッ!!」


 思わず口に含んでいたお茶をすべて吐き出した。

 ちょっと待て、なんだこれ!? いつの間にこんなことに!?


「うわっ! なんだこいつ、きたねぇな!」


 ダインがドン引きした様子で後ずさる。


「ご、ごめん……! ちょっと、お茶が変なところに入って」

「慌てて飲むからですわ。もう」


 ミランダが背中をさすってくれる。ませているが優しい子らしい。

 それにしても、困ったことになった。

 まさか自分のステータスが、知らぬうちにこんな破天荒なことになってるとは。

 いや、待て。もしかしたら体力8億越えが平均的な世の中なのかもしれない。

 だとしたらこの世界を設計したやつは相当なバカだろうが、一応確認してみないと。


「あのー。ちょっと参考までに聞きたいんだけど、ダインくんの〈体力〉っていくつくらいなのかな……?」

「ふん。聞いて驚け。すでに俺の体力は400を超えてるぜ!」


 どーん、と胸を張るダイン。

 対して、俺は頭を抱えた。

 そりゃそうだよな。そんなもんだ。俺が設計したって多分そんなもんにする。

 それを8億て……。これを王様やなんかの前で開陳しようものなら、きっと大変な騒ぎになる。

 どうしたものか……。


「はは。怖気づいたか! 無理もねぇ。まぁ、第三王女も〈御前披露〉で目を覚ますだろうぜ」


 頭を抱える俺の横にドカッと座ったダインは、満足げに俺の肩を抱いた。


「見られるのは基礎ステータスだけではありませんよ、ダイン」


 クレイスが不敵な笑みを浮かべる。


「ガリ勉のスキルでもあるってか?」


 二人の視線が火花を散らせた……かどうかは知らないが、俺の脳内はまさに火花が散るように『どうやって御前披露から逃げるか』を考えていた。

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