第28話 王都の大宴と第三王女サラサ
初めて目にする王都は、まさに〈花の都〉だった。
丘の上に立つ白亜の城と、そこから見下ろす広大な市街地。
夕から開かれた晩餐会は、色とりどりのドレスを纏った貴婦人たちや、立派ないでたちの紳士貴族にあふれ、目がくらみそうなほどだった。
俺自身もそれなりに立派な服に身を包みこの絢爛なパーティーの中にいるのだが、いかんせん衣は錦でも心は平民。そわそわとしながら、目立たぬよう立ち振る舞うしかなかった。
父バロルは終始誰かしらと挨拶を交わしており、忙しそうだ。
そして、母ローズ……。あれ以来あまり口を開かなくなったこの女は、今も何を考えているのか、飲み物に手も付けずぼんやりとしている。
そういえば、母付きの執事だったあのヨテフも、あの一件以来屋敷から姿を消した。
父は何か知っている風だったので、自分に火の粉がかかる前にさっさと辞めたのだろうが。
「どうしました? 体調でも?」
「……ほっといてちょうだい」
ローズは、気にかけたソーンを憎悪のこもった目で睨み返した。
ソーンは短く「は」と返すと、何事も無かったように父とその友人の談笑に加わった。
一方、リカルドはというと……談笑に適当な相槌を打ちつつ、ひたすら料理を貪り食っていた。
あれ、おかしい。今ちょっとコイツに親近感湧いたぞ。
「で、だ……」
俺は口の中で呟いて、宴会場となっている大広間の一角を見た。
ダンスフロアとして空けられたその空間では、紳士貴婦人が思い思いにチークダンスを踊っている。
その中央、白いグランドピアノで華麗な舞曲を奏でる女は──シックなドレスに身を包んだリアナだった。
「あいつ。見ないと思ったら、今度はピアニストか……」
げっそりとした表情で呟いていると、バロルに手招きで呼ばれた。
「……? どうした。何かあったか」
「いえ、何も」
「ふむ……? まぁよいか。私たちはちょっと用事がある。エナリオ、向こうの部屋で待っていなさい。他家のご子息たちも集まっている」
バロルはそう言うと、俺を子供たちの待機部屋へと案内した。
ふかふかの絨毯が敷かれたその部屋には沢山の絵本や人形が用意され、すでに十名ほどの貴族の子供たちが思い思いに遊んでいた。
バロルたちと別れて部屋にポツンと佇んでいると、部屋の一角にいた数人の集団から声をかけられた。
「おい、こっち来いよ!」
一段と豪華な服の腰に小さな木剣を下げた、ガキ大将みたいなやつが手招きする。
いるのは男女2人ずつ。年は大体俺と同じみたいだ。
可愛らしい女の子と、ちょっと勝気そうな女の子。
頭の良さそうな少年。あと、このガキ大将だ。
みんな大きなソファに座ってこっちを見ている。
俺はぎくしゃくと近寄ると、へらへらと挨拶をした。
我ながら情けない。
「あ、ども……。えっと、エナリオです。エナリオ・トリトニア──」
「ガロファノ家だろ? 東部の田舎の」
「はぁ、まぁ」
ずいぶんとまぁ失礼な奴だ。元は東京在住だぞ俺は。
「ちょっと。やめなさいよ、ダイン。さ、どうぞ座られて」
片方の女の子が、ガキ大将をたしなめながら俺の席を空けてくれた。
背伸びしたような口調や仕草が子供らしくて可愛い。
……って、今は俺も子供なんだった。
俺が座ると、子供たちは自然と元の会話に戻っていった。
「今回の大宴、あの第三王女も来るんだろ? すげぇよな」
ガキ大将が興奮した様子で言うと、もう一人の少年が頷いた。
「ええ。でも、ご心配なく。ダイン君にはお近づきになるチャンスはありませんよ」
「それはどうかな? 俺も十歳、王女も十歳。この中で王家にもっとも近い高貴な血筋は俺だ」
おー。高貴な、ときたもんだ。良い教育を受けられているらしい。
「あのー、すんません。その第三王女というのは……?」
俺がおずおずと手を上げて尋ねると、おっとりした方の女の子が答えてくれた。
「サラサ王女様。すんごく可愛いんですよ~。わたし見ちゃったんですから。ねぇ、ミランダ」
名を呼ばれて、もう一方の女の子が頷いた。
「あら、ユーリも負けてなくてよ?」
ミランダは、ませた様子でそう言って、おっとりした方──ユーリの頭を撫でた。
すると、頭の良さそうな少年が口を開いた。
「サラサ第三王女といえば、何といっても〈真名の瞳〉だ。王家の血筋にごくまれに生まれるというその瞳は、見た人物の全てを見透かすらしい」
「へぇ……」
子供の噂だからどこまでが真実か分からないが、『全てを見透かす』なんて言われたら、そりゃもう絶対に会いたくない。
「クレイス、お前の頭でっかちも見透かされるぞ」
ダインに言われて、利発な少年──クレイスは肩をすくめた。
と、その時、廊下が妙にざわつき始めた。
「──様、お待ちください!」
侍女らしき女の声が聞こえた直後、子供部屋の扉が空き、
「……サラサ王女!?」
ダインたちが慌ててひざまずく。
部屋に入ってきたのは、煌びやかなドレスに身を包んだ少女だった。
長く伸ばしたアッシュブロンドの髪は、少し色が俺と似ている。
そしてその顔立ちだ。
完全に将来が約束された美少女というのは本当にいるものなのだと、俺は初めて思った。
「……あ、やべ」
俺は自分以外が王女にひざまずいているのに気付き、慌ててそれにならった。
入り口から部屋を見渡していた王女は、なぜか一直線に俺たちの方に来ると、
「…………」
俺の前に立ち止まって、じっと俺のことを見下ろし始めた。
やばいぞ。〈真名の瞳〉ってやつか? 見透かされてるのか、俺。
「あ、あの……何か……?」
俺がぎくしゃくと上げた顔を引きつらせると、王女はいきなり俺の前にしゃがみ込んだ。
顔がすぐ近くにある。美しすぎて、現実感がないくらいだ。
その黒い瞳は、吸い込まれそうに深い。
「……え……えと……?」
滝のように汗を流しながらどぎまぎしている俺をしばし観察した後、王女は、
「サラサです。以後、お見知りおきを」
そう言って、にこりと笑った。
ふいに現れた優しい笑顔に、不覚にも心を貫かれる。きゅん、だ。
いや、落ち着け。相手は10歳だぞ。
「う……あ……はい」
完全にしどろもどろの俺を何やら満足げに見て、王女はそそくさと部屋から去っていった。
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