第27話 レインちゃん、頑張る


 翌日の朝食に現れた俺とソーンを見る母の目は、夜の墓場でアンデッドにでも出会ったかのように見開かれていた。

 後ろのヨテフの顔にも驚愕の色が浮かんでいる。


「馬鹿な……。なんで……」


 母が震える指先で俺たちを指す。

 毅然とした目でそれを睨み返すソーンと、余裕の微笑を浮かべる俺。

 どうせ俺とソーンが行方不明になった理由でも考えながらここへ来たのだろう。

 すると、そこへ父が慌ただしくやってきた。


「グランナ。私の朝食は出さなくていい。なんでも、タステア川が突然増水したのか近くにあった廃墟ごと辺りを押し流したらしい。周辺に人家は無いから良かったものの……。早々に視察に行かねばならん」


 外套に袖を通しながら言うと、紅茶に口を付けることもなくダイニングを出て行った。

 バロルを目で追った後、母は俺たちをキッと睨みつけた。


「貴方たち……一体なにをしたの」

「さぁ……? 何の話でしょう」


 すると、ソーンが母に一歩詰め寄った。


「……母上。フィリスは保護しました」

「っ……!」


 思わず後ずさるローズ。

 ソーンは母と鼻が触れるほどに顔を近づけ、


「今度同じことをしてみろ……。僕は、僕の人生を犠牲にしてでも、騎士道に則り、必ずあなたを斬る……!」


 目にもとまらぬ速さで卓上のナイフを取り、ローズに突きつける。


「ひっ……!」


 ローズは、膝の力が抜けたように床に崩れ落ちた。

 それを助けるはずの執事ヨテフは、気が付けば音もなく食堂から姿を消していた。


「ったくよ~。朝っぱらから腹痛とは、参ったぜぃ。あ……? 何してんだよ?」


 のんきな声を上げながら遅れて食堂に入ってきたリカルドが、妙な空気を察知して怪訝な顔をする。


「なに、母上が食器を落とされてね。拾って差し上げたところさ」


 ソーンが言いながら手に取ったナイフを卓の隅に置く。

 ローズは勢い良く立ち上がると、真っ白な顔をしたまま食堂を飛び出していった。


「ママ……!? ちょっと、どうしたんだよ~!」


 後を追って駆けていくリカルドを見送り、俺とソーンは肩をすくめた。


   ◆


 その日の夜、久方ぶりにモンスターの気配を感じた俺は、窓から屋敷を飛び出すと、冒険者〈レイン〉の泊まっている宿へ向かった。


「やっとお出ましってわけ」


 早々に準備を終えて出てきたレインと森へ向かう。

 いつものように飛んで行くわけにはいかないので駆け足だ。

 20分足らずで行けるところを小一時間以上かけて行くのだが、まぁ仕方ない。

 今夜のお相手はドラゴン〈ドレイク〉だった。

 翼が退化した竜で、空を飛べない代わりに強靭な膂力をほこり、低級ながら魔法も使って攻撃してくる。


「ふん。相手にとって不足は無いわ。あれくらいのサイズなら私一人で倒せるはず」


 高台からドラゴンの姿を確認したレインは、ぶるっと武者震いをさせると、その身体には不釣り合いに大きな剣を腰から抜いた。


「あ、じゃあ、僕は避難してますんで」

「そうね。一人で街に戻るのも危ないから、この辺りに身を潜めてなさい」

「はい、大丈夫です。じゃっ!」


 そそくさと手を振ってレインと別れた。

 こうしてはいられない。

 目の前のドレイクの数倍大きな親ドレイクが、離れた場所から迫っているのだ。

 レインがいる高台から降りると、


「良いのですか?」


 茂みに扮したリアナが声をかけてきた。


「自信あるみたいだし、子ドラゴンの方なら大丈夫だろ。……たぶん。俺たちは親の方をあたらないと」

「御意」


 言うや否や、二人で上空へと飛び出す。

 黒い外套が月夜に紛れた。



 親ドレイクを狩り終えて元の高台まで戻ってくるのにかかった時間は2時間強。

 高台から見下ろすと、少し離れた場所でレインと子ドレイクが死闘を繰り広げていた。


「ずっと戦ってるのかぁ。タフだねぇ。凄いな」

「ポジティヴな捉え方ですね」

「助けますか。夜が明けちまうし」


 そう言って伸びをした後、俺は近くに落ちていた小石を拾い上げた。


「狙いを定めて……」


 小石を右手の指先で摘まんだまま、弓を引くように両手を構える。

 電光が弾ける音とともに、左手にエネルギー体の弓が発生。強力な魔力の力場が右手の小石を弾かんとする。


「……シュート!」


 摘まんでいた指を離された小石は、『キュンッ』という音とともに高速で射出され──

 一キロほど離れた子ドレイクのこめかにに命中した。

 それは奇しくも、レインが渾身の斬撃を放つのと同時だった。


   ◆


「はっは! 見なさい! 音速剣のレイン、ここにあり! ってところよ!」


 割と傷だらけのレインが、子ドレイクの亡骸に片足を乗せながら大いに胸を張る。

 やがて小型の竜の遺体は風化するように消え、ごく小さな結晶だけが残った。


「くぅー。これこれ!」


 すぐさま拾い上げ、頬ずりせんばかりに結晶を愛でるレイン。


「あんたのお陰で、こんな片田舎に来たのが無駄足にならなくて済んだわ」

「その片田舎の領主の息子なんですけどね、一応」

「あっはっは。ごめんごめん。それより、あんたも明後日から王都に行くんだっけ?」

「ええ」

「じゃあ、あたしも潮時ね。王都で会ったら声かけてちょうだい」


 そう言って差し出されたレインの右手を、俺はおずおずと握り返す。

 剣士だしゴツゴツしてるのかと思いきや意外と華奢できめ細やかな手に、思わずどきりとした。

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