ドラゴンの価値が下がりました

渡瀬 富文

第一話

『ドラゴンの肉をご家庭で!』

当社では、ついに、ドラゴンの家畜化に成功いたしました。

これまで、高級レストランに行かなければ味わえなかったドラゴンの肉を、お手ごろ価格でご家庭へお届けいたします。

特に美味しいと言われている若いドラゴンの肉を、最新の魔術で瞬間冷凍!

旨味も香りも、最高の鮮度で、真空パックに閉じ込めました。

ぜひ一度、ご賞味ください!





 何年も前のチラシだ。

 これを初めて見た時、俺は愕然とした。廃業を考えるくらいには、追い詰められた。


 ドラゴンの肉が旨いのは、誰もが知っていることだろう。かつては希少であり、高価だったことも、また周知の事実だ。


 特に旨いと言われている若いドラゴンは、当然、活きが良く力強いので、狩るのが難しい。そんなドラゴンを仕留められるのは、限られた人間だけだ。

 しかも、ただ斃すだけではいけない。大火炎の魔法で丸焦げになったドラゴンなど、なんの価値もない。

 できるだけ傷つけず、鮮度を保ったまま持ち帰る。これができなければ、ドラゴン狩りを生業にはできない。


 だからこそ、ドラゴンを狩れる冒険者は、市場価値が高い。

 いや、高かった、と言うべきか。


 家畜ドラゴンが市場に出回るようになって、ドラゴンの価格は一気に下がった。

 肉だけではない。ドラゴンの値段は、臓物、ウロコや角、歯や骨に至るまで、全ての総評で決められている。臓物は薬に利用され、そのほかは、装飾品や武器に加工されるからだ。


 全ての部位において、家畜ドラゴンは優良品とされた。

 もっとも美味しいと言われる若い時期の肉が、定期的に出荷できること。これが一番の魅力であることは、間違いない。

 それだけでなく、傷ひとつないウロコや角も、家畜ドラゴンの利点とされた。毒のないエサで育てられているため、臓物の毒抜きも不要。虫歯のない歯も、骨折の跡や変形のない骨も、全てが重宝されている。

 しかも、市場に出回る数が、格段に増えた。つまり、値崩れした。


 もちろん、野生のドラゴンには、天然物という付加価値が付く。ジビエの流行という追い風もあった。

 だが、それはもう、命懸けで仕留めてくるほどの値段にはならない。


 俺から見れば、傷も変形も、そのドラゴンが生きてきた証であり、世にふたつとない逸品だと思う。

 だが、そんな個人的な意見が、世論を覆せるはずもない。


 現在、野生のドラゴンに挑もうという冒険者は、ほとんどいない。

 ドラゴンは、人間を襲うような害獣ではない。つまり、討伐対象にはならない。

 家畜化し、安定供給が実現した今、労力に見合った稼ぎが期待できないドラゴン狩りなど、する必要がないのだ。


 俺も、転向を考えた。実際に、ダンジョン攻略や害獣駆除、用心棒などもやってみた。

 しかし、ドラゴン狩猟で一財産を築いた俺にとっては、どれも物足りない。はっきり言って、やりがいがない。刺激が足りない。


 ドラゴンを一撃必殺した瞬間の快感は、何物にも代えがたい。

 殺るか、殺られるか。壮絶な緊張感の中で練る戦略。どの部位に、どういう一撃を加えるか。できるだけ小さな傷で、しかし確実に仕留めなければならない。

 そんな、必中必殺の一閃が決まった瞬間の達成感。あの快感は、ほかの何にも代用できない。あの興奮だけは、ドラゴンと対峙しなければ、味わえない。

 そこに、命を賭ける価値がある。いや、命懸けでなければ、愉悦は得られない。あのスリルこそが、生きがいと言ってもいい。

 そう、俺にとって、ドラゴン狩りの価値は、もはやドラゴンの値段なんかでは、なくなっていた。


 そして俺は、自分の生きる道を決めた。

 俺には、ドラゴン狩りを辞めることは、できそうにない。

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ドラゴンの価値が下がりました 渡瀬 富文 @tofumi

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