それは入道雲に見えたんだ

「どすこーーーーーーい!!!!!!」


「どすこい!!!どすこい!!!」


「どすこい!!!どすこい!!!」


「うおおおおおお!!!!!!!」



「どすこーーーーーーーーーい!!!!!」



 何かが吠えている。それは大きな入道雲だった。それは大きな入道雲が如き力士の群れだった。いち、に、さん、数えて20人の力士たちだ。彼らは怒号にも似たどすこいの合唱をしながらすり足で車両を川から引き上げていた。


 ひどく傾いた車両は今も亞良川のゴミだらけのドブへと沈み込んでいこうとしていたが、どすこいの掛け声に合わせて車両がずずずと少しずつ水面から岸へと引き寄せられている。なんて力なんだ。たった20人やそこらの人間が力いっぱい引っ張ったところでこちらは鉄の塊だ。かなうわけがない。しかし車両は着実に川岸に引き寄せられていた。一体何が起こっているのか私たち乗客はなんにもわからずに呆然としていた。悲鳴を上げているものはもういなかった。代わりにどすこい!!!どすこい!!!の声が鼓舞するように響き渡っていた。



「いやあ、危ないところでごわした!!!」(ごわす)


「ちょうどちゃんこの材料を買いに行くところでごわした!!!いやあ、これが買いに行ったあとで材料を運んでいたら危なかったでごわすな!!!手ぶらでよかったでごわす!!!」(そうでごわす)


 私たちは岸に上げられた車両から力士たちの手によって助け出された。半分沈んだ車両の中にはドブ川の汚水が入り込んできったないことになっているし、私も含めて乗客たちはドブ汁に浸かっていたので鼻が曲がり見るのもひどい状態だった。この際命が助かったのでよしとしよう。


「助けられたのはあなたたちだけでごわす…我々は全員を助けられなかったでごわす…」


 たくさんの救急車やパトカーがサイレンをファンファン鳴らして力士たちの背後に集まってきた。まだ亞良川に沈んだ前の車両とその乗客たちがいるんだ、でも助けられなかった。力士たちでも無理だったのだ。私たちは不幸中の幸いというか運が良かったのだ。まだ生きているかもしれない、けれど助ける術を私たちは持たない。力士たちはちゃんこが遅れるのはよくないとこちらに一礼して去っていった。私たちは川に向かって合掌した。


 後日、ニュースで聞いた。この事故による死者は774名、死者多数の中私たちは奇跡的に助かった生存者として取り沙汰されることになるのであった。

 なお、この騒動で約束の時間に間に合わず、私の大事な教科書エロ本は没収された。




どすこい!!!どすこい!!!不思議なこともあるものですね




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