1-3
人間でありながら、同時に神でもある者の事を、
神という立場であったからといって、願維という一人の人間の存在が否定される訳ではない。
人としての願維。神としての願維。それらを分けて考えることに、本来なら何の意味もない。
どちらの要素が欠けても、今ここにいる
「私がどうして神になったのか、自分でもはっきりとした理由はわかりません。ですが、いつ神になったのかだけははっきりしています」
境内には二人の他には誰もいない。
元々そうなのか、それとも願維がそうしたのか。今の昇では、些細な事でも正確な判断を下せはしなかった。
昇とて願維の言うことをすぐに信じられる訳ではなかったが、少なくとも冗談等ではないことだけはわかる。
彼女のためにも、
「私の事を誰が引き取るか、親戚の人達が話している時、嫌になって家を抜け出して来たんです。それで、逃げ込んだ先が――」
「この神社だった?」
「はい。当時はここが何の神社かもよくわかってませんでしたがね。ただ、助けを求める相手すら、神様しか思い付かなかったんですよ」
頼れるのは自分だけ。その現実を受け止めるには、当時の願維はまだ幼すぎた。
本当は父にも、母にも、まだまだ甘えたい盛りであっただろう。
社会を知らぬ子供が、そんな状況ですがろうと思えたのは、空想上の何かしか無かったのだ。
しかし、結論から言えばそれは空想上の物ではなかった。
「すがりました。祈りました。願いました。けれどそこに、助けてくれる誰かはいなかった。――ここに、神様なんてものはいなかった」
その瞬間、願維はこの世界の中で一人だった。
両親との繋がりは、心地よく暖かな物であっただろう。
――だが、そのぬくもりは既に事切れた。
ここから戻りさえすれば、誰であろうと何らかの血縁だけなら残っているだろう。
――だが、自分はそれが嫌で振り切った。
もしかしたら、ご近所付き合いや学校の知り合い等であっても、頼っていいと言ってくれる人はいたかもしれない。
――だが、とうにそんな相手の事を思い出せない程に擦り切れた。
そして、ここに神様はいなかった。
――最後の望みは断ち切られた。
人が生きるこの世界からも切り離された。
「気付けば、私の中には神様としての力が宿っていました。想像する他無いんですが、神様のいなかったこの神社への穴埋め、ってところじゃないですかね?」
「……さっき、都合が良いって行ってたよね。願維、もしかして自分で……?」
「……せめてこの町からは、どうしても離れたくなかったんです。そのためにどうすればいいかもわからない、抽象的な願いでしたが。それでも無理矢理、願いを叶えようと縁を伸ばしたら、月見里家は私の親類という事になっていた」
神様不在の状態ならば、この神社が寂れていたのも少し納得が行く。
しかし、昇が思い返す限りでは、願維が後釜に座って以降もこの神社に人が集まっていた覚えはない。
願維が自分にそうしたように、誰かと誰かの繋がりを強固な物に、あるいは繋がりがあったという事実すら作り出すことができる程なら、もう少し境内は賑わっててもいいはずなのに。
「成り立てのひよっこ神様なのに、自分のために無茶苦茶やりましたからね。もう、あんな真似は二度とできませんよ」
それはつまり、今の願維にはそれだけの力が残っていないという事に他ならない。
「神の力は、信仰の力。本当は誰かのために使い、還元されて戻ってくる物です」
「けれどその無茶のせいで、力を使って誰かの願いを叶えられないから、悪循環でどんどん信仰も力も失ってる……?」
「力に頼らずに叶えようとはしました。けど……私一人じゃうまくいかなかった」
過去に遡ってまで、繋がりがあった事にできる程の力なら、逆に言えばその力を失った時、願維が月見里家の家族であったという事実が消えてしまっても、おかしくはないのではないか。
その恐れが、願維の焦りを加速させた。
「私は我が身が可愛いがために、自分に力を使って、偽物の繋がりで皆を利用した卑怯者です……。それでも……皆との縁を失いたくはないんです……。私がどこまでも自分本意なのはわかっています。そのうえで、昇くんにお願いがあります。私にできる限りのお礼は必ずしますので。だから――」
この時点で、昇の答えは既に決まっていた。
自責から堪えきれず涙を流すも、懇願のために下げた頭で、その表情は昇には映らない。
「力を、貸してください……! 縁を結んで欲しいという、願いを叶えるために……!」
昇はそっと、願維の上体を起こし、ハンカチで涙を拭う。
紅潮した頬と潤んだ上目遣いを見つめた後、彼女の顔に優しく触れると――
「ていっ」
「みぎゅっ!?」
次の瞬間、願維の額にでこぴんが炸裂していた。
「何するんですか!?」
「いやごめん、ちょっとムカッときて」
「不意打ちは卑怯です! やるなら正々堂々と来なさい!」
「よし、その闘争心でこそ願維だ」
涙はともかく、頬の腫れは一瞬で消し飛んだ。
願維は昇が持っていたハンカチを引ったくり、今度は自分の額を優しく擦る。
「言いたいことはいくつもあるけど、何よりもまず一つ。願維、偽物の繋がりなんてもう絶対に言わないで欲しい」
「う……」
「確かに、願維自身がそうしなかったら、元々縁はなかったのかもしれない。けど、それはただのきっかけでしょ? 俺や皆が願維の事を受け入れて好きになったのは、神様の力とは関係ないし、恥を偲んでまで離れたくないって思ってるのなら、それこそ偽物なんかじゃないって証明だと思う」
「はい……すみませんでした、二度と言いません……」
「それから二つ目」
願維からハンカチを奪い返し、しまうと同時に指で数字を作りながら告げる。
「縁結びを手伝うって事は、俺は合法的にカップリングしまくっていいって事でオッケーだよね?」
「頼んどいてなんですが言葉選び」
少なくとも法に則ってはいない事だけは明らかである。
免罪符を与えてしまっている事には違いないので、強くは言い返せないのがもどかしいが。
「そもそもあなた元々キューピットやってたんでしょう……!? 何を今更そんなおもちゃ屋さんの前まで来た子供みたいに目を輝かせてるんですか……!」
「いやまあ、自覚無かったし、ちょっと悪いかなとも思ってたし……」
「すいません、今の私、肉食獣を檻から解き放った気分なんですが」
「開いてても檻からは出ないから大丈夫。百合に限らず間に挟まりに行く奴は、関係性オタクとしては落第だ」
「一般社会からはとっくにドロップアウトしてますよ、そんな事言えちゃう輩は」
いつもの調子に戻ってきた願維を見て、安心した様子で昇は笑った。
最後に「三つ目だけど」と前置きし、昇は数は少ないながらも、近くにかけられた絵馬の一つを手に取った。
「別にいいんじゃない? 自分本意でもさ」
「えっ?」
「自分のためにやる事でも、結果的に誰かの為になるんだったら、そんなに気にする事はないでしょ」
「あなたは本当に、昔からお気楽というか楽天的というか……」
「何せ、俺カップリングしたいから手助けしたいって思ってるわけだし」
「まったく……」
これでは思いつめていた自分がまるで馬鹿みたいではないか。
昇が少しでも願維が気に病まずに済むように、あえて口にしているのはわかるのだが。
「じゃ、好きに手伝ってくれるという事ならお礼はいりませんね」
「それはそれ、これはこれじゃない?」
「自分本意で良いと言われたので」
当たりを付けるために、先程から昇が手に取っていた絵馬を願維も覗き込む。
書いてある内容は至ってシンプルな、先輩との恋愛成就という願いだ。
手始めに叶える物としては、ちょうどいいかもしれない。そう思い目を通すと――
「……あれ? これって」
思わず、名前の欄で視線が固まる。
「――昇くん、これも自分本意ですかね?」
「友達思い、じゃない?」
これもまた一つの
汝らに祝福と需要あれ 天雪晴雲 @amayuki_seiun
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