1-2
「正直な話、噂の正体が昇くんで良かったって少しは思ってるんですよ、私」
願維は道端に転がる石ころを軽く蹴飛ばし、黄昏たように呟いた。
本来、二人の間に静寂は苦ではない。だが、今日に限っては無言の空間に息苦しさを覚えた。
二人が帰るべき家への道からは少し外れ、願維は足を進めていたが、彼女の真意を測るように、昇は黙ってその後に続く。
「頼りたい事があるにしても、やっぱりどうせなら話しやすい相手の方が楽ですから。同時に、見知った相手だからこそ、
「……遠慮するような事、なんだ。俺が相手でも」
「まあ、詳しくは着いてからという事で。この先に神社があるじゃないですか。目的地はそこです」
「……えっと。
「あそこ、縁結びの神社なんですよ。それを知ってる人もあまりいないレベルで、閑散としてますけどね」
縁結び。キューピット。
先程と似たような話題だが、少なくともこの流れで無関係とは思えない。
先程抱いた疑惑によるもやもやとした感情は抜けきらないが、昇は願維へと思いきって訪ねた。
「……その、誰かと仲良くなりたい……みたいな事なのかな? その、願維がさ……」
「……えっ?」
「えっ?」
「――ああ、さっきから何か考えてるなと思ったらそういう事ですか」
まあ普通そう考えますよね、と願維はその場で一人納得する。
流石に昇もすぐさま察する。これはどうにも、そういう話ではないのでは?
「まあ、当たらずとも遠からず、といった所ですか。ただ私がこれから誰かとよろしくやりたいとか、そういう話じゃあないので。詳しく説明しようにも、ちょっとここじゃ難しいんですけどね」
「あ……何だそうか、アハハ。あービックリした」
「残念でしたね。私はそう簡単にカプ厨の餌にはなってあげませんよ」
「……………………………………そうだね」
昇の顔が露骨に横に反れた。
「せらちゃんに貸してる漫画が無事に帰ってきて欲しいなら正直に吐きなさい」
「ごめんなさい、いつも“願維×せせら”姉妹滅茶苦茶美味しいもぐもぐってしてます……」
昇自身、カプ厨とは言われ慣れているし否定する気もないが、基本的に当事者達に、
両者の関係性を傍目から勝手に楽しみはするし、勝手に脳内であれこれ捏造したりはするものの、だからこそ自分設定を当人達に対して出力するのは、両者の関係性の崩壊を招くトリガーにすら成りかねない。
当然マナーの問題でもあるが、外野が無責任に茶化し、そのような結果を招いてしまっては本末転倒というものだ。
幸い、願維と彼女の義理の妹、
昇が外野ではないという事に加え、彼の趣味嗜好を特によく知る者達である。二人ともそこは承知のうえで吹っ切れている所も多々あった。
「そんなに美味しいなら、昇くん今日の夕食はいらないみたいなんで、その分私がいただきますって、せらちゃんに伝えておきましょうかね」
「どう転んでも俺に損害来るの酷くない?」
「お弁当のからあげは健闘空しく持っていかれましたから。いやあ、せらちゃんの料理より美味しい物なんて他にないのに、勿体ない事ですね」
「ああっ、願維の貴重なのろけ美味しい! でもせせらのご飯はやっぱり欲しい!」
悔しがる昇の姿を見て、普段より強張り気味だった願維の表情が、思わず綻んだ。
彼女にはもう、本当の両親はいない。
昇と月見里家の兄妹、兄である
願維も昇とはクラスメイトではあったものの、きっかけが訪れるまでは、それ以上の関係ではなかった。
そのきっかけが訪れたのが、小学校の低学年の頃。父とは事故で、母とは病によって死別し、遠い親戚筋であった月見里家に、養子として引き取られた事。
自然とそのグループの中に受け入れられた願維にとって、悲しみから立ち直るまで支えてくれた三人は、今も切れることの無い何よりも大切な縁だ。
本当の両親との繋がりを残しておきたいという願維自身の意向を汲み、普段は結崎姓を名乗る事を許してもらってはいるが。
また、昇の両親は現在日本にはいない。
仕事の都合で海外にいるのだが、そちらに付いていく事を望まなかった昇は、互いの両親の提案もあって、月見里家に居候させてもらうという形を取っている。
「ねえ、昇くん。今のこの私の立場、都合が良いって思ったことはないですか?」
神社の階段の前まで来ると、当然のように昇にじゃんけんグリコを挑みながら、願維は訪ねた。
「俺達が同じ家に帰り付く所をクラスメイトなんかに見られるようなら、流石に都合が悪いかな」
「自分はそういうシチュエーション、大好きなクセに」
昇の数段後ろを追いかけながら、願維は小さく笑って皮肉を言う。
「本当のパパとママが亡くなった時の事です。悲しみで何も考えられない私の事なんてお構い無しに、知らない親戚の人達がこれからの私の事を決めようとしていました。あの時は、本当に怖くて、心細かった……」
その時、自分の事を自分で決められるだけ大人だったなら、そんな思いはせずに済んだのだろうか。
「でも、今の優しいお父さんとお母さんに引き取ってもらえて、こうして毎日のように、兄さんやせらちゃん、昇くんと
次に願維が昇る階段は六段、逆転だ。現在地からなら、最上段の手前までは辿り着ける。
昇の事を追い抜く前に、願維は彼と同じ段で一度足を止めた。
「ごめんなさい、昇くん。ちょっと、ワガママを言わせてください」
「え?」
「……この幸せがズルだとしても、私の事、嫌いにならないでいてくれますか……?」
絞り出すように震えた声でそう告げると、願維は最後の一歩で一段飛ばし、最上段まで駆け上がった。
イタズラな笑みを浮かべながら振り返ると、階段の上から差し込んだ太陽の光が、後光のように彼女を照らす。
「……願維? え、どういうこと……?」
今の問いに対する疑問――だけではない。
光のせいで目がおかしくなったのだろうか。願維の姿を見上げると、まるで同じ座標に二人の願維が存在するかのように、二重にブレて見えたのである。
それに加えて、片方は先程まで着ていた制服姿でありながら、もう片方は上下が一体化した着物に加えて、古めかしくも美しい帯やかんざしと、明らかに見慣れない格好へと変わっている。
そして両手の小指に巻き付いた赤い糸が、手足や胴、更には首に至るまで行き渡り、複雑に絡み合っていた。
神秘的で、扇情的で、どこか自罰的にも思える姿。
にも関わらず、糸は願維の動きを制限するような事はない。まるで、長さなど初めから存在しないかのように。
「この私を見せるのは初めてなので、改めてご挨拶させてくださいね。昇くん」
現実感の無い目の前の現象から、聞き慣れた声で発せられる、耳を疑う言葉。
ブレていた姿が着物の方に統合されると、願維はただ悲しそうに笑った。
「はじめまして、神様です」
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