命の提供者

@waterpool

自分の命の使い方

自分の人生ってなんだろう。そんなことを最近ずっと考えている。

高校生活も半ばだが、謳歌してるわけでもなければ憂鬱な程でもない。ただ、陸上の部活を辞めてから何かに打ち込むことはなくなってしまった。

陸上一筋でやってたわけではないが部活を辞めてから人との関わりも減った気がするし、自分の人生を考えることが増えた気がする。

そんなことを考えながら下校していると、通りの交差点に人だかりができていた。

交差点の中央にはボンネットがひどく壊れた乗用車と横転した軽自動車があった。

大きな事故だ。集まった人達の後ろから背伸びをして様子を見てみるとストレッチャーで救急車にけが人運ばれていく様子が見える。年齢はわからないが、周りから聞こえてくる声から推測すると、運ばれたのは自分と同じぐらいの中高生男子とその母親のようだ。

ひどい事故だ、とつぶやきながら帰宅した。



「なあなあ、昨日の事故見たか? 夜のニュースでもやってたけど、結構大きな事故だったよな。高一の男子が重体らしいな」

「まじか もしかしてうちの学校?」

「いや、近くの高校らしいんだけどうちの生徒じゃないらしい。入学したばっかりでこれから色々楽しいこともあんのに、気の毒だよなあ」

「ほんとそうだな」

昨日見たあの事故か。ニュースにもなってた大きな事故だったのか。

ふと昨日のあのストレッチャーで運ばれている人の様子が頭に浮かぶ。

「意識取り戻してほしいな」。そんなことをぼんやりと考えていた。



今日も授業が終わった。

友人は今日も部活に行くだろうから一人で帰ることになる。

一人は特別寂しいとは思わないが話し相手がいないとどうしても自分の人生だとかそういうことを考えてしまう。

特に何かスキルがあるわけでもなければ特別打ち込んでいるものもない。

将来なりたいと思える職業もなければ自分の進む道もとりあえず公務員志望ということで文系を選んだ。

俺って何が取り柄なんだろう。こんなんで将来誰かの役にたつ、社会を支える人間になれるのか?

あぁ。まただ。この思考のループ。これで何度目だ。頭の中がぐるぐるする。

考えることを放棄したい。

でもこの綺麗な夕焼けの空を前にすると、整理のつかないぐちゃぐちゃとした自分の思考のスパイラルが脳みそを支配する。


嫌だ。何も考えたくない。


ドンっ。

「あっ、すみません。」

周りが見えなくなっていたせいで人にぶつかってしまった。

こちらこそごめん。君、今もしかして考え事してた?? 若い会社員風の男の人だ。背が高くて足の長い、爽やかな青年だった。

「はい。すみません。」

「高校生か。思春期の悩める時期だし色々な悩みがあるよな。ところで私は、そんなみんなの悩みを解決する場所で働いているんだ。ま、営業みたいなものだけど」

「カウンセラーですか? 人から悩みを聞く営業??そんなの聞いたことありませんが。」

この青年は嘘をついているようには見えなかった。

「カウンセラーには近いんだけど、ただ話を聞いて悩める人たちを助けるわけじゃないんだよ。僕は営業だし、うちの会社はNPO法人じゃなくて会社だから。」

「じゃあ具体的に何をしてくださるんですか」

「驚かないで聞いてほしいんだけど、僕たちの組織では誰かの寿命を他人に移すことができるんだ。」

「はあ。」

「自分の人生を誰かに託したい。そんなニーズにお応えするのが我々。まあ最初はなかなか信じてもらえなくて当然だけど。簡単に説明すると、志願者の命をもらうことで、代わりに病気や事故などで長く生きられない人に健康で長生きできる体を提供するってことかな。提供者は事故死として処理されるけど命の提供者以外の人物にはここを利用したことが知られることはないよ。もちろん提供された側も。あと、命の提供は年齢に応じて決まるから、若ければ若いほど提供された側も長生きができるね」


爽やかスマイルで青年が答える。

「そこのビルの二階に施設があるから、ちょっと見に言ってみない?」

そう青年が指差す場所には斎藤外科と書いてあった。

聞きたいことは山ほどある。信用もしたくないし知らない大人にホイホイついていくのもというのが頭をよぎったが、自分の頭を何か別のことで埋めたかったこの時期にその誘いはぴったりだった。

ちょっとだけ覗きたいです。そう言って青年について行き、ビルの階段を上った。


中学生ぐらいだろうか、女の子が液晶テレビを見つめている。

こちらにどうぞ、と言われた通りに一番後ろの椅子へと腰掛ける。テレビからは、ベッドから起きあがっておかあさん、おとうさんと言葉を発する女の子と、信じられないと言わんばかりに目を見開きながら、目に涙を浮かべて我が子の頭を撫でる両親の姿が映っている。



「今あなたの前に座っている女の子の命がテレビの女の子へと引き継がれていくんです」。

青年がこそっと自分に耳打ちをしてくる。


色々きになることや疑問はあった。しかしそんなことよりも、寿命がもうまもなくというところであろう少女とその両親のこの上ない喜びの映像が目に焼き付いてしまった。

自分の命がこんなにも人の役に立つ。それはどんなに素晴らしいことだろうか。

「またお世話になるかもしれないです。」そう言って俺は席を立ち、出会った青年に頭を下げこの外科を後にした。


それからの日々、俺はほぼ毎日と言っていいほど黒い思考の渦に飲まれてしまった。振るわない模試の成績、志望校での親との口喧嘩、部活の友達とも距離が自然と離れてしまったこと。どれもこれも悪い方向へと進んでしまうように感じられた。俺はこんな自分で果たして社会に出れるのだろうか。なんのために生きているのだろう。これからの人生像が全くと言っていいほど想像できなかった。こんなネガティブな思考を変えられたらどんなに良いことか。一刻も早く抜け出したかった。逃げたかった。こんなネガティブなことを永遠と考えている自分自身から。空っぽになりたかった。自分の頭を真っ白にクリアーして。


もうここしかない。気づいたら家を飛び出しこの前の外科へ向かっていた。時間は夜8時半。まだ受け付けているだろうか?

蛍光灯が付いてたのでまだ時間内のようだ。中に入ると受け付けに座るメガネをかけたおばさんが声をかけてきた。「お待ちしておりました。今日はどうされました?」

「この命を、誰かに捧げてください」

言った。言ってしまった。完全に勢いだった。頭の中を空っぽにできるならなんでもよかった。でも、自分の存在に意味を見出したかった。だからここに駆け込んだ。


「かしこまりました。ではこちらへどうぞ。」診療室へと案内された。白衣を着た体つきのしっかりとした30~40ぐらいであろう男の医師が何やら履歴書の束のようなものを探っている。

「この人はどうだい?」。医師が取り上げた一枚の書類には坊主頭のスポーツ少年の顔が載っていた。赤字で交通事故による意識不明。と書いてあり、その横の事件日を見ると、、、


俺があの時みた事故の日付と一致していた。



もうそれは運命のように感じられた。俺の命がこの少年になってこの少年と家族が楽しく生きられるのなら、決断に迷いはなかった。

「この人でお願いします。」

「わかりました。ではマッチングの確認からさせていただきます。あなたの寿命の一部を先に先方へお渡しします。そしてあなたにはその様子を確認していただいて、本手術をさせていただきます。こちらのベッドでうつぶせになってください。」

奥のベッドへと案内される。緊張はあったが意外な事に不安はなかった。

「今から麻酔をして施術しますけれども、眠ってしまう全身麻酔ではありません。ですのでリラックスしてくださいね。」


針を刺された後、背中にじわっとした痛みが広がった。心は落ち着いていた。自分の短かった人生の思い出がふわりと浮かび、消えていった。これが走馬灯というやつかもしれない。

小中学生の頃の自分が今の自分を見たらどう思うだろうか。あの頃は余計なことを考えなくてよかったな。無邪気なままで入れたらな。


「終わりましたよ。」医師の声で意識が戻った。全身麻酔でもないのにどうやら眠ってしまったらしい。無理もない。昨日までは夜中にもずっと考えてしまってぐっすりと眠れなかったのだから。


「待合室へどうぞ。あなたが救った男の子です。どう感じられますか??」


「例の少年が目を覚ましていた。青いブラウスの女性、お姉さんだろうか?肩を大きく震わせてむせび泣いている。」

「これは一時的なものです。あなたの命を全て、彼へと捧げますか」

医師が言った。マスクをつけているせいもあるが、この医師が何を考えてこの仕事をしているのか、俺には理解できなかったし、理解したいとも思わなかった。

液晶の方の病院では異変を感じた看護師が駆けつけていた。お姉さんはスマホを取り出し急いで病室を出ていった。家族にこのことをいち早く伝えたいだろう。


俺はどうだろうか。家族を悲しませてしまうのは間違いない。友達や親戚の何人が悲しむだろうか。でも、将来何にもなれなかった自分の方がよっぽどまわりを悲しませるだろう。何もなさず、何にもなれず、誰のためにもならない自分、それを脱却するために必死で頭を回転させ、無限ともとれるこの悩みのループを繰り返すことから逃れたかった。苦しくて辞めたかった。



「まだ時間はあります。よく考えてみては??」

「考えても結論は変わりません。続きをお願いします。」


自分が誰かの役に立って一生を終えられる。これほどのない気持ち良さだ。

立ち上がった時、まるで自分の全体重がなくなったかのように足が軽かった。

この言葉をこんなに心を込めて言うのは初めてかもしれない。


「ありがとう。」

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