僕と彼女と花火大会。

灯鈴

第1話

「今度の花火大会、一緒に見にいこうよ」


「いいよ」


 それは、中学3年生の僕に舞い降りた最大のチャンスだった。同じクラスの女の子。中学の3年間で、たった一人、好きになった人。


 そんな彼女と初めて話したのは、一年の頃だった。

 図書委員の最初の集まりの時だった。配ったプリントの内容を淡々と説明されるだけの集まりに飽きていた僕は、一人でぐるぐるとペンを回していた。ぼーっとしていた僕は、ついついペンを床に落としてしまった。やってしまったと思いながら拾おうとすると、隣に座っていた子がわざわざ拾ってくれた。僕が

「ありがと。」

 と小声で言うと、その女の子は

「いえいえ。」

 と少し微笑みながら返してくれた。

 たったそれだけだった。それだけだったけど、それだけじゃなかった。社交辞令だっただろう笑顔に僕はときめいてしまったのだ。

 それからの僕は、なけなしの勇気を心の中で振り絞りながら、その子と図書室の当番が一緒になる度に話しかけた。クラスは何組?とか、何部に入った?というような当たり障りのない話や、お互いの趣味の話。あとはもちろん、テストや行事といった学生の定番の話も。最初のうちは話すたびに緊張していたけど、頑張ったおかげで彼女のいろんなことが知れた。彼女は隣のクラスで、美術部に入っているが、絵をかくのが好きというよりは運動部に入りたくないからという理由で決めたらしい。彼女曰く、「暑いし日焼けもするから嫌」ということらしい。暑いのが嫌だから、髪は短くしているらしい。ショートボブっていう髪型なんだよと言っていた。趣味に関しては、小学校からの友達の影響でアニメが好きらしい。それとアイドルも。僕は兄にアニメのことを、姉にアイドルのことを教えてもらいながら、なんとか話題についていった。

 こうやって会話を重ねていくほどに、彼女に惹かれていった。彼女の笑顔に惹かれていった。彼女の笑顔は明るくて、話しているこっちまで笑顔になってしまう。その笑顔が、僕は好きだった。

 あっという間に、時間は過ぎていった。彼女との距離は近くなったと思う。二年になった頃、クラスが一緒になった。教室では、男女の壁があったし、クラスの雰囲気もあってあまり話さなかったけれど、クラスのSNSのグループを通じて連絡先を交換できた。たまにチャットで話したりもした。でも僕は、もう一歩を踏み出せなかった。図書室でよく話し、チャットでも何かあると話す。そんな関係が心地よかったのだと思う。彼女が好きだけど、好きだから、拒絶されるのが怖くて臆病になっていた。だから、自分にいろんな言い訳を言い聞かせて、新しい一歩を踏み出せなかった。そのまま、あっという間に。時間は過ぎていく。

 三年になった。クラスがまた一緒になったのは最高にうれしかった。三年連続図書委員になった僕と彼女は、これまでと同じようにいろんな話をしていた。最後の体育祭の話、最後の文化祭の準備の話。学校でのことを話していると、最後という言葉がよく出てくるようになった。それから、受験の話も。早く志望校を決めないとね、なんて話もした。時間が過ぎるのをこれほど嫌だと思った事はなかった。このまま、同じ毎日が永遠に続いてほしいと思うこともあった。

 でも、そんなことは起こらない。あっという間に中学最後の一学期は終わってしまった。ぼくは焦り始めて、このままじゃダメなんじゃないかって思い始めた。図書委員の仕事ももうすぐ終わってしまう。ぼくは夏休みの貴重な一日を悩むことに使って、覚悟を決めた。二週間後の花火大会に彼女を誘おう。そして。

 チャットの内容にも時間がかかった。どう誘えばいいかわからず悩んだけれど、結局シンプルな文面になってしまった。送信するのにも時間がかかった。一番ドキドキしたのはチャットを送って返信が返ってくるまでだった。十分後に、


「いいよ」


 と返ってきたときは嬉しすぎて仕方がなかった。家に家族がいなかったら叫んでいたかもしれない。

 それから二人で細かい予定を立てた。何時にあそこの公園で会おうとか、人混みは暑いから花火を見るときはちょっと離れたところで見ようとか。そういう他愛のない会話も楽しかった。勇気を出して良かったという気持ちが何度もあふれ出てきた。デートというものが理解するために、兄や姉にそれとなくいろんなことを聞き、できる限りの準備はした。


 いよいよ当日になった。三十分前に待ち合わせ場所に着くと、数分後に彼女はやってきた。白とピンクの浴衣を着た彼女は、学校での彼女とは全然違っていたけれど、彼女の笑顔はいつもと同じで、明るかった。夏休み中のいろんな話をしながら屋台を回り、花火が始まる少し前に、彼女がおすすめだという穴場スポットに着いた。見晴らしは良くて花火もよく見える。それに周りに人もいないから、絶好のスポットだと思った。

 しばらくすると、花火が始まった。最初のうちは、花火のイメージ通りの花火が少しづつ打ち上げられた。少しすると変わり種の花火が打ち上げられたり、少し派手なのが打ち上ったり。

僕らはというと、花火が始まってからは

「花火、綺麗だね」

「そうだね」

という雰囲気の会話がほとんどだったし、会話の量も減ったが、幸せな気分だった。好きな人と一緒に花火を見る。理由は分からないけれど、心が満たされているのは分かった。もっと一緒に居たいと思った。このまま終わりたくないって思った。いつのまにか花火は後半に突入していて、たくさんの花火が連続して打ち上げられている。それはとてもきれいで、キラキラしていて。そんな花火に背中を押されるように、僕は、彼女に話しかける。

「聞いてもらいたいことがあるんだけど、いいかな」

「どうしたの?」

 心臓が高鳴り、足は震えている。それでも、僕は終わらせたくなくて。幾多の花火の音にも負けないように。彼女へ向けて。


「あなたのことが好きです、付き合って下さい」





「ごめんなさい」



「もう、君の気持ちには応えられないんだ。」


 悲しそうで、でもどこか嬉しそうで。でもやっぱり悲しそうで。泣きそうな声で彼女は僕にそう告げた。そして、

「私ね、中学を卒業したら、遠くへ引っ越さなきゃいけないんだ。そうしたら、もう君には会えない。それに、受験も。だから、これ以上の関係にはなれないし、君を幸せにはしてあげられない。


 ごめんね。」

 と、泣きながら。



 あんなに綺麗だった花火はいつのまにか終わっていて、


 僕の目に映っていたのは、


 泣いている彼女と、夜だった。



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僕と彼女と花火大会。 灯鈴 @hisuzu0022

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