第2話 ウラ

第2話

ウラ


「ネックレスどう? 弓使いとか短剣使いの女の子だったらすごい似合うよ!」


 マイクに向かって喋っていると、快活な声が背もたれの後ろから聞こえる。


「どうだい? 順調かい?」

「まぁ、そこそこですかね」


 この白のランニングシャツがよく似合う大柄で色黒なおじさんはトラック課の運ちゃん。頭に巻いた白タオルがトレードマーク。


「運ちゃん、今日はもうこれで?」

「いや! あと2件だな! 冴えないフリーターのやつと冴えない学生!」


 そう言って大口を開けて笑う。運ちゃんの業務内容はトラックで人間を轢く仕事だ。


 その衝撃を利用し異世界へ転送させる仕事でこの部署にはなくてはならない仕事。


「なんだ? また楽で羨ましいとか思ってんのか?」

「いやいや、そんなこと」


 思ってる。


「難しいんだぞ? 轢くタイミングとかな! さっきも新入りが渋滞にハマっちまってよ。全然轢けねぇでやんの! そうこうしてるうちにターゲット、家に帰っちまってよ!」

「え? それでどうしたんですか?」

「仕方ねぇから俺がそいつの部屋に突っ込んだよ!」

「トラックで?」

「いや、全部出払っちまってたから仕方なくこの身体でタックルよ! すげぇ怒られたわ!」


 そう言ってまた笑う。この人はよく笑う人だ。やることは楽だろうけど精神的にくる仕事だそうで人の入れ替わりが激しい。


 この人みたいにタフじゃないとやっていけない仕事だ。


「でも、いいじゃねぇか山田ちゃんの部署はここの花形なんだからよ!」

「もう、声大きいっすよ」


 運ちゃんの声はこの広いオフィスでもよく通ってしまう。パーテーションから同僚たちが迷惑そうにこちらを見る。


「みんな! 悪かった! 仕事続けてくれ!」


 運ちゃんとは以前あたしがいた資料課の時からの顔見知りで、運転のミッションしか知らない運ちゃんのためにオートマの資料を一緒に探してあげてからの仲だ。


 あたしが転属してからもこうしてなにかと声をかけてくれる。


 ここでの数少ない友人かな?




「うわっ、やばっ!」


 水晶の中では男の鼻の穴から黒い一本線が映し出されていた。


 この男、前世では身だしなみに気を使わないタイプだったようで、すぐ鼻毛が出る。


 処理してよ。


 あたしが風を起こすのは鼻毛をおさめるためだ。


 油断するとすぐ出る。


 さすがに女性への高感度が高い設定でも鼻毛はアウトだろう。ましてこんなに密着した状態ではすぐ見えてしまう。


 それに上の方々だって鼻毛が出てる勇者なんて嫌だろう。


 こういう時はこうしてすぐに風を起こす。


「おお! 山田ちゃんナイスフォロー!」

「勘弁してほしいですよ」


 こっち側の苦労、この男は一生わからないんだろうな。


「しかし、ここの仕事にもずいぶん慣れてきたみたいだな!」

「このマニュアルのおかげすよ」


 水晶に触れ指をスライドさせ、雨を降らせる。もう慣れたものだ。


 こうする事で女の子たちの下着を透けて見えるようにするのだ。


「おお、これなら上の方々も満足するだろう」

「多少のエロは必要らしいですからね」

「おいおい、すけべそうな顔でねぇちゃん達見てるぞこいつ!」


 運ちゃんが顎の無精髭を触りながら男を茶化す。


 これはあくまで上の方々のためのサービスであってこの男のためではない。このニヤケ顔のむっつり男にそう言ってやりたい。


「星は今何個だ?」

「まぁ30ちょいくらい。始まったばかりなんで、ボチボチって感じですかね」

「最初はそうだよなぁ。とりあえず今星貰ってる上の方々を逃さないのが大事だよな。100越えればとりあえずは安泰だ!」


 運ちゃんの言う通りだ。さすが長いことここで働いているだけある。だけど、たくさん星をもらいたいとは思っちゃいないんだよね。



「おい! 鼻毛!」

「ああ、もう!」


 油断するとすぐこれ。慌てて風を起こすけど、こいつら軒下の奥まったところにいるので当たらない。


「おいおい、こりゃどうするんだ?」


 大丈夫。次の作戦がある。


 水晶玉触れ雲間から太陽を出す。そう、太陽の乱反射で見えなくして誤魔化すのだ。


 しかし危ないところだった。まぁ、これだけ光らせりゃあ見えないでしょ。


 軒下から出てきた男にすかさず風を当てる。


「おお、すごい! これでおさまったな!」

「いやぁ助かったっす」


 なんか鼻毛処理ばっかりしている気がすんな。


 水晶玉に向き直るとこっちの苦労も知らない男が天に向かってなんか感謝している。


 残念ながらその感謝している導いた女神様はあたしじゃなく前任の人だ。そしてあたしたちは女神じゃない。管理員だ。


 ちょうど今、隣のデスクで先輩が担当の転生者に対して演じてる。隣を覗くと水晶玉から先輩の甘ったるい声が聞こえて来る。


「私は女神サートゥルス。あなたはトラックに轢かれて死にました」


 どこが女神だ。


 先輩、あんたここの男何人かに手を出してるの噂で知ってるぞ。


 そんで、名前はサートゥルスじゃなくて佐藤さん。




 そもそもあたしがこんな仕事してるのは前任の管理員が辞めたか左遷だかのせいで、この仕事を無理やり引き継ぐハメになったからなのだ。


「そういえばこいつ全然喋ってねぇな!」

「たぶん、前世がそんな感じだったんでしょう」


 設定するだけして、女神やって、そしていなくなった前任の管理員。せめて清潔感とコミュニケーション能力は少しでも上げて欲しかった。


 いじれることならその設定変えたいよ……。


 数値はどちらも前世と変わらない。というか寡黙キャラって言い張ってるこいつが腹立つ。


「はぁ……」


 思わず溢れる。それを察してか運ちゃん。


「そんな顔してちゃ可愛い顔が台無しだぞ!

よし、終わったら、いっぱいどうだ?」


 この言葉が聞きたかった。


「ぜひ、お願いします」

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異世界転生でなんの努力もせずにチート能力で活躍し別にモテるようなやつでもないのにハーレム展開になりそうな主人公を担当しているが、いいかげん腹立つ♡〜タイトル「異世界ものに愛を込めて」〜 カナガワユウ @s10180oua

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