時計コネクション

@YOanimelove

刻んだ時間と小話。

 チクタク。チクタク。チクタク。


 人の数ほど生き様がある。

 人の数ほど習慣がある。


 そして、時計の数ほどストーリーがある。



 機械が発展した現代。この時代に生きる人間にとって、時間を守るということは何よりも重要視するべきことである。

 時間を決められない人はスケジュール管理ができない人なのかと思われ、時間を守れない人は約束を破る人なんだと思われる。

 人と人との関係を紡ぐ中で特に優先すべき事項なのだ。


 とある家具専門店の一角。

 僕たち《目覚まし時計》が販売されているのは小さなエリアだ。


 日々、人間たちは、自分の部屋に合うデザインの目覚まし時計を探しに来る。

 閉店が近くなったこの時間帯、ほとんどの時計は売れ、残ったのは僕たちだけとなった。


右の彼は『デジタル』。

 メインの色が黒で、顔には他の時計とは違い、時間に加えて、天気、温度、湿度が表示されている。

 左の彼女は『ハート』。

 その名の通り、ハートの形をしていて、ほとんどがピンクで構成されている。これといった特別な機能はないが、女の子の部屋に置くならこの人だろうな。

 そして僕、『アンティーク』。

 何の機能もない。良く言えばシンプル。悪く言えば没個性。


 今日、売れ残っているのはこの三人だ。

 時計に生まれた僕たちは時計として生まれ、売れるまでこの商品棚でただ待つ。

 昨日は僕の兄さんが売れていった。買っていったのは一人暮らしを始めようとしている大学生。かなり気に入ったみたいだった。

 僕らは一家で売られていく。お爺さんが売れたらお父さん。お父さんが売れたら兄。兄が売れたら僕。という感じで。


「ねえねえアンティークさん。僕、今日売れるかな……?」

 スタイリッシュな見た目とは裏腹な弱気な声でデジタルが言った。

「そんなの分からないよ。」

「僕ってば、あまりに機械過ぎません?だからあんまり部屋に合わないと思うんです。こんな時計買うくらいならアンティークさんを買いますよね。アンティークさんが羨ましいです。」

「あのな、デジタル。君は秒針の音がしないんだから静かでいいじゃないか。きっと気に入る人がいるさ。僕なんて秒針が大きすぎてどれが分だか秒だか分かんないぜ。」

「それは不良品じゃないですか、ははは……」

 僕の、秒針の如く尖ったボケに返す言葉もなく、デジタルは細く笑った。


「いつまで喋ってんのよ。私のテンポが狂うじゃない。」


 強い口調で僕たちの会話に入ってきたのはハートだ。

 女の子用時計界は弱肉強食が激しいらしく、飽きが早い女の子の気を留めておくにはこれくらい強気じゃないとやっていけないらしい。


「ハートちゃん、ごめんね。僕がうじうじしてるから……」

「あんたが悪いわけじゃないわ。この時間帯はみんな不安になるから。」

「ハートちゃん……!」


 僕は知っている。

 デジタルとハートはお互い知らないが、両思いなのだ。

 全くジャンルの違う二人だが、これまで何度も相談を受けてきた。しかし、ついに今日まで、想いを伝え合うには至らなかった。


「ハート、気持ち伝えないのか?」

「しっ!彼に聞こえるじゃない!」

「大丈夫だよ、デジタルに音を感知するセンサーはついてないから。」

「あっ、そっか。もうどの道無理よ……。そんな時間残されてないわ。」

「いや、でも、」

「ほら、お客さんが来たわよ」


 僕たちがいる目覚まし時計コーナーを見に来たのは母、父、兄、妹という構成の家族だった。

「さ、部屋に置きたい時計を選んでごらん?」

「あなた、もう残ってるの少ないわよ?」

「いいじゃないか、時計なんて何でも!」

「もう……」


 如何にも、家のお金はお父さんが回している、というような家庭だった。

 兄は中学生、妹は小学生だろうか?

 二人は僕らをまじまじと見つめ、眉間にしわを寄せていた。


「俺、これにする。」

「ひなはこれにする――!」


 僕は驚愕した。

 兄はデジタル、妹はハートを選んだのだ。

 二人は大げさに反応しなかったが、喜びを抑えられないというのは伝わってきた。


「アンティークさん、僕行ってきますね。」

「おう、今度こそ伝えて見せろよ。」

「はい!アンティークさんもいい人に買ってもらえるように願ってます!」

「ありがとうな。」

 中学生くらいの兄はデジタルを手に取った。


「あ、あんたには世話になったわ。」

「おう。」

「こう見えても感謝してるのよ。」

「おう。」

「こういう性格してるから言えないけど……」

「大丈夫、全部伝わってるって。」

「そう。」

 小学生くらいの妹はハートを手に取った。


「アンティークさん、ありがとうございました。」

「アンティーク、ありがとね。」


 二人をかごに入れた家族は時計コーナーを後にした。


 残ってしまった。

 二人には内緒だが、実は、一番早く売れると思っていた。

「やっぱり、地味すぎるよなぁ……」

 デジタルの気の弱さが微かに移っていることに僕は気づいていなかった。


 閉店まで二〇分。

 経験上、こんなギリギリに買いに来る奴なんて見たことがない。

 そう、出せるはずのないため息をつこうと思っていた時、


「あった、これがいいな!」


 急に目の前に現れたのは、昨日、兄を買っていった大学生だった。

 その大学生は僕を手に取るなり、すぐさまレジに向かった。僕は店を名残惜しく思う時間もないまま、買われていった。


 部屋に置かれた僕は何となく、この大学生が同じような時計を買った事情を把握した。


 この大学生、春樹が買った兄(時計)を見た友人が時計を気に入ったらしく、そのままあげてしまったんだそうだ。自分の時計が無くなって困った春樹は慌てて似たデザインの僕を買いに来たということだった。


 ジリリリリリ……

 

 こうして僕は一人の大学生を毎日起こしている。

 

人の数だけある生き様。

 無数にある人生だけど、その一つ一つには微かな繋がりがあるかもしれない。

 スマホを使うようになって、部屋の奥に眠っている時計。

 また、使ってあげませんか?

 もしかしたら、使ってくれるのを待っているかもね。

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