どすこい!!ぶちかましにもまけないでごわす

 力士が20人も川に集まるには理由がある。

 それは、一人の善良な男性の一言がきっかけだった。

 

 お揃いの白地に浅葱色の流れるような模様の着流しを身に纏っているのはご存じ亞良川あらかわ部屋の一団である。

 彼らは、悪名高い亞堕アダ地区にいながらも清く正しい心を持つ光の力士たちと名高く、亞堕アダ地区の治安維持を警察と共に担いながら日々、稽古に精を出している。

 そんな亞良川部屋の力士たちは今日も精を出してちゃんこ鍋を作ったり、稽古をしたり、塩を撒いたりしていた。

 力士たちは多忙なのである。

 

 力士たちが光の力をその身に宿すため、近隣の河川敷でひなたぼっこにいそしんでいたときにその事件は起きた。


「たすけてくれーーーーだれかーー」


 亞堕アダ地区ではよくある善良な市民からの悲鳴である。

 治安維持を担っている力士たちは立ち上がった。ひなたぼっこの最中とは言え、大切な一般人男性の助けを求める声を見捨てたとあれば亞良川部屋の親方に立つ瀬がない。

 悪漢か、はたまた野生の猪や鹿か…。力士たち20人は声のする方へ急いで駆けつけた。


「り、力士さんたち…助けてください…川に誰かが落ちたんです…!あの流木にひっかかっているみたいで…」


「おちつくでごわす。わしらが来たからには安心でごわす」


 取り乱して自分の着流しを思わず掴んできた善良な一般男性に、力士の一人は頼もしそうに胸を叩きながら言ってみせた。

 叩かれたたくましい胸は、ぶるんと大きく震え、思わずどぎまぎした一般男性は目をそらす。

 そんなことに気が付いてすらいない力士は、男性が先ほど指さした川へ目を向ける。


「これは…昨日の雨で川が荒れているでごわすな」


「お腹が減ったでごわす」


「中州近くにある木になにかひっかかっているでごわすよ」


 力士たちは、昨日の雨で水かさがまし、濁って流速が増している亞良川へ目をやった。

 しかし、迷っている時間はない。

 もし、川に落ちたのが女性や子供だったらすぐに力尽きて下流に流されてしまうだろう。


「迷っている暇はないでごわす!亞良川部屋の名にかけてわしらで心配事の種をどすこいしちまいましょう!」


 ひときわ大きな声をあげたのは、男性に真っ先に話を聞いていた力士である。

 彼の着流しはわずかに乱れ、ぶるんぶるんと揺れる豊満な胸部とその頂上にある未成熟ないちごのような突起を見せつけるように胸を張って仲間たちに喝を入れた。

 

「ど、どすこい!そうでごわすな」


 迷っていた力士たちは、はっとしたような表情になり、お互いを見つめ合う。

 そして迅速にスクラムを組むと川の中へと歩を進めた。


「どすこーーーーーい!」


 気合いをいれるために力士20人から発せられる声が衝撃波になり川の水流を弱める。


「もいっちょどすこーーーーーい!」


 さらに大きな声が響き渡る。

 近隣に立つ家々の窓が揺れ、木々がざわめいた。

 鳥たちがけたたましく鳴きながら飛び立つ。


 力士のどすこい衝撃波は試合中、土俵の外に貼られている行司結界によって防がれてはいるが強力なものであることには変わりない。

 その中でも、亞良川部屋に所属する力士たちの出すどすこい衝撃波は強いながらも指向性を持ち、狙ったものへ威力を集中させることが出来るのだ。

 これが亞良川部屋の力士たちが治安維持を担っている理由でもある。


 守る者を選べる亞良川部屋のどすこい衝撃波は、的確に迫り来る濁流だけを張り手のように弾き飛ばし、先頭にいた力士が目的の流木の近くまでたどり着く。


「ひ、ひとではないでごわすよ」


「どすこーーーー…」


 流木にたどり着いた力士が放ったその一声で、力士たちの精神が乱れた。どすこい衝撃波はバラバラになり、威力が弱まったお陰で防いでいた濁流が少しだけ力士たちを押し流す。

 周囲で見守っていた人々が小さく悲鳴をあげたり、心配そうな声をあげる。

 

 しかし、力士たちは日々四股を踏んで足腰を鍛えている。ちょっとやそっとの水流で彼らは動かない。

 まるで岩のように動かない力士たちを見て人々は安堵の声を漏らした。


「ひとではないでごわすが…これは猫ちゃんでごわす!」


 一人の力士が、まるでライオン○ングの冒頭に出てくる猿のように仔猫を掲げた。

 誰かが川の中にこの可愛らしい三毛猫を箱ごと投げ捨てたらしい。

 力士たちも、周囲の人もその可愛らしい被害者が救われたのを見て気が緩んでいた。

 そのため、上流から流れてくる4tトラックには誰も気が付かなかった。

 

 巨大なトラックが仔猫を掲げていた力士に当たる。いくら力士といえど、水流に乗って運ばれてくる4tトラックにぶちかましをされてはただではすまない。

 

 力士は宙を舞う。しかし、仔猫を放り投げるわけにはいかない。

 体を丸めて仔猫だけは守ろうとする力士は、覚悟を決め、痛みに備えるために目を閉じた。

 しかし、いくら待っても力士の体は水面にも硬い川底にも叩き付けられることはない。


 どすこーーーーーい!どすこーーーーーい!


 仔猫を助けた力士は、うっすらと目を開く。そして、自分の下になにかいることに気が付いた。


 どすこーーーーーい!どすこーーーーーい!


 青龍である。そして、その青龍は仲間たちのどすこいという声に呼応するように姿をくっきりと露わにしていく。

 力士たちは可愛い仔猫と仲間を助けたい。その一心で強く気持ちを結束した。

 この可愛い仔猫ちゃんを岸に運ぶまで決して気を抜いてはいけない。仔猫を助けた仲間を守りたい。

 力士たちの熱い感情の乗ったどすこい衝撃波は青い龍の形になり、結果として仔猫も仲間も助けたのである。


 勘違いから始まったこの救出劇は犠牲者を一人も出さずに穏やかな結末を迎えた。


 そして、その日の夕方彼らはニュースに紹介された。


 はじめに力士たちに助けを求めた男性が、亞良川部屋の力士と恋に落ちたのはまた別のお話。


 どすこい!どす恋めでたしめでたし

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どすこい!どすこい! 小紫-こむらさきー @violetsnake206

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