第26話

「そろそろ宇宙に戻るぞ。寄ってみたい星がいくつかあるからな。」


「なに呑気に寄り道しようとしているの...」


 何故だろうか、唯一に呆れられた。


「いや、だって折角宇宙に来たんだ。二度とこの太陽系に戻ってくることが出来ないんだったらよ、せめてじっくり見ていきたいじゃねーか。」


「.........!そう、だね。うん。一応確認しておくけど、何度も着地したりできるほどの燃料が、あるんだね?」


「あぁ。第二の地球候補どちらも回るほどはのせることが出来なかったが、寄り道できる程度の量なら入っている。」


「宇界君のお父さんって優しいね。君のそういうところもちゃんと解っていて、凄い父親だと思うよ。」


 あいつが僕の事をわかっている?笑わせるな。

 僕の人生経験の中で学んだことの内一つに「僕の事を一番解っていないのは父親」というのがある。


 そして、凄い父親?ハ!笑いすぎて腹筋崩壊してしまいそうだ。

 僕の事は基本的に放置。僕はその事は別にどうでも良いが、それ以外のことだ。あの父親はを...!


「あ、え、大丈夫?なんか急に顔が曇ったけど...」


「...大丈夫だ。それよりも早く船内に戻れ戻れ。僕はここの氷を記念に拾っていくからよ。」


「解った。食堂でチーズパン頼んで待ってる!」


「シャンピニオンかパン・ド・カンパーニュにしてくれ」


「なんでフランスパン!?そんなの無いよ!多分!」


 なんで無いのだろうか。シャンピニオン、パン・ド・カンパーニュを置いているのは常識だと思うんだが。


「千寿に頼んどけ。僕が戻るまでにできていたら今度ONE P◯ECE全巻貸してやるって伝えとけ。じゃっ」


「え!?ONE P◯ECEで喜ぶの!?千寿さん!」


 喜ぶだろう。この間貸してくれって泣きついてきたからな。

 ちなみに、僕らの時代では当然ながら既に完結している。凄い漫画の量に目が点々とする勢いで。

 僕的にはBLE◯CHも結構長かったけどな。あと◯魂。


 他に集めてある漫画といえば、ハ◯キュー!!呪◯廻戦、進撃の◯人、東京◯種、Dr.ST◯NE、キ◯グダム、僕のヒー◯ーアカデミア、青の祓◯師、炎炎◯消防隊も持ってるな。


 全部僕の部屋の壁にぎっしり。船内じゃあいずれ暇になるだろうから、暇潰しのために持ってきた。

 何年かかるかも分からないんだ。備えは必要だ。


 僕はシャベルとマイナスドライバー、そしてハンマーで氷を削り取り始める。

 

 僕以外は皆既に船の中なので、こうしていると世界に立った一人、取り残された感じだ。


 ハンマーでマイナスドライバーを叩く音のみが周囲に響く。


 少し疲れたので顔を上げてみると、改めてエウロパの広大さを実感した。クレーターが無いため、筋の辺りは凸凹だが、それ以外の所はなめらかだった。


 雪ではない、白い世界だった。雪のように純粋な白ではない。だが、氷の透明な世界でもない。なんとも中途半端で、美しい。


 確かに、エウロパは衛星なので小さい。だが、人一人と比べると、やはり途轍もなく大きいのだ。


「僕がこんな広い世界に放り出された小さな人間のリーダーだなんて、笑えるじゃないか。僕が人をまとめられるような人間ではないことを、知らない訳ではないだろうに。あの野郎。」


 その独り言が、何故か僕に寂しさを覚えさせた。長年、この喋り方はしてこなかった。ある時を境にあの窮屈な荒々しい喋り方になった。


 あいつをできる限り守るために。


「天才科学者の宇界サマは一人エウロパで愚痴を言うのですか。」


「......御影、まだいたのか。」


「喋り方、一人の時は荒々しくしなくてもいいですからね。楽でしょう?」


 御影が優しい顔つきで話しかけてくる。いつものコイツらしくもない。

 御影は小さい頃からの付き合いだ。まぁ、腐れ縁だが。


「あぁ、楽だよ。ここなら本当の自分を出せる。」


「もう、お父上と会うことは無いのですから、あの演技はしなくていいと思いますよ。」


 そう言って僕の隣に座る。

 

 確かに、しなくていいだろう。長年やってきた所為か、自然と演技していなくてはならない感じがしていた。

 だが、もう宇宙なら自由だ。何も気にしなくていい。


「そうだな、このほう楽だしこのままでいくさ。で、一つ気になったんだが...あいつはどうしてるか知ってるか?」


「あいつ......とは、宇界の弟君のことでしょうか?」


「そうに決まってるだろ?」


 こいつ、やっと天才科学者の宇界サマ呼びを止めてくれたか。


「さぁ...景夜きょうや君が船のどこで何をしているかも知りません。まぁ、あなたなら彼の部屋を知っているでしょうから、気になるなら会いに行ってはどうですか?」


「...そーだな、そうすっか。御影、これ持ってくれ。」


 僕は御影に切り取った氷の塊を渡す。


「!?なんでこのボクに荷持ちをさせようとしてるんですか!?最低ですよ!」


「ははは!今頃気づいたのか?天才科学者の僕はとことん性格が悪いんだ、阿呆」


「〜〜〜〜!」


 うまく言い返せたので満足だ。僕は船に乗る前に少し立ち止まり、もう一度周りを見渡す。


 生命の存在が期待されている、エウロパ。この白き星ともお別れだ。


 二度と戻ってくることは無いが、最後に写真くらいは撮って第二の地球まで持っていくとしよう。


「御影、写真とるぞー」


「はぁ?なんでボクが―――」


「3、2、1」

カシャッ


 寒いとすぐバッテリーの切れるスマホを冬なんかに使う時はできるだけ温めたほうが良い。

 僕はスマホにカイロをくっつけたまま写真を撮った。カイロだけで長時間耐えられるわけがないので、撮った瞬間すぐにしまったが。


 なかなかに面白い写真が取れたと思う。


 雲ひとつ無い、何処までも広がるかのような空に、白い地面、その中央に映る僕と御影。


 何一つ視界を遮る物が無いこの空間は、なんだか気持ちが良かった。

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