第25話
王道はソリを漕ぎながら思考にふけっていた。
( あの狐男は本当に信用しても良いのだろうか?
あの時はあまり良く考えずに取り敢えずYESと言ったが、あの男が本当に俺に指導者の権利を与えるかわからないのだ。
そもそも、俺をトップに立たせて、あの男になんの得がある?
俺を利用するだけ利用し、最終的には用済みとされ、捨てられるかもしれない。
最悪殺される。ここは船だ。若者だけ乗せた船なのだ。国なんかではない。
ルールはあっても法律なんて無いのだ。
刑務所も、警察も。
人をこっそり殺そうと思えば殺せる。
捕まって牢屋に入れられる心配など必要ない。
ならば、あの男は最終的には俺を殺すのではないか? )
そう考えると、途端にあの胡散臭い笑みが、気味の悪い、不気味なものに感じられた。
◆
「おい、王道。少しスピード落とせ。千寿がいる。」
僕はソリの右側に手を伸ばし、千寿をタッチする。
「えぇ〜!?それあり!?」
「ルールにソリ使っちゃいけねぇなんて書いてねーだろ?」
「なんで書いてないの!?もう、反則だよ!ズルいズルい!」
ズルいズルいって...
「子供か、オメーは」
「子供ですよ!私は!」
そういえばそうだった。これは大人相手とにしか効かないんだった。
一人黄昏と言う例外が居るが、あれは別にどうでも良いだろう。
その後、千寿もソリを使い出し(これは自分で漕いでいた)暫くすると気がつけば鬼ごっこではなく、ただただソリをエウロパで乗り回すという遊びになっていた。
「なぁ宇界。この地面の、デカイ黒い筋のようなものはなんだ?」
流石にソリに4、5人も乗せることはできないので僕と勲、王道は少し高い、丘のような所で景色を見渡していた。
「あぁ、それは亀裂だ。氷が溶けて固まった跡。」
「何!?この氷溶けたのか!?」
「この分厚い氷の下は海でな、熱水噴出孔があるとされているんだ。だからその辺りだけ溶けて褐色の筋ができてる。熱水噴出孔は生命の宝庫だかんな、生き物がいるかも知れねぇ。」
「生物?人間とかか!宇宙人!!」
「人間は流石にねぇよ。微生物とかだろう。」
魚がいたら盛り上がったんだが。
「それにしても...そうだったのか!この下は海だったのか!地球は8割水で、エウロパは10割水だな!」
「.........!まぁ、間違ってはいないが...」
地球はかつて、7割水、3割陸の美しい星だった。
だが、極の氷が溶け、水位が上がり、陸地が減ってしまった。
水が増えたのではない。それはもともと固体としてだが、ずっと存在していたのだ。
故に、少し迷う。8割水、2割陸と言い切ってしまって良いのだろうか、と。
いや、いいのだろう。陸地は減っているわけだし。
「それにしても、あの都市を沈める程の大量の水は何処から来たんだ?宇宙から降ってきたのか?」
意外に鋭いな、勲は。
「それが謎なんだ。この世に存在する物質の量ってのは変わらない。いきなり水素原子がポンッと宇宙の何処かでできている訳じゃねーんだ。」
「多分少し話がずれてるぞ」
王道が口を挟む。僕はずれていないと思うのだが。
「‥‥まぁ、とにかく。地球に存在する水の量は大昔から変ってねーんだよ。」
「?だが水蒸気になったら水じゃなくないか?」
「水蒸気には水素原子があるだろ?もっと解りやすく言うと、この世に存在する原子の量は変わらねーんだ。」
「なるほど!で、原子ってなんだ!?」
そこからかよ。中学からやり直してこい。
「一番小さな単位だよ、物質の。水素原子2つと酸素原子一つで水分子だろ?」
「??」
「はぁ〜、H2O〜?Hが水素原子、Oが酸素原子。これくらい解っとけ」
「なるほど!ありがとな!宇界!」
こんな単純なことも頭に入っていないのか、アイツ。
睡眠時間、何時間だよ。アイツ絶対一日13時間は寝てる。居眠り含めて、だが。
馬鹿といると馬鹿が感染るらしい。
小学校の頃から一緒にいるのに未だに感染っていない僕はすごいと思う。
◆
王道は、宇界の知識に関心するとともに、恐ろしいと思った。
宇界を敵に回してしまったのは、大きな間違いだったのではないか、そう思わざるを得なかった。
宇界には知識がある。宇宙と、惑星の知識が。対して王道はさっぱりだ。
もしも、宇界をキャプテンの座から引きずり下ろしたとしても、宇界が情報提供を拒んだとしたら。
もしも、最悪宇界を殺すという判断をあの狐男がしたとしたら。
王道達はろくに知識もないまま、無限に広がるかのように広い宇宙を彷徨うことになるのだ。
そして、人類は船の中で滅びてゆく...
そんなのは王道の望む結果ではない。
王道は、より良い世の中にしたくて王になりたいと思ったのだ。
あの小さい頃の悪夢を繰り返すわけには行かない。
必要とあらばあの狐男を殺す覚悟はある。
誰も、飢えや病気で大切な人を失わない世の中にするために。
(俺が必ず指導者になる!何があっても、誰を殺しても!)
王道は目の前に広がる真っ白な世界の地平線を見つめながら、心に誓ったのだ。
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