未来へ飛んでいく

「なにか、聞きたいことはあるかい?」


「……いいえ。お話、ありがとうございます。……私、祖父が亡くなって、この教科書を見つけるまで、楷治郎さんのことを全く知らなかったんです」


 祖父の兄弟は多かったから、末っ子の祖父にとって10歳離れた楷治郎さんは、あまり記憶にない兄だったのかもしれない。軍隊に入って家にいなかったのなら、なおの事。もう、今となっては、確かめることはできない。楷治郎さんと祖父がどう過ごしていたのか、知っている人は誰もいないのだから。

 もっと早く知ることができれば、もっといろんなことがわかったのかもしれない。それこそ、大学のうちにこういったことを調べようとしていたら。いまさら悔やんでも仕方ないけれど、顔も知らない大伯父のことを、知ることができたのかもしれない。なんだかそれがすごく、悔しい?もったいない?申し訳ない?


「まぁ、ね。あの戦争は75年前に終わった戦争だ。君のお母さんだって、生まれるずっと前の事。その時に死んだ楷治郎のことを、君が調べて知ろうとしてくれている。それだけでも、彼は喜んでくれているんじゃないかな?僕はそう思うよ」


「そう、ですかね?……あ、あの。一つ聞いてもいいですか」


「うん、どうぞ」


「母が、祖父の実家に行った時、楷治郎さんの遺影を見て祖父に楷治郎さんのことを聞いたそうなんです。でも、軍服姿が格好良かったってこと」


「ああ、やっぱり喜んでいたんだね」


「はい。それから……祖父は、楷治郎兄さんは兄弟の中で一番の孝行者だ、戦死した後に弔慰金を残したから。って言っていたそうで……」


「うん、その通りだろうね」


「っ……やっぱり、そうなんですか?死んでお金を残す事より、生きて帰ることが一番の孝行じゃないんですか?」


 それが、死んでお金を残すことが一番の孝行ということが、どうしても納得できなかった。どこかで、同じ時代を生きていた斑鳩さんに否定してほしいと、思っていたのかもしれない。でも肯定しないでほしかったと思う反面、やっぱりかと納得もした。


「もちろん、今の時代で見れば、生きて帰ることが一番だろうね。でも」


「私や母と、祖父と斑鳩さんは生きてきた時代が違うから。価値観も違う」


「言ってしまえば、そういうことだね。もちろん、僕にはあの戦争を、あの時の空気を、価値観を、正しいものだったとすべてを肯定するつもりはない。けれど、僕たちはその時代に生きていた。あの時はそれが正しいと、それしか道がないと誰もが思った。そうしなければ、この国が生きていけないと。悩んだ結果の答えがあの戦争だった。それだけの事なんだ」


 戦争はしてはいけない。それは当然。けれど、そこで考えるのをやめないでほしい。戦争をしてはいけないからしないようにしましょう、じゃない。なぜ戦争が起こったのか。なぜそうせざるを得なかったのか。ほかに道はなかったのか。それらすべてを考えないと、それはただの平和ボケ、口先だけのものでしかないから。

 そう言う、斑鳩さんの目は真剣そのもの。私は全く持って同じ考えを持っていたので、その事を伝えると斑鳩さんは一言、良かった、と言って笑った。


「ありがとうございました。わざわざお時間とっていただいて」


「いやいや。こちらこそ、ありがとう。聞きに来てくれて。………どうか、覚えていて」


「はい」


 斑鳩さんの元を辞する時、最後にそう言われた。その、覚えていて、は楷治郎さんの事だと思ったけれど。

 もしかすると、それ以外のすべても、だったのかもしれない。

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畝傍の山越え、白鷹は飛ぶ 蘭歌 @Ranka0731

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