古い糸をたどって

 僕は飛駒にのって3年ほどの航海士官で、楷治郎は新米機関兵だった。もともと航空兵になりたかったそうだけれど、適正がなかったようでね。一月で岩国から舞鶴に戻って11月に、飛駒に配属されたのだって。僕と彼がばったり会ったのは、さっきも言ったように、改装が行われているドッグの傍だった。飛駒は、潜水母艦から軽空母へ艦種変更をしている最中でね。もうすぐそれが終わるって頃。僕は、潮風が好きでね。毎日、夕方の手が空いた時間に、港やドッグの周辺をぶらつくのが日課だった。

 あの日は、たまたまいろいろ仕事が重なって夕方には手が空かず、夜になってからそうやってぶらぶらしていた。偶には、飛駒の様子を見に行こうかって、そっちのほうまで行った時に、鉢合わせたのが楷治郎。彼、配属されたはいいけれど、まだ飛駒に乗ったことがなくて。せめて遠目で眺めるぐらいはってことだったらしい。で、まぁ、向こうにしてみれば、士官と鉢合わせたものだから慌てふためいていたね。別に何ってわけじゃないって話をして、落ち着かせたけれど正直、ちょっとおもしろかった。それから楷治郎とは顔を合わせると二言三言話をする関係になったんだ。僕は江田島の同期の中でも変わり者と言われていて、その理由の一つが楷治郎とよく会話しているからっていうのもあった。士官と二等兵だから、階級差的な意味でいろいろ壁があるのだけれど、僕は気にしていなかったからね。そうして11月末に飛駒は軽空母白鷹へと変った。けれど、楷治郎はついてなくてね。訓練もかねて白鷹を横須賀へ回送したんだけれど、彼はその間に肺炎を患ったんだ。横須賀へ着くなり、海軍病院にひと月入院した。ついていないのは、白鷹もだ。横須賀についてすぐ、泊地へ航空機の輸送に従事したけれども、出港して翌日には星州の潜水艦から雷撃を受けてね。直ぐに出向した横須賀へとんぼ返り、修理に四か月だ。ついていないというべきか、なんというか。

 修理を待つ間にそれぞれ訓練やらなんやらとしていたけれど、その間に僕には航空学校へ行かないかって話が回ってきた。前年の作戦で航空部隊が大打撃を受けて、飛行士も足りてなかったらしくてね。でも、僕は先に言ったように、潮風を浴びているのが好きだ。だから、その話は丁重にお断りした。したのだけれど楷治郎は誘われたって話だけを、どこかで聞きつけたらしくてね。すれ違った時、じっと僕を見て


「航空学校に、行かれるのですか?」


 って聞いてきたんだ。あの時の、楷治郎の表情はちゃんと思い出せる。隠そうとしているけれど、羨ましさがにじみ出ていた。これも先に話したように、彼は元々航空兵になりたかったらしいからね。やっぱり、羨ましく思ったんじゃないかな。だから、その話は断ったよ、って言った時は安心したような顔していたね。ぼくもまぁ、性格悪いからさ。羨ましかったのか、って聞いたらそんなことはありません、って取り繕っていたけれど。

 白鷹が修理を終えたのは、年が明けて3月の中頃だったかな。機動部隊に編入されて内海西部での訓練を行い始めた。6月には前の年に行くことのできなかった泊地へ、今度は航空戦隊の旗艦として向かうことになった。楷治郎は、工機学校へ入る関係でその時はすでに船を降りていた。彼が船を離れる前に、少しゆっくり話す機会があったんだ。僕が無理言って時間を作ったようなものだけれどね。僕と楷治郎は3歳くらい年が離れていたのもあって、一方的に弟のように見ていたんだ。だから何かと世話を焼いたり、構ってみたり、なんとなく、一緒にいるのが楽しかった。兄姉弟が多いんだってね。彼はお兄さん1人とお姉さん3人の5番目、下には弟が3人。一番下の弟さんとは10歳離れていて、海軍病院を退院した後、一度実家のある新潟に戻ったんだって。その時に制服を着ていったら、弟たちがかっこいい、かっこいい、って喜んでくれた。その時の楷治郎の顔はすごく優しくて嬉しそうな顔だった。きっと家族思いだったんだろうね。実際、一緒に仕事してても気の利く優しい人だったよ。

 彼と会ったのは、それが最後だった。工機学校を卒業した彼は、当時の最新型の装甲航空母艦、畝傍に配属されて白鷹には戻ってこなかった。船が違うとばったり会うっていうのもあまりなくて、時間とかもあわなくて、何度か手紙のやり取りはしたかな。その時の手紙は手元に残っていないけれど、機関兵長になって畝傍に乗ります、ってことが書いてあった手紙が最後だったよ。

 中部太平洋で行われた作戦に、畝傍も、白鷹も参加していた。畝傍の方は主力部隊旗艦で、そう、作戦数日前、着艦を失敗した爆撃機が一機、甲板で大破炎上したんだ。あの時も不吉な予兆じゃないかと言われていたけれど、本当にその通りだった。6月19日、あの作戦で、魚雷を受けた畝傍は内側から爆発して、甲板がめくれ上がり、火を噴いた。その様子を僕は白鷹から見ていたけれど、暫く信じられなかったよ。そのあとこちらも危なくなって、畝傍に気を回す余裕もなく、白鷹は海域離脱。同じ部隊の駆逐艦が、生存者を救援して戻ってきたとき、申し訳ないけれど、初めて楷治郎のことを思い出した。数日前の一件の時は楷治郎大丈夫かなとか考えていたのに、いざその時には意識の外で。そんなものだといわれてしまえばその通りではあるけれど。救援した中に、機関兵もいるって聞いてあぁ、なら楷治郎も生きているだろう、って根拠のない自信があった。僕たちは軍人で、しかも戦争中だ。そんな自信、持ったところで何もならない。様子をうかがいに行って、畝傍の乗組員を捕まえたら運よく、機関兵でね。楷治郎を見てないか聞いたんだ。


「岩澤は、爆発が起きた箇所の近くにいました。それ以降姿を見ていません」


 それが返ってきた答えだ。そんなわけない、って気持ちと、ああやっぱりか、って気持ちが半々だった。

 僕が楷治郎に関して話せるのは、このくらいかな。

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