畝傍の山越え、白鷹は飛ぶ

蘭歌

喪われる前に

 私がそれを見つけたのは、母方の祖父の葬式の後でした。

 すべて終わって母の実家へ帰った後に、片付けもしないとね、という母と一緒に、あちこち様子を確認していた時です。母の本棚に、古い教科書を見つけました。背を止めているテープはすでにボロボロで、けれども表紙や中身は全く虫食いなく。裏付けを見ると、戦前の年号が書いてありました。明らかに母の物ではないそれを、どうしたのかと、確認すると、母にも覚えがないとの事です。ただ、もしかすると祖父か、祖父の甥のものかもしれないと。

 私は、今でこそ普通に会社勤めをしていますが、大学では近現代史、つまり先の戦争にかかわる時代を専攻していたので、久々に調べものがしたくなりました。教科書の発行年から、使われていた時期を特定すると、祖父はその発行年の少し前に生まれているので、持ち主ではありません。それに伴って祖父の甥達も、一番年上でも、祖父の15歳年下なので、違います。祖父は末っ子でしたから、兄の誰かだろうと、予測はつきました。ちょうど、祖父の戸籍はすべてあったので、見返すと、ピッタリ当てはまる人がいました。次兄の岩澤楷治郎いわさわかいじろうさん。

 祖父の兄たちのことはたまに、祖父や母から聞いてはいました。けれど、その人の名前には憶えがありません。戸籍には戦時中中部太平洋で戦死となっています。母に聞いてみると、やはり母もほとんど話を聞いたことがないとのことでした。けれど、学生の頃祖父の生家へ行った際、海軍の軍服を着た写真が仏壇の上に飾ってあったそうです。その時に、祖父が言った言葉が母には衝撃であまり理解できなかったそうですが、教えてもらった私にも、理解というか、納得はできませんでした。

 それから、私は楷治郎さんに関して調べることにしました。これが、なかなかに難しい事に。祖父の兄弟はみな亡くなっていますし、つまり楷治郎さんのことを知っている人がいないのです。一人、祖父の三番目のお兄さんの奥さんがまだ存命ですが、あまり体調がよくなく、記憶も少し、その、間違いがありまして。一度確認聞いたところ、海軍に所属し空母、白山に乗っていて亡くなった、との話でしたが、空母白山が沈んだ場所、日時と戸籍に書かれている戦没場所、日時が全く違うのです。なので、母に頼み軍歴証明の請求をしました。一週間後に届いた軍歴証明で、楷治郎さんの軍歴はわかりました。最後に乗っていた船は、装甲空母、畝傍。機関兵長で、中部太平洋での作戦に従軍しそこで戦死。

 けれど、そこで本当に行き詰りました。それ以上、楷治郎さんのことを聞くことができる人がいないのです。どうにもできないと、途方に暮れていた8月のある日。テレビでは終戦の日が近いこともあり、そういった特集が多く、たまたま付けた番組でもやはり、先の大戦に関する特番をやっていました。そして、その番組に出ていたのは、間もなく100歳になるという、元帝国海軍の航海士。その人が乗っていた船の名前は、軽空母白鷹。それは、楷治郎さんが、畝傍に移る前に乗っていた船でした。これも何かの縁かもしれない、きっと、今を逃せば、もう調べることはできないと思い、それこそ使えるツテは片っ端から使って、その方と連絡を取れないか、頑張ってみることにしました。なかなかに難航はしましたが、灯台下暗し。父の友人であり私も面識ある人が、その放送をしたテレビ局のディレクターさんで、事情を話あちらと話をしていただけることになりました。

 きっとすぐには返事をもらえないだろうし、必ずしも知っているわけはないと思っていましたが、予想に反し数日後に届いたあちらからの返事は、会って話がしたいとの返事でした。本当に思ってもみない返事に驚きましたが、後日休みに、その方のお宅に伺いました。

 石川県に住んでいらっしゃるその方、斑鳩いかるがさんは、100歳とは思えないほど元気な方で、私が訪ねるとにこにことしながら迎え入れてくれました。


「楷治郎の、縁者さんなのだってね」


「はい。祖父のお兄さんが、楷治郎さんです。先日、祖父は亡くなったのですが、その際に楷治郎さんが使っていたと思われる教科書を見つけまして。それで、調べています」


「そうかぁ……。うん、僕でよければ知っていることを話すよ。きっと、君との縁がつながったのは、そういう事なのだろうから」


 そう言って微笑む斑鳩さんは、どこか寂しそうでもあり、嬉しそうでもありました。すべて聞きたいとお願いし、録音させてもらってもいいかと尋ねれば、それも快諾していただいて。そそくさと、ICレコーダーを取り出して、お願いします、と頭を下げる。


「僕と、楷治郎が出会ったのは、開戦した翌年。舞鶴鎮守府所属の空母白鷹、当時はまだ潜水母艦飛駒だったっけ。その改装を行っているドッグの近くだったよ」


 斑鳩さんが語りだすのは、私の知らない時代、私は知らない戦争の話。

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