本当に泣いた赤鬼
友出 乗行
第1話本当に泣いた赤鬼
むかしむかし、ある山奥に、一人の赤鬼が山の
赤鬼は人間たちと仲良くなることを夢見ていました。
いつもいつも笑顔な子供たちに囲まれる夢。
山奥では見たことも味わったこともないような美味しいお菓子を食べる夢。
赤鬼はそんな夢に浸りながら、いつも結局一人で落ち込んでいました。
風の噂で鬼たちは人間たちの脅威として恐れられているらしく、そんな風に思われている赤鬼が人間たちと仲良くなることなどできないと思っていたからです。
そんなとき同じ山で育った親友の青鬼が赤鬼に言いました。
「赤鬼。俺が村で暴れるから、それをお前が止めろ。そうすれば人間はお前を完全に信用して友達になってくれるぞ」
それを聞いた赤鬼は喜んでその提案を呑みました。
そして作戦当日。
赤鬼は山の
赤鬼は、自分が時間を間違えたのか、来る途中で青鬼を通り過ぎてしまったのかとうろたえていると赤鬼は青鬼よりも先に人間たちに見つかってしまいました。
――まずい、そう思い村から背を向けた瞬間、赤鬼の視界は暗くなりました。
そして次に赤鬼が目を開けると、赤鬼はいつの間にか自宅で寝ていることに気付きました。
何が起こったのか、それとも夢だったのか。
そんなことを思いながら時計を見ると、既に作戦の時間からは何時間も経っていることに気付きました。
赤鬼は急いで村へと降りてこっそりと村の様子を見ました。
するとそこには信じられない光景が広がっていました。
村には確かに青鬼がいました。
しかし彼は暴れる様子はなく、それどころか村の子供たちに囲まれながら笑い合い、大人とは山では見ることができないような綺麗なお菓子を頂いていました。
それこそ赤鬼が求めた、夢の内容でした。
その光景に仰天してると、こちらに気付いた人間たちがこちらを見て赤鬼に言います。
「またきやがったぞ、この悪魔が!」
「また青鬼さんにやられたいのか!」
「今度は俺たちも青鬼さんと戦うぞ、覚悟しろ化け物め!」
友達になろうと、仲良くなろうとした人間たちからのそんな罵詈雑言に赤鬼の顔はどんどん青ざめていきます。
――何かの間違いだ、こんなことはありえない。
赤鬼は縋る思いで唯一の親友の顔を見ました。
しかし友人は助けるどころか、口の端を吊り上げると声を発せずにこう言いました。
――ざまあみろ
それからのことを赤鬼は覚えていません。
とにかく必死で、あの現実にいたくなくて。その後は逃げるように走って逃げました。
でもどんなに息が切れるほど走っても、どんなに顔中をどろどろにするほどに泣いても頭の中ではしっかりと分かっていました。
親友に裏切られたこと。人間たちの敵になってしまったこと。ですがそれが分かっていても赤鬼は駄々を捏ねる子供のように泣き続けました。その泣き声は山の木々を揺らすほどに響き渡っていました。
翌日、いつの間にか泣きつかれて寝ていた赤鬼は力なくムクリと起きると朝飯を捕るために外へ出ました。
どんなに辛くても腹は減るのです。
しかしその食欲は一瞬にして失せることになりました。
寝ぼけた赤鬼が朝一で目にしたのは、昨日人間たちが楽しそうに笑いあっていた村が太陽にも負けないぐらい燃え盛っていたからだ。
何が何だかまったく分からず思わず赤鬼が後ずさりをすると赤鬼の足に軽いものが触れました。
それは一通の萎れた手紙でした。
そしてその筆跡は間違いなく青鬼のものでした。
*
赤鬼へ。
これを読んでる頃には俺はこの世にいないと思う。
まず最初に謝罪をさせて欲しい。本当にすまなかった。
でも、俺がお前を助けるにはこうするしかなかったんだ。
お前はいつも言ってたよな、人間の友達が欲しいって。
キラキラと目を輝かせながらそんなことを言って山の麓を見下ろすお前に、俺はこんな方法でしか真実を伝えることができなかった。
お前は気にしなかったが、山になぜ俺たちしか鬼がいないか俺は昔から不思議で仕方がなかったんだ。
それで我慢ができなくてある日に、村近くで張って人間たちの様子を盗み見たことがあるんだ。そしてそこで行われていることも目撃した。
ここで少し話しが変わるが俺たちが住む山には熊や狼みたいな肉食の獣はいないよな。そのお陰で俺もお前もすっかり三菜が大好物だもんな。
だが奴ら人間は違う。
そもそも山に熊や狼みたいな肉付きの良い獣がいないのは全て人間が狩り尽くしたからなんだ。
そして狩り尽くした後も人間たちは三菜よりも肉を好んだ。たとえどんな肉だろうとな。
分かるか? 俺が村で見た光景は、人間たちによって殺され調理された鬼の同胞だったんだ。
俺はその時に胸の内から湧き上がる吐き気や恐怖を抑えながら耳を澄ませてよく聞いたんだ。
どうやら人間たちは狩りの範囲を更に広くしようとしていた。このままではいずれ俺たちが住む縄張りまで来るのも時間の問題だ。
俺はお前に真実を告げようと考えたがお前があまりにも人間たちに憧れていたから俺はどうしたらいいか分からなくなってしまった。
だから俺はこの問題を自分だけで解決することにした。
俺がお前に提案を持ちかけた日、先に家を出るフリをしてお前の後をこっそり突いていき後ろからお前を殴って気を失わせその後俺は鬼と敵対している鬼として人間たちに強力するフリをしたんだ。
きっと俺は、心も体もお前を傷つけたよな。たんこぶができてたらごめんな。
後は簡単だ。
村を回って捕まっている同胞たちを解放したら、村の壁にゆっくりと時間をかけて仕掛けた油菜の汁で火を着けて人間ごと村を焼く。
でも人間たちも馬鹿じゃない。きっと俺の作戦なんてすぐ見敗れれて殺されるかもしれない。だから俺はこうしてお前に手紙を書いたんだ。
ずっと黙っててごめんな。結局俺はお前を傷つけてばかりだな。
でも友達のお前の幸せが俺の幸せだから、俺はこれで満足だ。
これからは上から見下ろすだけじゃなくて、色んなところへ言って色んな奴らと友達になれよ。お前ならそれができるさ。
今まで本当にありがとう。赤鬼の親友、青鬼より。
*
焦げ臭い丸太の上で読み終えた手紙が読み終える頃には更にくしゃくしゃに萎れていた。
全てを知った赤鬼は無言で手紙の書かれた親友の名を見つめ、静かにその場に佇んでいた。
――青鬼は、どんな気持ちだったのだろうか。
人間の恐ろしい実態を知ったこと。
目の前で同胞が殺されて違う形に作り変えられていく様を見ていたこと。
命を賭けるほどに大切な思っていた親友の俺に真実を伝えられなかったこと。
青鬼の気持ちを全て知ろうなんて傲慢なことは赤鬼は考えていません。
ですが、どの気持ちをとってしても青鬼はきっと自分のことよりも誰かのことを心配するようなそんな不器用で優しい奴だったと赤鬼は今になって理解しました。
そんな素晴らしい親友を持っていながら赤鬼は彼以外の友人を求めてしまった。だから不器用な青鬼は自分のために自らの命を賭けて戦うことになってしまったのだ。
彼以上の親友はいないのに、それ以上を望んでしまったから。
その日以降赤鬼は、たとえどんなに痛くても、素晴らしい感動する景色を見ても、赤鬼の目から涙が流れることはありませんでした。
あの日、青鬼が居なくなって泣いた涙は、赤鬼の感情までも洗い流してしまったからです。
こうして本当の意味で泣いた赤鬼は、もう二度と泣くことができなくなりました。
本当に泣いた赤鬼 友出 乗行 @tomodenoriyuki
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