第32話 魔法の幕切れ
「皆さんは、最後にひとつ、疑問が解決していないのを、忘れていませんか?…カイリーチさん、それはお嬢様が最初に、あなたにした質問のことです」
「わたしにした、質問…」
涼花に言われてカイリーチは、唇に人差し指をあてて少し考えた。
「確か犯行の決意…だったかしら?」
「はい、お嬢さまはあなたに、盗んだレシピをどうするつもりなのか、尋ねたと思います。それに対して、あなたは言葉を濁した。でも、たった一つだけわたしたちには、真実の言葉を明かしてくれましたね?」
「真実って…」
僕は記憶をたぐった。
確か、カイリーチが言ったのは、僕には到底信じられないようなことだったと思ったが。
「カイリーチさん、あなたはこう言いました。自分はダニエルさんを脅迫していない」
涼花はここできっぱりと言葉を切って、カイリーチの反応を待った。
「そうね。わたしは、そう答えた。…信じる、信じないは自由と言う話はしたわよね?」
その言葉を待っていたと言うように、涼花は微笑んだ。
「はい、わたしは、信じます。…お嬢さまがそう言ったように」
涼花は、そこでついに真相をうがつ質問を口にした。
「あなたは悪い人なんかじゃない、カイリーチさん。…すべては、ダニエルさんのお店で働かせてもらうためのお芝居だったんですね?」
涼花が言うと、カイリーチは満面の笑みで頷いた。
「ええ、その通り。それが最後の質問ね?」
「はい、考えてみたら真相はすでにお嬢さまが最初の質問で、解き明かしていたんです。盗んだレシピをどうするつもりだったのか、そしてレシピが盗まれた後もダニエルさんは営業を続け、なぜお店には白紙のままのレシピが存在するのか…」
と、涼花は問いかけるように視線を、全員に巡らせた。
「このすべての矛盾を解決する結論は、たった一つしかありません。カイリーチさん、つまりはあなたそのものが、未完成の『スウィンムーアのマジックスープ』のレシピなんです。あなたは自分のスープを作るために、ダニエルさんのお店に来た」
その涼花の言葉がカーテンコールのようなものだった。突然、カイリーチの背後にあった緞帳のようなものが滑り落ち、背後に隠れていた人が姿を現したのだ。僕は思わず声を上げていた。
「ダッ、ダニエルさん!?」
『やあ、いつバレちゃうのか、ここで僕はハラハラしていたよ』
と、ビールの入ったグラスを掲げるダニエルさん。(ていうか飲んでたのか)なんとダニエルとカイリーチは、最初から同じ部屋にいたのだ。
『映してたのは、ずっと僕の店だよ』
二人はまさにしてやったりの顔で、くすくす笑いさざめく。
『…ちょっと演出過剰な店だから、ちょうどいい小道具があって助かったわね』
からからと、キャスター付きの緞帳を片付けられる。
たったそれだけのことで、そこはさっき見た憶えのあるダニエルさんのオフィスである。不覚にも、全然気づかなかった。
「あなたたちの勝ちよ。あなたのたった一つの質問で、魔法は解けた。…これが魔法のタネ、ってわけ」
いや、これは驚いた。何が驚いたって、ダニエルさんとカイリーチがグルだったことも驚いたが、この不可思議な魔法の犯罪を予告通り、涼花にたった一問だけ質問させて解き明かしてしまった九王沢さんに驚きだ。
僕が目を向けると九王沢さんは笑って、手を振って見せた。まだ、主役の見せ場が終わってない、と言う風に。
『君たちが正真正銘、スウィンムーアの消えたマジックスープのレシピの謎を解いた世界で初めてのお客様だ。ぜひ握手をしたいところだけど、今は無理だね』
「気が早いわよ。まだ全部、レシピの秘密も話していないし」
カイリーチは画面をのぞきむように涼花を見つめると、おもむろに尋ねた。
「おめでとう涼花ちゃん。あなたはいつ、真相に気づいたのかしら?」
「トリックが解けたときです」
と、涼花は言った。
「お嬢さまに助けてもらいましたがわたし、抜き取りのトリックには気づくことが出来たんです。そこで、思ったんですけど、このトリックってよく考えたらカイリーチさん一人では、全然出来ないですよね。…ダミーのレシピを本物らしく、見せかける工夫をするのにも、食べられるページを抜き取るときにダニエルさんの注意を逸らすのも、共犯者が必要です。それはダミーのページの入った本で『動画』を撮って、ダニエルさんに送った人物。そして、急な訪問でもダニエルさん本人を確実に呼び出せて、足止めが出来る人物…」
えっ、それはまさか。
「フィオナさんです。レシピの持ち主であるフィオナさんが協力してくれなければ、そもそもこのトリックは成り立たないんです」
「その通りよ。フィオナ・スウィンムーアは、わたしのお祖母ちゃん。カイリーチは、お祖母ちゃんが孫のわたしに、つけてくれた名前なの」
「ケルト語(アイルランドの古語)で、カイリーチは『魔女』ですね」
さすが博覧強記の九王沢さんが、すかさず解説を差し挟む。
「わたしは五人年上の兄と姉がいるんだけど、祖母がアイルランドの言葉で名前をつけてくれたのは、わたしだけ。うちは両親が早くに離婚してね。ニューヨーク州を離れてからずっと、祖父母の手で育てられたの。小さな田舎のレストランで、ようやく二人で切り盛りしているようなお店だったんだけど、わたしをちゃんと育ててくれたの」
「カイリーチさん、会社員さんだったんですよね…?」
涼花が尋ねると、カイリーチはかすかに唇を綻ばせた。
「そうよ。…わたしが択んだ職業にも、理由があったんだけど、本当にしたいことは別のことだった」
「スウィンムーアのマジックスープを完成させること…それってつまり、フィオナさんのお店を継ぐことですか?」
「それもそうだけど、少し違うわね」
カイリーチは、人差し指を唇に当てると、涼花の質問を留めた。魔法を解かれた魔女はおもむろに口を開いた。
「謎解きは、終わったでしょう。…今度は、犯人が語るシーンよね?」
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