第31話 かけられた魔法の正体
「あなたがした質問の中に?」
カイリーチは、かすかに眉をひそめた。
「紙からインクを消す薬品は作っていなかった。…話したのは、それくらいだったと思ったけど」
「はい、あなたには流ちょうな日本語を習得するほどの在日経験があり、それは製薬関係の会社に勤めていたため、と言うお話でした。消えたレシピのページがダミーであり、盗むのではなく『消してしまう』ことだけが目的だと言うことを突き止めた時点で、あなたが『食べられる紙』を使ったのではないか、と言う仮説を立てるのは、それほど難しいことではありませんでした」
「うん、わたしが製薬関係の会社にいたことは、話したのは、憶えてる。でもそこから、話がつながらないじゃない。だってわたしがいたのは、薬を作る会社。食べられる紙を作っている会社だと言った覚えはないんだけど」
「食べられる紙の、主な需要はあなたが答えた産業にあります。これを発明したのは明治の日本人ですし、現在でも日本が利用開発をリードしているでしょう」
「一体、何で出来てるんです、お嬢さま…」
痺れを切らした涼花が、口を挟んだ。かなりがんばったが涼花も、ここまでは思い当たらなかったようだ。
「いわゆる糖衣。オブラートのことです」
「オブラートって…」
油紙のようにかさかさとした、薄い、コーティングのことである。薬に使われることもあるが、今ではむしろ和菓子などの包装で見ることが多い。
一見包み紙なのだが、そのまま食べられて口の中で溶けてしまうと言うあれだ。
「へ~たさんは、あれが何で出来ているかご存知ですか?」
僕は首を振った。少し考えたが、あれってそもそもなんなんだろう。
「オブラートは
言われてみればかなり昔からある気がする、このオブラートが完成したのは一九〇二年、これを薬が服用しやすいように糖衣として利用したのも、日本人なのだそうな。
「現在ではカプセルが主流になったので、お薬にオブラートの需要は減っているそうですが、今度は食品加工品としての需要が高まってきています。食用インクとデジタルプリンターで印字したオブラートを被せれば、イラストばかりでなく文字や写真も鮮明に食品の上に、再現することが出来るのです」
九王沢さんはそう言うと、スマホを見せた。
そこにあったのはスヌーピーのイラストが描かれた蒸しケーキや、顔写真が印刷されたバースデーケーキなどの画像だ。
『オブラートアート』のワードで検索をかけると、今はオブラートの加工の仕方から見本まで、丁寧に指導しているサイトであふれているらしい。
「オブラートシートはほとんど、澱粉で
食べられる紙はあった。
確かにオブラートなら、条件に見合う。同じ食べるにしても、時間もかからず、そして手間も掛からない。まさか、そんな素材が本当にあるなんて。
「さすがね。…まさか、そんなに少ないヒントでここまでたどり着くなんて、思ってもみなかったわ」
カイリーチも反論しない。ただ、素直に感心したようだ。僕などは、たったこれだけのヒントでここまで見通してしまう九王沢さんに感心を通り越して、唖然としたほどだが、カイリーチの方は自分で口にするほどには驚いていないように見えた。
どちらかと言えば、口元が綻んでいるのである。自分が仕掛けたトリックが見破られ、追い詰められているのにこの余裕。
もしかしてまだ、魔女は奥の手を隠しているのか。どきどきしながら僕は九王沢さんの言葉を待った。
「わたしがオブラートを発見できたのは、たまたまです。その条件に見合う素材の存在の知識があったからに過ぎません。でも、すうちゃんは違います。ゼロからきちんと考えて、正しい結論を導き出しました。わたしはその、お手伝いをしただけです」
そこで九王沢さんは、涼花を見た。
「では、最後の質問をしてください。このお話を解決するのは、あくまですうちゃんです。すうちゃんが主役なんです。魔女の魔法を解いてあげてください。あとは、大丈夫ですね?」
「はいっ…お嬢さま、わたし、頑張ります!」
再び涼花である。
そう言えば九王沢さんは、カイリーチに三つの質問をしたあと、あうちゃんにたった一つの質問をさせ、謎を解かせてみせると約束したと思うけど、一体、どんな質問をするつもりなんだろう。
「よろしくお願いします」
天使の笑みをみせた九王沢さんに涼花は、自信を込めて頷き返した。
「わたしが魔法を解きます!…カイリーチさん、わたしから、最後の質問です」
一歩ひいた九王沢さんの代わりに、涼花がもう一度、モニターの前に立つ。
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