第28話 魔法解く涼花

「え…!」


 と、声を上げたのは、よくみたら、僕だけだ。でもさすがに、そこにいる全員、目を丸くしていた。


 だって、そうだ。涼花の話が本当なら、確かにそれは『事件』ですら、ないじゃないか。


「涼花ちゃん、何言ってるんだよ」


 思わず、僕はそこまで突っ込んでしまった。フィオナさんから譲り受けたはずのレシピがもともと白紙だったなんて、そんなのあり得ない。


 だってここにいる僕たちですら、動画で、チキンスープのレシピが存在していたことを確認しているからだ。



「へ~たさん、い~い質問ですね」

 涼花はそこで、嬉しそうににんまりした。

「確かに、わたしたちは動画でレシピの存在を確認していました。…でも、それこそがつまり、手品のタネだったのです!」

「手品?」


 反芻した僕に、九王沢さんが割って入る。


「はい、手品です。へ~たさんは、何かが消えてしまうマジックを見たことがあると思います。大抵のマジックは、お客さんの前に『消えるもの』をきちんと見せてから、消しますよね?…あれはお客さんに、トリックが発見出来ないことを確認する『演出』なのです。でも、その他にもう一つ、意味があることをご存知ですか?」


 分からない。僕は素直に首を横に振った。九王沢さんはにこやかに答える。


「『情報操作』です。お客さんに『見てほしいもの』と『見てほしくないもの』を、さりげなく取捨選択させる」


 僕はそこで、はっと息を呑んだ。


「取捨選択って…え、僕たちが、ですか?」

「はい、その通りです」


 にこやかに九王沢さんは頷いた。どうも、ぴんと来ないが。


「もちろん、この場合、ぴんと来てもらっては困るんです。選んでいないつもりで、選ばされている。お客さんは、選ばされたことに気づいていません。それが『情報操作』なのですから。優れたマジシャンは、これを巧みに駆使して自在にお客さんを操ります。彼らが決まって言う言葉です。『すべての動きに意味がある』」


 要は九王沢さんによるとマジシャンが行うこうした『演出』のすべてに、隅々にまで『情報』が隠されているのだと言う。


 そのため優れたマジシャンは、巧みに情報操作を行う。


 それは話し言葉のみならず、起こした動作、しなかった動作。見せる動作、隠した動作。こうした身振り手振りばかりか、言葉つきや目線、あらゆるものを総動員するそうな。


「つまり『演出』そのものが、すでにトリックの一部として機能すると言うことなのです。今回のケースもそれに当たります。『動画の本の中に、マジックスープのレシピは確かに掲載されていた』この情報を受け取った人間には、『本の中にはマジックスープのレシピが存在した』と言う先入観が疑いの余地なく、植えつけられることになります。


 この状態でページが白紙になれば、誰もが一度は『レシピは本から消えた』と信じ込むことになるでしょう。普通に考えて、紙に沁み込んだインクをあれほど綺麗に消してしまうことなど、技術的に不可能だと分かっていたとしても、です」

「お嬢さま…あの、そろそろ」


 もはや推理が止まらない九王沢さんの肩を、涼花はつんつん、と指で突いた。


 自分で言っておいてすっかり忘れていると思うが、これ、涼花の推理シーンなのである。このままだといいとこ皆、持ってかれてしまう。



「はっ、そうでした…」


 九王沢さんは今さら気づいたのか、あわてて口をつぐんだ。

「(小声)…ごめんなさい、つい、夢中になりました…どうぞ、すうちゃん」


「うッううん!じゃあええっと、いいですか皆さん!」

 涼花が咳払いして、仕切り直す。


 出だしから混線気味である。聞く方としては、このまま九王沢さんの立て板に水の推理を聞いていたかったが、一生懸命の涼花を前にそれだけは口が裂けても言えない。


「つまり!これはよく出来た『手品』なんです。…今、お嬢さまがお話してくれたように、優れた手品と言うのは、『見せたいもの』だけを上手に見せ、『見てほしくないもの』をさりげなく隠してしまうものなんです。


 …でも逆に考えれば、あえて『見せたいもの』を見せるのは、そこに『見せたくないもの』が必ずあるからなんです。カイリーチさん、あなたが『見せたくないもの』さえ発見できれば、事件は解決です!」


「なるほど、分かりやすいわね。この事件を解決するには、あなたは、わたしが隠したいものを見つける。確かに、話はシンプルになった」


 カイリーチは小猫のようによく動く瞳を巡らせると、大げさにため息をついてみせた。


「でも何かしら。わたしが『見せたくないもの』って?ちゃんと教えてくれないと、答えようがないわ」


 だが魔女は、まだ僕たちを煙に巻こうとする。魔法はかかったままだ。涼花はそれでも、ひるむことはない。


「ふっふっふっ、そうやってはぐらかしていられるのも、今のうちなんですから!あの動画にあったあなたが『見せたくないもの』はもう、発見済みです!」

 涼花はついに大見得を切った。

「そんな調子に乗って本当に大丈夫なの、涼花」

 途中参加の児玉さんが、思いっきり疑わしそうに訊く。

「こっ、児玉さん、言い方!調子に乗って、とか言わない!」


 このつっこみがすっかり勢いを削いだが、心配は心配である。だってさっきまで、そのカウンターで、お腹壊した猫みたいに悶えてたんだもん。


「大丈夫ですよ。児玉さん、へ~たさんも。すうちゃんはやり遂げます」

 しかしそこは、九王沢さんがにこやかにフォローする。

「それにもう、それはもう、へ~たさんの目にも触れてますよ?」

 そう言われて、僕は息を呑んだ。『見せたくないもの』ってまさか。

「あの動画から、消えたものがレシピの他にもう一つありますよね?」

 涼花はさっきの勢いを取り戻して、応える。

「『スピン』です」


 やっぱり。九王沢さんが、最も気にしていた手がかりだ。涼花は、画面の中のカイリーチをびしっと指差して、ためていた決め台詞を一気に放った。


「カイリーチさん、あなたがレシピにかけた魔法のタネ、それはあなたが取り去った『スピン』にあります!」



 

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