第27話 求められていた発想の転換は
涼花は僕を見ると、なぜか得意そうに言った。
「へ~たさん、皆さんを集めて下さい!」
「はい?」
僕は、カウンターの向こうの児玉さんと顔を見合わせた。
集まるも何も、この店にはほぼほぼ、関係者は出そろっている。今さら集めるも何もない。たぶんその台詞が言ってみたかっただけだと思う。
「林原さんも早く、ほら!」
泣きそうな顔で隅の席から引き立てられてきた林原さんなどは、まだよく状況すら呑み込めていないようだ。
(本当に大丈夫なのかな…?)
思わず、心配になってしまう。
だって普通(と、言うのがドラマ以外の実物を見たことないので、そう言っていいのか分からないが)皆さんを集めて下さいと言うのは、犯人がその中にいるからなのである。
しかし犯人はニューヨークにいてここにはいないし、その犯人がやったとんでもないことと言うのを、ちゃんと知っている人もこの中には、ろくにいないのである。
だって児玉さんや林原さんはほとんど今、話を聞いたばかりなのだ。二人とも、集まったはいいが、ほぼほぼぴんときてない顔だ。
真っ先に真相に到達した九王沢さんは、にこにこしながらなりゆきを見守っているばかりだし、言い方は悪いが涼花だけが先走っているみたいで、どことなく危なっかしいのである。
(まさかいきなり、「この中に犯人はいません!」とかやらないだろうな…)
色んな意味で目が離せない。そもそも本当に、事件は解決するんだろうか。
「すうちゃん、もう準備は万端ですね?」
「はい☆いつでも大丈夫ですよ!」
涼花は自信たっぷりに応える。
九王沢さんは店のパソコンで再び、カイリーチを呼び出した。
「あら、少し見ない間ににぎやかになったのね」
魔女は、一気に二人増えた店内を見まわして目を丸くした。
「そうです、関係者です!みんなの前で、わたしが真相を暴いてあげますよう!今さら、後悔しても遅いんだから!」
涼花はがんばったが、カイリーチは、きょとんとしていた。当たり前である。そもそも、数の勝負ではない。
「約束の十分です。…今度は、わたしたちが話す番になりましたね」
涼花の限界を
「途中から加わった方がいらっしゃるので、もう一度確認します。わたしは、三問の質問であなたが、ダニエルさんのお店のレシピから、チキンのマジックスープを奪った方法を突き止めると、お約束しました。…そしてレシピを取り戻すのには、ここにいるすうちゃんにたった一問だけ、あなたに質問してもらうこと、それが条件でしたね?」
「ええ、あなたじゃなく、彼女が(カイリーチは涼花に目配せした)質問する。わたしはその質問で、判断すればいいってわけよね。あなたたちが、真相にたどり着いているのか、否か、と言うやつを?」
「その通りです」
九王沢さんは、満足げに頷いた。
「ねえ、やることはシンプルだけど、ハードルは大分高いんじゃないかしら?…つまり、こう言うことでしょ?あなたはたった一問で、このわたしを自白させる」
カイリーチはあくまで強気だ。だって、改めて言われてみればハードル高すぎる。大体カイリーチを一問で自白させるような質問なんて、思いも寄らない。しかも九王沢さん本人ならともかく、涼花にそれをやらせると言うのだ。
「確かに一見、難しい試みのように感じられます。…ただ、これは何度も言ったことですが、一つずつ可能性を消去していきさえすれば、たどり着く答えは、それほど難解なものではないはずなのです」
だが、九王沢さんは一貫して主張してきたことを崩さない。
そう言われれば、僕たちは確かにあらゆる可能性を検討しては消去してきたけど、事態はますます難解になっただけな気がする。
必要とされているのは、発想の転換だと九王沢さんは言うけれど、僕はいまだに、あれも不可能、これも不可能の袋小路に迷い込んだままである。
「と、言うより、ヒントに従って考えていけば、そこに残る文脈はただ一つのはずなんです」
「なるほど」
カイリーチは、いたずら猫のように目を丸くして小首を傾げてみせた。
「それで、どこから始めるつもりなのかしら?」
「順番にいきます。まずは、わたしが最初に質問したことです。あなた自身の犯行の決意について、わたしは尋ねたと思います」
九王沢さんは天使の微笑をたたえて、話を始める。
「そもそも、このお話は一見したところ、見過ごしがたい『矛盾』を孕んでいました。ダニエルさんのニューヨークのお店にあったレシピからマジックスープは盗まれ、現在も盗まれたページが白紙のままになっているにも関わらず、お店のメニューからマジックスープは消えていません。
この件についてあなたは、このように答えました。スープの作り方は自分しか知らない、あなたの一存で今からでもダニエルさんのお店のメニューからマジックスープを出せないようにすることが出来る、と」
「そうね、よく憶えているわ。マジックスープは魔女が完成させるべきメニューで、それはダニエルではなく、わたしだって言うことも話したはずね」
「はい、ではそこから先も憶えていらっしゃいますか?…カイリーチさん、あなたはダニエルさんを『脅迫していない』」
「ええ、そう言ったと思う。あなたたちが信じる信じないは、別としてね」
「信じます。わたしも、あなたはダニエルさんを脅したりなんか、していない、と考えています」
と、九王沢さんが言うとカイリーチは
「ありがとう。でも、正直に答えなくていい、と言ったのは、あなたじゃなかったかしら?」
「あなたは正直な人です。…あなたにとって、この質問はどちらを答えても良かった質問のはずです。どころかこの事件を一見分かりやすくするためなら、イエス、と答えてしまった方が楽だった。でもあなたは可能な限り、真実を語る方を選んでくれました。本当のあなたは、心がある人です」
「わたしのこと、分かってくれて嬉しいわ。…でも、約束は約束よ?」
「分かっています」
すかさず、カイリーチはプレッシャーをかけてくるが九王沢さんは、あくまでにこやかだ。
「ですが恐らく、ダニエルさんは、マジックスープを喪うことはないと思います。…あなたがこのレシピを完成させていない限りは」
九王沢さんの言葉で、得体の知れない魔女の雰囲気を醸し出していたカイリーチは少し硬い顔になった。僕はふと、思い出した。そう言えばこの人は、あまり料理が得意じゃないのだ。
「スープは完成する。今にちゃんと、わたしのものになるわ」
カイリーチはむきになったように言い返した。
「はい、わたしも心からその日が来ることを願っています」
九王沢さんは、にこやかな声音である。
今の口調は、皮肉でも何でもなかった。そこで僕は、ふと首を傾げた。どうしてだろう、九王沢さんがカイリーチにそんなこと言うなんて。
「いいところに気が付きましたね、へ~たさん」
ふいに九王沢さんの注意が
「何もかも、発想の転換が求められるのがこの事件です。真相にたどりつくには、わたしたちの前に提示されている一見分かりやすい筋書きから、真実の文脈を見つけることに尽きます。
そしてここでひとつ、考えてほしいのはこの件では、結果的に誰も傷ついてはいない、と言うことです。ダニエルさんのお店はマジックスープのレシピを喪わず、今も営業していますし、カイリーチさんはレシピを盗んだ件で、警察に逮捕されたり、ダニエルさんから訴訟を起こされたりしたわけでもありません。つまりこの事件は、『事件』ですらないのです。それが事件の真の文脈です」
九王沢さんはそこで、涼花に目配せをした。涼花は舞台袖にいたようなものだ。主役交代で一気に緊張感が高まった感じだったが、さすがに覚悟を決めるのが早い。一気に話し出した。
「お嬢さまの言うとおりです。この事件は、『事件』じゃないんです。…それを今、わたしが解き明かしてみせます」
「楽しみね。…じゃあまず、教えてほしいんだけど、この事件が『事件』ですらない、と言うのはどう言うことなのかしら?」
「だってレシピはあの本から、盗まれていないんです」
涼花が少し、食い気味に切り込んだ。
だが、今のタイミングは絶妙だ。九王沢さん以外の誰もが目を丸くするのが分かった。レシピが盗まれていない、だって?
「ど、どう言うこと涼花ちゃん、それは!?」
僕もあまりの予想外の事態に、声が上擦ってしまった。
「落ち着いて下さい、へ~たさん。順番に話します」
涼花はすっかり、名探偵の台詞回しだ。
「考えてみれば、簡単なことだったんです。こう考えればつじつまが合う。あの本は初めから白紙だった」
涼花はそこで十分にためを効かせると、画面の向こうのカイリーチに突き付けた。
「載っていなかったんです。フィオナさんの本に、マジックスープのレシピは、最初から」
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