第17話 涼花限界
「ええっ…?」
僕と涼花は一様に困った顔文字みたいになった。
カイリーチが欲しがっているのは、あの魔女のレシピそのものじゃなかった、だって?いや、いきなりそんな思わせぶりなこと言われても。
「ひいいいいっ、もっ、もう無理です!頭の!頭のこの辺が痛いです!」
ついに涼花が、右手で頭を抑えながら悲鳴を上げた。九王沢さんは目を丸くして、きょとんとした顔である。
「側頭葉がですか?」
「どっ、どこでもいいですよう!とにかく限界ですう!推理なんて、無理!わたしにこれ以上は無理!無理ぃッ!もう答えから教えて下さい!分かってるんなら、隠さなくてもいいじゃないですかあ!全部教えて下さいよう!」
あーあ、ついにキレた。僕が拭いたカウンターの上を、涼花は酔っ払った猫みたいにのたうった。こんな子だったんだ。
駄々っ子全開と言うか、珍妙な悶え方だ。気持ちは分からないでもないけど、さすがに九王沢さんも怒るかなあ。
「涼花ちゃん…あのさあ、諦めずに考えようよ」
そこで僕はすかさず取りなした。
「九王沢さんだって、涼花ちゃんのためを思って、言ってくれてるんだからさあ」
なぜなら、この一連の推理は、涼花のためにある時間だからだ。
僕たちの何歩も先を行く九王沢さんが、わざわざメモに書いてまで、もうすでに自分の頭の中でやったであろう可能性検討を丁寧にしてみせるのはすべて、涼花が推理を展開しやすいように、なのである。
「そうですよすうちゃん、へ~たさんの言う通り、諦めてはいけません。だって恐らく真相は、後一歩のところにあるはずなんです!」
おっとりした九王沢さんは、さっぱり怒る様子もないが、何やら自分の考えの方へ走っているらしく、自分で書いたメモに視線を落として思考に余念がない。
「…唯一、と言う言い方をしては、まだ軽率ですが、この路線で仮説を組み立てていけば大よそのことは説明がつくかと思います。もちろんまだ材料不足なので、うかつなことは言えませんが…」
「もっ、もう、うかつなことでいいですよお!…せめて、せめて何かヒントをお願いします…」
もはや涼花は虫の息だ。しかし九王沢さんは気にする風もなく、今度は席を立ってすたすた歩き出しては、何かをぶつぶつ言っている。
推理を丸抱えする探偵役ってたぶん、皆、九王沢さんみたいな人なのだろう。一旦その直感力に点火すると、周りのことはほぼどうでもよくなるタイプである。
ったく、九王沢さんも九王沢さんだ。どうみても涼花は限界なのに、正直ちょっとくらいは救いの手を差し伸べてあげてもいいのに。
芸能人と言う肩書はあれど、涼花は僕より二つも下の高校生だ。ごく普通の大学生の僕だって持て余してるって言うのに、九王沢さんの情報処理能力と発想力の鋭さに追いつけるはずがない。
うっかり忘れがちだが九王沢さんだって現在進行形で推理しているんだから、うかつにヒントを出せ、って言われたって困るのは、困るんだろうけど。
「あ、そうですへ~たさん!」
と、九王沢さんがいきなり僕の名前を呼んだので、びくっとした。涼花のアシストはしても、僕に何か聞かれたって困る。
「えっ、ええ!?あのっ、僕に何か…?」
「実は、折り入ってお願いがあるんです」
九王沢さんは天使の笑顔で言った。
「わたしたちにもう一杯だけ、コーヒーを淹れてくれませんか?」
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