第16話 発想の転換点
「あわてることはありません。ともかく最後の一つを紐解くことで、可能性ではなく、本当の、
かくて箇条書きの最後には、こう書かれていた。
③カイリーチはなぜ、レシピを盗難したのか。
「言うまでもないことですが、『なぜ』は『どうやって』にも通じます。そもそも、カイリーチは本そのものを盗難したりする方法を取らず、『なぜ』チキンスープのレシピだけを持ち去ったのでしょうか?」
九王沢さんが言うように、それはこの事件の最大にして、最も根本的な謎と言っていい。何と言っても、カイリーチの行動が謎だ。
九王沢さんの言う通り単純にチキンスープのレシピだけが欲しいのであれば、こっそりと盗めばいいのだ。
わざわざダニエルさんの前に姿を現して、不可解な方法で盗難する必要など、初めからない。
「へ~たさんの言う通りです。もっと言えば、カイリーチは、リスクをほとんど冒さずに済む無難な手段を取ることだって出来たはずです。
例えば盗撮するなり、その部分を写し取るなり、ともかくすぐに発覚しにくい方法を択べばまず、事件性自体を立証することそのものが難しくなります。
それなのにカイリーチは、堂々とダニエルさんの前に姿を現して『盗む』と宣言した。これはかなり高いリスクを払う行為のはずです」
それなのになぜ、カイリーチはそんなややこしい方法で、チキンスープのレシピを奪っていったのだろう。
確かにそこにこの事件の謎の、最も大事な部分が潜んでいる気がしてならない。
「じゃあじゃあ、へ~たさんは、その一番大事な部分、って、どんな風に考えているんですか?」
涼花は、僕に救いを求めてきた。
「え、それは…?」
「それは!?」
こっちがたじろぐほどずいっと涼花は前に出てきた。
「涼花ちゃん、近いよ…」
ああこんなに寄って、カメラ目線で。嬉しいけど、そんないきなり聞かれても。
そりゃ何とかしてあげたい気持ちは、あるよ。してあげたいけど、この③の謎だけは、どうしても合理的な説明をつけられる自信がない。
だってもし(万が一の話だが)僕がカイリーチと同じ立場だとして、その幻のレシピをどうしても欲しい、と思ったのなら、とにかくなるべく発覚しない方法だけを択ぶ。
普通に考えて、たとえどんなに巧妙な方法を採ってレシピを掠め取ったところで、盗んだレシピは最終的に必ず闇から明るみに出る。
つまりこのレシピは、お客さんの前へ出ていくことで初めて盗んだ価値がある、と言うものなのだ。
カイリーチの目的がレシピを葬ろう、と言うものでない限りは、それが盗難品である、と言う疑いは最小限度に留めておくことがベストだ、と言わざるを得ないじゃないか。
「さすがへ~たさんは、今、いいことを言ったと思います」
すでに何か掴んでいる九王沢さんはそれも想定内なのか、余裕の笑みだ。
「つまりここで、発想の転換が求められている、と言うことではないでしょうか」
「発想の転換?」
僕と涼花は首を傾げた。
「カイリーチがレシピを必要とする理由です。果たして彼女は、レシピを盗んだところで、一体それをどうするつもりだったんでしょうか?」
天使の笑みを朗らかにたたえつつ、九王沢さんはそこでずばりと言った。
「彼女の目的はもしかしたら、盗んだレシピを自分のお料理として表に出すことではなかったのかも知れません。カイリーチの目的はレシピそのものではない、と仮定したなら…?」
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