第7話 魔女フェブラリー・スウィンムーア
「でも、お嬢さま。…じゃあこの写真は、誰が撮って来たんでしょう…?これは資料じゃなくて、実際、現地で撮ってきたっぽいですけど…」
涼花が恐る恐る異論を唱えた。しかし、九王沢さんの論理は破たんしない。
「スナップショットの日付を見て下さい。季節は今頃ですが、これらはすべて、昨年秋の写真です」
「あっ」
と、そこで僕は思わず、声を上げてしまった。去年の秋だ。ちょうど今頃、秋の長いニューヨーク旅行に発った人間を僕は知っている。
「親父だ。…あ、いやうちのオーナーなんですけど、行きました。ニューヨークに。新商品の買い付けがある、とかで」
僕も自分のスマホを探った。ここにある取材資料の写真、どこで見たなと思ったら、あの後、親父がブログにアップしていた写真にそっくりなのだ。
「ほら、これですよ」
僕は親父が気まぐれに更新している、この店のオーナーブログを見せた。涼花が写真と照合したら、ほとんどぴったりだ。
「じゃあ、みくるさんが創ろうとしていたお話のネタ元は、この店のオーナーさんのニューヨーク旅行のお話?」
「その可能性が高いですね」
「連絡、取ってみますよ。…つながるかなあ」
僕はとりあえず、いくつかある親父の携帯に、皆、着信を残してみる。
何しろこの店のオーナーに連絡を取ること自体が、実は難しいことだったりするから困りものだ。
「お父さまのブログには、それらしいお話はないようですね…」
九王沢さんはその間にも、親父のブログにささっと目を通す。
「大丈夫、無理して本人に聞かなくても、まだここにある資料の中にヒントがありますよう☆お嬢さまっ、今みたいな感じで、もっと、もっと推理して下さい。すっごく、すっごく!勉強になります!」
と、無責任に、九王沢さんを急かす涼花。
考えるのはもはや、九王沢さんに丸投げである。ただ漠然と、芸能人ってこんな感じかあ、と思ってみてたが、だんだんこの子のことがよく、分かってきた。
深くものを考えるの、苦手なタイプだ。推理するのに、一番向いてないのは、まさにこう言う人種である。
「でもニューヨークって、こうやって見ると色んな場所があるんですね。わたし、もっと、すっごい都会だと思ってました…」
案の定ものを考える様子もなく涼花は写真を見ながら、素直に感心していた。
「これなんかすっごい、ボロ…古い家ですね。こんなに田舎もあるんですね…」
そこには、
重厚な、と言いたいところだが、はっきりボロ家である。土台がしっかりしているのが取り柄くらいだ。向こうのゴシックホラー映画とかに登場しそう。ほぼ解体レベルだ。
それでもかなり大きいことは大きく、建坪だけで六、七十坪くらいはありそうだ。背後は白樺の林と沼地で、立地はかなりの田舎のようだ。写真はウェブからプリントアウトしたものらしく、余白に走り書きで何かメモがついている。
「あっ、ある…ばに?」
涼花は癖のある字体の英単語に目を細めて、唇を尖らせた。
「オルバニー。…ニューヨークの州都ですね」
「えっ、アメリカの首都って、マンハッタンじゃないんですか?」
州都だ。アメリカの首都は、ワシントンである。もう、どこから突っ込んでよいのやら。ぼろぼろ残念な面を出す涼花に、海外経験の深い九王沢さんは笑顔で答えた。
「マンハッタン島があるニューヨーク市は、確かに世界でも指折りの大都市ですが、州の中心があるのは、オルバニーと言う都市なんです。マンハッタン島を流れるハドソン川の上流にあたります。とても、住みやすい場所のようですよ。ニューヨーク市へもボストンへも、日帰りで行けますし、日本の方も多く通う州立大学もあります」
九王沢さんは、地名の下に書かれた住所をスマホに打ちこんだ。すると、地図検索以外にも何かがヒットしたみたいで、小さく声を上げた。
「The witch house…この家は、『魔女の家』みたいですね。地元のちょっとした名所のような扱いを受けているようです」
九王沢さんは廃虚マニアのサイトを発見し、わざわざ英文のブログを訳して説明してくれる。
「この家には、十七世紀、実際に魔女が棲んでいたと言う記録が残っているそうです」
九王沢さんはやたらと情報の取得が早い。
「魔女が?」
「恐らくは、白魔術士です。身体にいい薬草を栽培したり、家伝で伝承されている薬を精製したり、幸運のお守りを作ったり。俗に言う、民間信仰や療法を伝える人たちと考えると、分かりやすいかも知れません」
九王沢さんが言う『魔術士』たちは、現在でもイングランドに多くいるようだが、彼らの文化は新天地として英国の
本場ヨーロッパでも起こった魔女・悪魔狩りもたびたび起こったため彼らは身元を隠して、辺境を拓いて棲むことを覚えた。
例えばニューイングランドのピューリタンの村では未来を予見する『占い』ですら禁止されていたと言うから驚きだ。
「一六九二年マサチューセッツ州セーレムで起こった魔女裁判では病気を治す『魔女のケーキ』が、魔女とされた人たちに逮捕状が出る『物的証拠』になりました。それを信じる、信じないに関わらず『魔女は、治りにくい病気を治せる』と言う考え方は、入植者たちの中にも深く浸透していたようです」
悪魔と契約したものが使うと言う『魔法』は当時、教会の教えに背いた。
しかし彼らが細々とでも生き延びていったのは、こうした教会に禁じられた『魔法』が起こす奇跡を当時の人たちの間で、密かに俗信として一定の支持を集めていたためと考えて、間違いはないだろう。
「この家にも、フェブラリー・スウィンムーアと言う女性の一族が、代々棲んでいた、と書かれています。彼女の一族は、植民地時代からの『魔女狩り』を逃れてニューイングランド一帯で繁栄したそうです。どうやら、お料理が得意だったみたいです。この家で発見された『魔女スウィンムーアのレシピ』と言う十七世紀の
五万ドルと言うと、約五百万円か。
「ええっ!?そんなに昔のお料理の本に、五百万円ですか!?」
それを聞いて芸能人の涼花でも思わず目を剥いていた。
「確かに無名の人物の著書と言う点では、破格かも知れません」
が、九王沢さんはあまり驚いた感じではない。
「しかし希少価値を問うなら、これは妥当な値段と言えるものでしょう。(と、九王沢さんはスマホをスリックした)…実際、お金を出す人もいたみたいですよ?昨年、マンハッタンのさるレストランが、この本の現在の所有者になっています。五番街のお店に、ショーケースに入れて展示されているみたいですね」
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