第16話 犯人はこの中に

 よく推理小説で名探偵と言われる人が、

「真相が分かったので、皆さんを集めて下さい」

 と言うが、実際そんなことは、国家権力がなかったら、ちょっと無理なんじゃないかなあ、と思う。


 九王沢さんの命で僕は、めんどくさい人たちをロビーに集まるよう、呼びに行ったのだが、

「ああッ?弁護士じゃねえのかよ!?」

 喫煙所で揃って煙草タイムの謙三には、嫌な顔をされるし、すでに険悪な仲の一成には、思いっきり凄まれた。


「本家のお嬢さまとは言え、六園家の内情に無関係な人から話があるって言われてもね…」

 征之助も、まだ煙草に火を点けたばかりで婉曲えんきょくに渋っていた。


 さすがに僕は言葉に詰まったが、

「弁護士さんの指示です」

 まー涼花は、平然としたものである。


 カメラの前で芝居をする度胸があるとこう言うものか、聞いてもいないでたらめをアドリブで、すらすら並べたてる。


「お話を聞かないと言う方は結構です。権利放棄とみなすのでどうぞこのまま、お帰り下さい」

「い、行かんとは言っておらん。ちょっ、ちょっと一服、してだなあ」

「一成さんは?」

 涼花は冷ややかな目で睨みつけた。

「い、行くよ」

 にわかやくざはあわてて、灰皿で吸いさしを揉みつぶした。

 涼花を襲った癖に一成、まだ自分に権利があると思っているようである。


「僕もすぐ行くよ。でも、何の話なんだい?」

 ほろ苦い顔の征之助が尋ねると、涼花は生え際の綺麗な小首を傾げて見せた。

「さあ、分かりません。わたし、子供ですから。移動中の弁護士さんからさっき、お電話があって、そのようにしろと言われただけで」


 こうなるとにべもない。大の大人三人、涼花の手玉に取られてしまったのである。


「今の全部、児玉さんの物真似ですよ?」

 さすが女優だ。そう言えば今の感じ、まんま児玉さんだった。



 ロビーに出るとすでに香名子さんが、お茶の支度をしていた。これも奥久慈の名物である焼き色も豊かなリンゴのタルトに、その皮を使ったアップルティーである。


「九王沢さんは?」

「さあ、まだ電話中みたいですよ」


 香名子さんが言うにとりあえず、ドイツ語らしき電話は終わったらしい。次に英語になって、やっと日本語になったと言う。


「何か国語しゃべれるのかしらねえ。ヨーロッパの言葉は皆、分かるんですって。海外に住んでると普通なのかしら。さすがは本家のお嬢さまだわ」


 初枝さんが感心していたが、九王沢さんが特別なだけだ。南方熊楠みなかたくまぐすみたいな子なのだ。


「…そう言えば、児玉さんもいませんね?」

「わたし、さっき電話してるの見ました。仕事の電話じゃないですか?そう言えば明日、朝一番からグラビアの仕事、入れられてましたし」


 物欲しそうに余ったリンゴタルトを眺めながら、涼花が言う。他人事である。まあ、児玉さんの仕事は、涼花ちゃんの仕事なんだけどね。


「那智さん、皆さん、お手数をおかけしてすみません。そろそろ始めようかと…あっ、香名子さん、すごいです☆おやつは、自家製のリンゴのタルトですか♪」

「奥久慈の名産なんですよ」

「あっ、アップルティーまで自家製なんですか!?わたしっ、大好きなんです。楽しみなお茶になりそうですね☆」

「話は大丈夫なんですか、九王沢さん」


 このままいつまでも会話が終わりそうにないので、僕は、そこに割り込んで聞いた。女子トークしている暇はないのだ。


「忘れてませんよね?もう全員集まってるんですよ!?」

「はあ…」

 思わず、声を荒げてしまった。

 なのに、九王沢さんはぽかんとしている。天然にもほどがある。これで犯人が判らなかったなんて言い訳通るはずがないのに。



「お嬢さま、ちょっと宜しいですか?」

 児玉さんがスマホを持って現れたのは、そのときだ。児玉さん、いよいよ、と言う九王沢さんと何を語ろうと言うのだろう。


「二分したら戻ります」

 不可解な伝言を残して、九王沢さんはいなくなってしまった。いや、本当に行っちゃうの?さすがに僕の方が不安になってきた。


「じゃあ、那智さん。そろそろお席に。お茶とお菓子は、わたしが運びますので」

「わたし、手伝います☆」

 人の気も知らず、涼花は上機嫌もいいところだ。



 戻りたくもない席に戻ると、すでに面子は揃っていて、がたがた貧乏揺すり。


 歯ぎしりでもしそうな謙三の顔で気づいたが、ダイニングは禁煙なので、三人とも手持無沙汰でいらいらのピークなのである。



「どうなっておるのだ!?君、説明せんか!」

 謙三は僕の上司でもないのに、命令口調だ。僕は生返事をして後は黙っていた。


 お茶の登場とともに、児玉さんと九王沢さんが戻ってきたのはそのときだ。二人は何を話していたのか別々に戻ってきて、涼花の席の近くに座った。


「話と言うのは、まだですか?」

 征之助が尋ねる。


 この三人の仲では、理性的と思われるこの男も、さすがに声に腹立ちがにじんでいた。そして懲りない一成が凄んできた。


「つか、あんたが説明しろよ児玉さん。俺らは弁護士と話に来たんだよ。どう言うことなんだ?本家だか何だか知らねえが、なんで六園家と関係ねえ人間の話なんか、聞かなくちゃならねえんだ!?」

「関係ない人間では、ないはずでしょう。九王沢家との関わりの深さは一成さん、あなたの隣にいる二人が、よく分かっているはずじゃないかしら」

「うるせえッ」

「やめろ、一成」

 苦々しい声で謙三は言うと、弟と二人で立ち上がりかけた婿を無理やり席に座らせた。

「息子に代わって無礼をびよう、児玉さん、皆さん」

 鷹揚と言うか、謙三もさすがに怒鳴り散らすのに飽きたのだろう。うんざりした口調でこう訴えてきた。

「だが息子の言うことも、もっともだと思わんか。児玉さん、あんたに私たちはここまで付き合ってやったんだ。そろそろ、本当のことを話してもらおうじゃないか」

「本当のこと?」

「そうだ。児玉さん、まず涼花の後見人候補としてあんたたち財団は私たちを呼び出したはずだが、本当に私たちからその人間を択ぶ気はあるのかね?こうなるとそこから信じられんようになる。そもそもだ。私たちが一年越しに、二度もこんな山奥まで来させられる意味は、果たしてあるのかね?」

「意味は、あります」

 即答だった。しかもそれは何と、児玉さんでなかった。

 言ったのは、九王沢さんだ。

「いや、意味は『あった』、と言うのが精確な言い方でしょうか。あなたたち三人は、今年もここへ来る必然性があった。それはなぜなら、最初からそのように計画されていたからなのです」

「計画だと?」

「はい。今から皆さんに申し上げるのは、そのお話です」


 つまり。

 九王沢さんが言うには、静子が死に、涼花が襲われるまでの一連の流れが、全く脈絡がないように見えて、すべて同一線上の出来事だと言うことだ。


 また、謙三たち三人の兄弟が一年越しに呼ばれると言うことも、何者かの企図あってのことだと、大胆にも九王沢さんは、その場で断言したのだ。


 靜子の死も、涼花が襲われたのも誰かが画策した計画上の出来事だって?つまりこの事件、やはり犯人がいるのだ。



「もし本当だとしたら、これは大変なことじゃないか。じゃあ、靜子さんは、殺されたのか…?」

 征之助が蒼い顔でつぶやいた。


 涼花にとっては何を今さら、である。僕の隣で鼻を鳴らしていた。


「誰が…いや、何のために?」

 征之助の問いかけは虚空に消えた。


 愕然としたその物言いも何とも空々しくすら、聞こえてくる。


 なぜならそれは涼花と香名子さんが、この丸一年、拭えぬ疑惑として胸の内に抱えてきたことだからだ。


「まさか身内で殺人なんて…信じられん」

 さしもの謙三も顔色を喪っていた。

「だが、実際そうなんだろう。つまり、あんたの話を聞けば、その…犯人と言うのが、分かるんだね…?」

 謙三も、もはやすがるようだった。

「はい、それを今からお知らせしたいと思います」

 九王沢さんは天使の笑みをたたえると、確信を以て頷いてみせる。

「ではまず、このお話をする前に断っておきたいことがあるのですが…」


 だが、次に放った一言こそ、衝撃的だった。


「犯人は、この中にいません」


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