第3話
僕も男だ。プライドがある。女の子の九王沢さんに行こうと言われて、これ以上は拒否出来なかった。だが、言わせて頂きたい。この企画、僕が考えたわけじゃない。
九王沢さんの好奇心を炎上させるだけ炎上させて皆、逃げやがったのだ。僕が、何をしたって言うんだ!
「まずは夏深野浜から行きましょうか?」
(ぼっ、僕たちに今夜何事もありませんように。お願いします何事もありませんように…)
それほど信心深くない僕が、神仏相手にこんなに
いや、地元の人が出ると言ってるのである。皆、降りたのだ。それなのになぜ、行っちゃいけない場所に行こうとする?その神経が理解できない。
「どうやらここが、夏深野受難の地のようです。旧い地名が『
と言いつつ、好奇心を爆走させる九王沢さん。まーた厄介なものに火をつけてしまった。九王沢さんはこうなると止まらないのだ。
「いわゆる奇談を含む怪談話は、やはり江戸期の流行がその起源と言えるでしょう。さらにルーツをたどるなら、
古今の物珍しい話を、主君が聞く。いわゆる『
代表例はなんと言っても、
彼が召し抱えた『
落語の原型とも言われる『
「江戸期になり、それは座談をするサロンとして、発達していくのです」
座談は最初は武家貴族のたしなみだったのだが、江戸時代に入り、商人文化が華ひらくと、江戸の文化人の間で、そうした怪談・奇譚の集まりは一種のサロンを形成した。
それは例えば、
そうした催しのあらましは例えば、
「最初期の武士たちが集まる座談では、
この手の話になると、九王沢さんを阻むものは何もない。さくさくと止め処なく話が続いていくのだが、良かった。九王沢さんと歴史の話をしていたので、怖いと思う暇がなかったぞ。
「じゃあ、次は廃アパートの方に行きましょうか」
「う、うん」
思わず答えてしまった。なんだよ、帰ろうと言うタイミングを逸しちゃったじゃないか。
問題のアパートは、その夏深野と言うお姫様が殺されたと言う浜から、さして遠くない距離にあった。
ハイツ
海岸も近いし下手な曰くつきでなかったら、さぞや人気の賃貸物件だったのだろう。家主の無念が偲ばれる。
僕たちは虎ロープをくぐって雑草と
「中には、入れそうもありませんね」
何が楽しいのか九王沢さんは、含み笑いしながら僕に言う。
「ちょっと、裏へ回ってみましょうか」
一体どこまで果敢なのか。僕の返事も聞かずに九王沢さんはぐいぐい、心霊スポットに喰いついてくる。
すでに夜中の一時を回った。観光地とは言え田舎町なので、この時間は車の通りさえほとんどない。
古びた街灯がジジジ、と音を立てる以外は、辺りは完全に無音である。それでも繁茂するセイタカアワダチソウの群れを掻き分けて、僕たちは玄関口のある建物裏手へと回る。
姿は視えないが、やたら
「何もありませんね」
当たり前だ。無人になって大分経っているのだ。こちらも浮浪者などに侵入されないよう、しっかりと入口が塞がれているはずだ。
「では二階へ行きましょうか」
錆でペンキの剥がれた階段をさして、九王沢さんは言った。さすがにうんざりした。
「事件が起きたのは、二階の角部屋だったと聞きました」
奈須葉さんが言っていたのである。よりによってOLが絞殺された、と言うのは、二階の一番奥の部屋なのだ。
「…じゃそこ見たら、危ないから帰りましょうよ」
僕は、そこで断固として言った。
幽霊云々より、真夜中にこんな場所をうろついていたら、何があるか分からない。男の責任として僕は、それだけは承知させた。
しかし二階へ行ってみてぎょっとした。奥の部屋である。なぜかそこだけ玄関ドアが開け放たれ、中へ入れるようになっていたのだ。
「一番奥の部屋でしたよね?」
九王沢さんが興味を持ったのが、運の尽きだった。
あんなに瞳をきらきらさせて僕の腕を引っ張るから。禁断の場所へ僕は、ついに足を踏み入れてしまったのだ。
「見たらすぐ帰りますよ?」
正直、部屋に入った瞬間、独特の違和感があった。いわゆる霊感が来る、と言うやつで一刻も早く出たかった。
「何もありませんね」
当たり前である。
部屋は1LDK、どこに遺体があったのかもちろん判らないようになっていたが、心なしかリビングの中央に不自然な凹みがある気がする。サッシにはカーテンがなく、駐車場の明かりが、かすかに入り込んでいるばかり。
「きゃっ」
突然だ。僕たちは二人とも室内にいるのに、勝手に玄関ドアが閉まった。
ここで僕の心拍数は急上昇した。あわててドアを押し開けようとするが、立てつけが悪いのか、分厚い鉄扉はコンクリートの床面に引っかかって、なぜかびくともしない。
「閉じ込められた…?」
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