第2話
「肝試しですか!?はいっ、やってみたいです」
この喰いつき、目の輝き。どう見ても怖がる人種じゃない。しょうがない。僕も因果を含められた身だ。怪談を盛り上げるため、与えられた情報ですかさずプッシュする。
「何かね、この林の奥に廃アパートが遺ってるみたいなんだけど」
来るとき見たよね、と僕は話に九王沢さんを惹きこむ。彼女は即座に頷いた。それは、誰にでも目のつく場所にあった。
割と海に近い国道沿いの松林の中に一軒、二階建てのアパートが廃虚になったまま放置されているのだ。
「どうもちょっと、事件があったらしいんだよね」
これは民宿のおばちゃんから聞いた話だ。実はなんとその建物で、十年ほど前、殺人事件が起きたのだ、と言う。
春先、地元企業に勤める二十代の女性が金銭トラブルから、交際していた三十代の男性に部屋で絞殺された。遺体は押し入れに放置され、ミイラ化したまま夏まで見つからなかった。
当時それが大ニュースになり、週刊誌の記者までが取材になった地元でも有名な事件らしいのだ。
ちなみに不動産取引の世界ではこうした物件を、『
入居者がそこで刑事事件を起こしたり、自殺したりと言った場合に家主は、次の借り手が見つかった時には、そうした経緯を、
事件当時、築二年の新築だったアパートだ。陰惨な事件が起きた後でも、入居者はいただろうし、わざわざアパートを建てた大家さんだって納得しなかったに違いない。しかし絞殺されたまま夏まで見つからなかった若いOLの怨念は、まだ残っていたのだった。
実はその殺人事件があった直後、次の入居者も自殺したのだそうだ。ダブルパンチだ。さらにはそれから他の部屋でも精神錯乱して住民トラブルを起こす住民が出たりするなど、このアパートは災難が続出した。
「蒸し暑い夜、絞殺されるような若い女の苦しげなうめき声が聞こえる」
「押し入れからすすり泣く声がする」
「首に電気コードが巻きついたままの若い女を見た」
などの
かくして『心霊アパート』の評判が立ったそこは、築八年のまま閉鎖を余儀なくされたのだった。家主は土地と建物を処分出来ないまま、現在に至るそうな。
「今では地元でも絶好の肝試しスポットになってるんだけど、毎年その殺された女の人の幽霊の目撃談がひきも切らず、中には気がおかしくなった人も…」
「そうなんですか」
淡々としていた。やっぱりだ。あの九王沢さんが怪談なんか怖がるわけはない。
「アパート…ってあの
「わあっ、待って、待ってっ!」
なんなんだこの積極性。怖がるどころじゃない。
「肝試しって言うのはね、皆で行く遊びなんだよ。まず皆で怖い話とかしてさ、くじ引いて、二人一組になって行くんだ」
「はあ」
不承不承ながら頷く九王沢さん。こりゃ先は長そうだぞ。
かくして街明かりもすっかり消えて、深夜である。宴もたけなわになった僕たちは、肝試しを始めることにした。
正確には、「九王沢さんを怖がらせる会」である。酒に酔ってご破算になるかと思いきや、全員意外にやる気だった。
「あー、夏深野浜は出ますねえ。やめておいた方がいいと思いますよう」
しょっぱな、近くに住んでいると言う
「戦国時代の亡霊が出るんですね?」
九王沢さんなど、取材モードだ。歴史の話になると目がらんらんした。
「出ますよう。
あれっ、前情報と微妙に話が違う。
「えっ、じゃあ、心霊スポットはあそこの廃アパートじゃないんですか?」
「ああ、あのアパートもOLが出ますよう☆この辺、夏の夜は幽霊まみれですねえ」
絞殺されたOLの他に、お手討ちになったお姫様も出ると言うわけだ。まさに夢のオールスター共演である。いや、誰も望んじゃいないが。
「幽霊関係ねえし。おれたちが求めているのは、九王沢さんの巨乳だ!」
怪談がリアルに怖い中、リビドーを燃やす不純な連中。幽霊関係ないんかい。
どうでもいいけど、ホラーものにおいて、エッチな下心のある人間から殺されていく、と言う暗黙のセオリーを彼らは知っているのか。
それからさらに九王沢さんを怖がらせるために、部員たちがとっときの怪談を披露しあったのだが、これが怖くも何ともなかった。作り物感が満載な上に、話自体が面白くないのだ。文芸部員の癖に、大半がよくある最後に大声で怖がらせようとするタイプだった。
「ふとおれが見ると、四階のはずの窓の外に血まみれの巨乳ナースが!」
「はあ…」
部長がしてくれた話など、『血まみれ』に喰いついていいのか、『巨乳ナース』に喰いついていいのかよく判らない。
僕など巨乳ナースなら別に、血まみれでもいいじゃないか、とすら思えてくる。そもそもうちの文芸部員はヲタが多いので、出て来る幽霊も微妙に設定がラノベなのだ。
「血まみれだけどおれのこと好きなツンデレ美少女の霊」
とか、
「死んだヤンデレ妹がおれを慕って血まみれで出てきた」
等々の設定のどこに怖がればいいのか。やたら血まみれカブってるし。床とかきっと、びっちゃびちゃである。
肝心の九王沢さんもほぼ無反応だった。怖いとか何とか言う以前に、ぽかんとしてしまっている。のっけから暗雲が立ち込めてきた。
「そうだ、九王沢さんも何か怖い話あったら、話してみたら?」
あまりに座が白けてきたので依田ちゃんが言った。今から思えば、それが受難の始まりだった。
「怪談ですか…」
ふと、九王沢さんは人差し指を自分の唇に当てると、少し考えた。
「…そうですね、じゃあ最近あったお話なんですけど」
皆が注目して静かになるのを、計算しきったような、それは話の切りだし方だった。怖がらせようと言うのではない。むしろ淡々としていて、眠たげですらあり、その抑揚を聞いていると、なぜか話に入り込んでしまう。
「さる県にある、鎌倉時代からの古刹なんです。そのお寺の本堂の天井板が、元々、近くで滅ぼされた古城の玄関板だったんですが…」
じわじわと話が怖くなってきた。その頃には、誰もトイレに立つ気配すらなかった。全員が怖い怖いと思いつつ、否応なく話に惹きこまれている。プロかこの子。
「調査に同行した雑誌のカメラマンさんがそのとき、言ったんです。わたしの後ろに、誰かいたみたいだと。それが沢山、皆、古い着物を着た子供じゃないか、って。それでわたしも、自分で写真を撮ってみたんです」
九王沢さんは言うと、バッグからスマホを取り出して。
「そしたらここにいるはずのない子たちが天井の城板からぶらさがって、じいっとこっちを見ていて」
「ひいっ」
リアル心霊写真を、見る勇気のある人はその場にいなかった。僕と依田ちゃんだけが、後で見せてもらったのだが、凍りついた。ほんまもんじゃないか。思わず脂汗が出た。
「あ、でもよくあるお話なんですよ。この前も、織田信長公が滅ぼした一向一揆のお城跡に行ったときに…」
どんどん出てきた。とめどなく、本当にあった怖い話が。僕たちの認識が甘かった。常識で考えて遺跡や古記録を調査する九王沢さんの方が、いっぱい持っているに決まっているのだ。口に出すだけでもぞっとするような、そんな体験実話を。
立て続けに三つほど話が終わったとき、誰も心霊スポットに行こうと言う人はいなかった。と言うか皆、一人でトイレにすら行けなかった。怖すぎる。
「きょっ、今日はこれでお開きにしようか…」
無論、外に出ようと言う剛の者は一人もおらず、誰からともなく四散五々していった。えらいことになった。巨乳と言う下心の藪を突いたら、規格外のモンスターが出て来てしまったのである。
いつの間にか、そこには僕と九王沢さんしかいなかった。なんて言うか、僕も部屋に帰りたい。僕はそこにあった余ったお酒を気付けに呑むと、九王沢さんに声をかけた。
「僕たちもそろそろ、寝ようか」
「あれ、皆さん、もうお休みですか…?」
僕を見るとなぜかにっこり笑う九王沢さん。いや、天使の笑みはこの際いいから。
「ではそろそろ、本番ですね?」
本番て?
問う暇もなく、九王沢さんはぐいぐい僕の腕を引っ張って来る。いや、本当。冗談はいいから。
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