天下五街と廃れた一街

「アタシ達の国は五つの街から成っている。北に湯街、南に花街、東に棚街、西に火街。そしてその周りを囲う畑街だ。」

絡繰馬に乗りながら国について話す。


「で、私たちはどこに向かっているんだ?」


「畑街以外の四街を案内しようかと思ってな。なんせ畑街は広すぎる。ここに来る時みたろ、森の前に広がっていた広い土地。あれが全部畑街だ。街とは言うが畑しかねぇ。」


「取り敢えず北からぐるりと東に周るつもりだ。それにこれはただ案内するだけじゃねぇ、お前らの働き場所を見つける為のものだ。」

壁を越えられないのだから俺達はここで生きていくために仕事を見つけなきゃならない道理だ。腰を落ち着かせる場所が必要だろう。


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■湯街 ハル


街へ踏み入れると熱気が襲ってきた。どの建物にも形大きさは違えど煙突が立っている。人が多く、建物の中を行き来している。そこかしこから喧騒が聞こえる。


リンは奥に一際大きな煙突のある建物を指差して、


「あの建物がこの街で一番力を持つ温泉、ヒノミヤ温泉だ。アタシの親戚がやってる。あそこに行けば何かしら仕事の斡旋があるはずだ。」


道行く人は皆、リンの姿が見えると口々に挨拶をして、リンもそれに逐一返しながら歩いて行く。


「リンは随分と慕われているのだな。」

ラタのその言葉に、照れ臭そうにしながらリンは「そんなんじゃねぇよ。」と答えていた。


少し歩くと、道の横に人だかりがあるのが見えた。


「何だあれ?」俺とラタが人だかりの先に何があるのか見ようとしてぴょんぴょん跳ねていると、


「あれは喧嘩だ。まあ、珍しいもんではないな。よかったら見ていくか?」

気になったので人だかりに押されながら前に出ると、そこには二人の男が向かい合って立っていた。ラタは横で見ている男の腹から顔を突き出して見ていた。男は興奮しているのか全く気づかない。


「やいやい俺の足を踏んでおきながら、無視して行こうだなんてなんて不手ェやろうだ。俺はウイロウ。そこなシセン温泉の従業員だ!」

細身の若い男がそう相手に言うと、


「なんだなんだ、いったい俺が何をした?言いがかりをつけようってんなら買ってやるよその喧嘩!俺ぁヒノミヤ温泉の湯沸し頭のリンザンでぇ!」

もう片方の恰幅の良い男も名乗りを上げた。


「なあ、あいつお前の親戚の関係者っぽいが止めなくていいのか?」

そう思ってリンを見やると、彼女は腕を組んで観戦状態だった。


周りは口々ににヤジを飛ばしている。物凄い熱狂具合だ。

と、いきなりウイロウとやらが相手に殴りかかり、リンザンがそれを見た目にそぐわない速さで避ける。そしてリンザンは足を引っ掛けてウイロウを地面に転がし、倒れたウイロウの眼前に拳を突き出す。


「負けたよ。」

ウイロウがそう言うと、リンザンはウイロウを助けおこし、そこで別れた。

まるで今まで喧嘩をしていたとは思えないような様子だった。


喧嘩が終わった瞬間、さっきまで散々騒いでいた観客はぞろぞろと各々の方へ散って行った。


「あれはどう言う喧嘩だったんだ?」

不思議に思って聞くと、


「風習のひとつだよ。昔争いが起きた時初代統領が提案したらしい。相手に向かって自分の名前を言い、ムカついた理由を話す。で、殴り合う。それで決着すりゃ、後腐れなくなるってわけよ。」

なんかヤンキー漫画みたいだな。


「なるほど、あいつらしいな。あいつは昔から皆の仲を保つのが上手かった。しょっちゅう《鉄人》と《人間兵器》の喧嘩の仲裁をしていたな…」

あいつと言うのは《傾奇者》のことだろう。


さっきまで喧嘩をしていたリンザンがこちらへ歩いてくる。

「これはこれは、姫さま。どう言う御用でここまで?」


「姫って言うんじゃねえよ。今日はコイツらの仕事を探しにきたんだよ。」そう言って俺達の方に顎をやる。


「仕事ですか…。私には全く思い当たりませんな。カネヨ様に聞いてはどうですか?」


「もともと、そこを頼ろうと思ってたさ。」

リンザンに連れられてヒノミヤ温泉へ歩く途中


「カネヨ様って誰?」

そう聞いたラタに、


「アタシの叔母でオヤジの姉だ。カネヨ・ヒノミヤ。さっき指差してたヒノミヤ温泉のボスにして街の顔役だ。」


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「で、仕事を探してるんだったな。残念だ。生憎余ってる仕事なんてこの街にはありゃしないよ。」

椅子に深く腰掛けた女性が煙管を蒸しながらゆったりと話す。


「何故だ?」


「あんたもわかってるだろう、リン?ギンジの野郎が花火を禁止したからだよ。お陰で火街の住民が流れてきてどこの街も仕事が足りないよ。」


「それに、花火が無くなったせいでどの街の住人も娯楽に飢えて、挙げ句の果てに自発的に道ゆく人に喧嘩を売るようになってやがる。しかも見てる方も見てる方で、煽るから最近じゃひどい怪我をした奴も現れた。」

やるせなさを顔に出しながら彼女は言った。


その後も、特に良い知らせを得られず、俺達は一度城へ戻ることにした。湯街の出口を目指す際、何度か人だかりが騒いでいたのが目蓋の裏に残って離れなかった。


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■城 ハル


「湯街は温泉、火街は花火、畑街は畑。なら後の棚街と花街は何があるんだ?」


「棚街はまぁ、簡単に言やぁ市場だ。この国にあるものならなんでも手に入る。花街は元々は歓楽街だったらしいんだかな、今じゃ名の通り花がそこらに咲き乱れている綺麗な街さ。」


「これからどうすればいいんだ?何も食わなくていいラタはともかく、俺はなんとしてでも食い扶持を見つけなければならんぞ。」


その言葉にリンは

「お前ら、口は固いか?」

その言葉に揃って肯首すると、

「火街に丁度いい仕事がある。それを紹介してやる。」



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■火街 ハル


そこは湯街とうって変わって寂しげな街だった。所謂長屋が並んでおり、人の気配が少なく、活気がない。

街の中をズンズン進んでいくリンを追いかける。と、ある長屋の前で止まった。


「ジイさん、いるかい?」

そう言って長屋の扉を開けた先にはいかにも頑固そうな老人が何やら作業をしていた。彼の格好や部屋の中から察するに、余り裕福とは言えないだろう。


「どうした?リン。何か用か?」


「ジイさん。コイツラをここで雇ってくれ。」


「そりゃあ構わないが…。しかし一体なんで火街何かで働かせようと思ったんだ?」


「他の街にゃあ行ったが、この街から出ていった奴らが押しかけてるらしく、仕事がないそうだ。どうかよろしく頼むよ。」

と、頭を下げて頼み込んだリンをみて俺達も頭を下げた。


すると、その老人は右手を差し出し言った。

「ワシはゲンゾウ。しがない花火職人だ。この仕事はキツいがなぁにすぐ慣れる。これからよろしくな。」

俺はその手を握り返した。こうして俺達は火街で働くことになった。



「ここらは割と人が抜けて行った後だからな、好きなところに住め。」

リンにそう言われたので、俺はゲンゾウさんの向かいの長屋に住むことにした。


リンが城に帰り、夜。俺達はゲンゾウさんと共に食卓を囲いながら話し込んでいた。


「何故、この街がこんなに寂れてしまったかわかるかボウズ?」


俺は言葉を選びながら、

「それは、十年前に花火が禁止されたから…。」


「そうだ。」「じゃあ花火職人のワシがなんで飯を食えてると思う?」

しばらく考えたが分からなかった。


「それはな、リンのおかげだ。あの娘は花火が禁止された後も、僅かばかりであるがお金を融通してくれてな、それでワシは食えておる。」


「なんでそんなことを、て顔をしておるな。簡単なことじゃ、リンは花火が大好きで、ワシはリンの喜ぶ顔が見たい。ただそれだけじゃ。」


「なんでそんなにリンは花火が好きなんだ?」


「まあ元々この国に花火を好きじゃない奴なんておらんがの。リンの母親は病弱でな、いつも床に臥せていてなかなか一緒にいられなかった。でも花火の日、その日だけはリンは父と母と一緒にいられた。だからあの娘は花火に執着しておる。」


「母親が亡くなり、あの娘の家族は父親だけになった。しかし十年前、突然あの娘の父は外面こそ変わらなかったが、僅かに何かが変わった。あの娘にはそれが分かるのだろう。そしてあの娘は夜中よく城を抜け出す様になり、こっそりと森に花火を上げに行くようになった。」


「今のあの娘は一人ぼっちじゃ。」


「お前さん達、どうかあの娘の友達になってくれんか?」


「リンはあんな口調だが、本当は寂しがり屋で優しい子じゃ。」

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異界の魔王と神討のその後 気圧計男 @barometer

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