火と煙の国の問題

■ハル


踏み入れた地は夜だった。

壁の外は昼だったのに、中は夜とはこれいかに?


「なあ、これからどうすればいいんだ?」

夜の森は暗く、何も分からない。闇の中に輪郭だけ見えるラタに呼びかける。


「私も分からん。あの壁も私が生きていた頃にはなかったし、《渡手》という奴も今まで見たことがなかった。今のこの世界はどうなってるのやら…。」

それにしても暗くて足元が覚束ない。しかも腹が減っているから早く人がいるところへ行きたい。


「足元を照らすもんとか食いもんとか持ってないか?それか魔王なんだから何か便利能力って持ってるだろ。」

どうしようもなくなった俺は頼みを求めてラタに聞いた。

因みに俺の装備はパジャマに使ってる愛用のジャージだけだ。ポケットを漁ったが、何も入っていなかった。


「残念だが私は全盛期ほどの力を持ってないし、それに私の【奇跡】は今は役に立たないぞ。」


「そういえば壁の外でも【奇跡】って言ってたよな?一体それって何なんだ?」


「【奇跡】というのは、神から与えられた力だ。神が関わった者、神が作り出した者が持つ力だ。仲間の転移者達もどのような形であれ、それを持っていたぞ。」


なるほど、ラタ達が神を倒したから俺は何の【奇跡】も持ってないのか。なんて納得してみたが現状最も不満だ。せっかくの異世界転移なのに…。


「じゃあ、ラタの【奇跡】って何なんだ?」

俺は現状打破を期待して聞いた。


「私のか、私の【奇跡】は仲間の中じゃ一番弱かったよ。私の【奇跡】は人の想いに応えるというものだ。」


「いや強くね?要するに願い事を叶える力だろ?」

チートじゃんチート。俺もそういうの欲しかったわ。しかもそんな能力が一番弱いとか仲間はどんだけバケモンだったんだよ。


「じゃあ、何か役立つもの出してくれ。そういう能力なんだろ?」


「いや、使えない。」


「は?」

どういうことだよ。


「私の【奇跡】は多人数の想いに応える能力であり、個人の望みを叶えることはできない。しかも今の私は肉体を失っているから恐らく使うことすらできないだろう。」

唯一の森を抜けるための手段を失った俺が一晩を森で明かす覚悟をしたその時、


少し離れた場所で小さな花火が上がった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

森の中を花火の上がった方へ進んでいくと、そこには一人の少女がいた。手元で何かをやっている。


こんな暗い中、森の中で一人で何をやっているのだろう。不安と不審に思った俺達は、


「おい、声を出すなよ。」

木の影に隠れて様子を見ていた。



少女は右手を握り前に出す。すると彼女の手の中に光が現れた。彼女はそれを空へ放り投げる。すると小さいながらも空に花が咲いた。


「なんだありゃあ?」

目の前で起こっていることが理解できない。


「なぁ、あれも【奇跡】ってやつか?」

俺は隣にいるラタに囁くように聞く。


「分からない。でもよく似たことを出来る奴が仲間にいた。」

聞こえるか聞こえないかの程度の声で答えた。

と、その時細い枝を踏んでしまったらしく折れた小さな音が鳴ってしまった。と同時に、


「そこにいる奴ら、出てきたらどうだ?」

見つかってしまったようだ。隠れても仕方ないので出て行く。


「テメェら、ここらじゃ見ない顔だな。まさかオヤジの使いか?」

随分と語気が強い。その言葉に気圧される。


一般人に、俺は転移者だなんて言っても通じないだろう。しかも隣にいるのは魔王で、おまけに死んで幽霊だ。で、考え抜いた結果、


「俺は旅人だ。で、まぁ隣にいるやつのことは気にすんな。開くのが趣味のやつだからさ。」

ラタの言い訳を諦めた。


「ふざけんじゃねぇぞ。」

やはりダメか。


「旅人だと?もっとマシな言い訳を考えな!」

そこなのか?


「浮いてる人間は珍しくないのか?」


「別に空を飛ぶ方法なんていくらでもあらぁ。でもな旅人!今の世の中にゃそんなもんは絶対ありゃしねぇ。」


「いやいや、旅人なんて珍しくもないだろ。」


「何を言ってんだ?オメェらまさか壁が世界を隔ててることすら知らねぇのか?」

そりゃあ初耳だ。


「こりゃ重症だな。いいぜ、旅人だって信じてやるよ。」


「本当か?」


「ああ。アタシはリン・ヒノミヤだ。」

ヒノミヤ リン。日本人でもあり得る響きにそれがこの世界で普通の名前なのか分からず、なんて反応すればいいのか迷っていた。もしかしてこいつ、転移者じゃないのか?


と、今まで黙っていたラタが名前に反応している。

「ヒノミヤ…。」

訝しむような表情をしてその名を呟く。


「ん、どうした?もしかしてアタシの名前に文句があるのかい?」


「もしかしてヒノミヤ ショウゴのことは知ってるのか?」


「ああ。知ってるも何もこの国じゃ有名人さ、何せ仲間と共に神を倒し、この国を作った伝説の男だよ。めちゃくちゃカッコいいよな!」

リンのその言葉に目に見えてラタの表情が明るくなる。


「なぁラタ、そいつってもしかして?」


「ああ、私のかつての仲間にして友だ。」

声が弾んでいる。


「もしかしてそいつに用があるのかい?」


「ああ、知ってるなら案内してくれ!」


「それは無理な注文だ。」

嫌な予感がする。


「なぜ?」


「何せそいつが生きてたのは数百年前だからな。」


それを聞いて、ラタは悲しげに呟く。


「そんなにも、そんなにも時が経っていたのか。」

無理もない。かつての親友がある日目覚めたら亡くなってたなんていきなり言われて信じられるものか。


「突然どうした?喜んだり悲しんだり忙しいやつだなぁ。」


「で、お前らの名前は?」


「俺の名前は佐渡山 正治。ハルとでも呼んでくれ。で、…」

話の流れ的に俺がコイツの名を言ってもいいかどうか戸惑っているとラタは自分で言った。


「私の名前はラタリヴィア。かつて魔王として生きたものだ。」


その紹介を聞いたリンは申し訳なさそうに言った。

「魔王か、なるほどそういうことか。なんか無遠慮に色々言って済まなかったな。」


「いや、リンが気にすることはない。全てこちらの都合だもの。」


「で、さっきお前が使ってたアレは何だ?」


「アレ、とは?」


「手のひらから花火出すやつだよ。」


「アレか、アレはアタシの一族に伝わる力だ。火を扱うことができるって力だ。」


「アタシの一族ってもしかして…」



「ああ。アタシはこの国の九代目統領だ。と、言ってもまだオヤジが頭張ってるから正確には次期統領だな。」

へぇー。てことはこの国の姫様ってことか。全然そうには見えないが。


「良かったら、うちへ来ねぇか?うちの先祖が世話になったらしいしな。聞きたいことも沢山あるし、客人としてもてなすぜ。」


「ああ、よろしく頼む。」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

俺達はリンに連れられて森の外へと歩いていた。その途中、


「なぁ。」


「ん?」


「リンはあの森の中でなんで花火を上げていたんだ?」

何の気なしに聞いた。


「まあ、色々事情があんだよ。長くなるからめんどいし後で話す。」

何故かその時のリンの答えは語気に似合わず弱々しい声でそれ以上詮索する気になれなかった。


「着いたぞ。」

森を抜けるとそこには馬?があった。


「なんだこれ?」


「これは絡繰だ。ここからアタシの城は遠くてな、一晩で着くには生身の馬じゃ無理なのさ。」

まるで生きているかのように動く馬に関心していると、絡繰馬に乗ったリンは


「早く後ろに乗りな。アタシは夜が明ける前にうちに戻らなきゃならねぇんだ。」


そう言われた俺はリンの後ろに跨った。

「しっかり捕まってな!ぼんやりしてたら振り落とされるぜ。」


そう言ってリンが馬に鞭を振った瞬間、周りの景色が見えなくなるほど速く、馬は夜の中を走り出した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

視界の端が白みかけてきた頃、前方にソレは姿を現した。


建物からなる山。天辺には城があり、見える山の斜面には長屋が規則正しく段状に、並んでいる。色合いは全体的に朱っぽくまるで洋画に出てくる日本のようだった。山の左側には煙突が密集し天まで伸び、煙を吐き出している。


「すげぇ…」

思わず声が漏れる。


「アレがアタシ達の国、火と煙の国カプノスだ。」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


城へ着くとリンは正面ではなく裏に馬を止めた。


「静かにしろよ。夜中に城を抜け出したのがバレたらオヤジに怒られちまう。」


そういって裏口へ案内された俺達はこっそり城へ入った。


「へぇ。中はこんなんなのか。」

見た目は日本の城っぽいが内装は色んな文化をごちゃ混ぜにした感じだった。


部屋に通された俺達にリンが若干興奮しながら聞いてきた。


「なあ、ヒノミヤ ショウゴってどんな奴だったんだ?」

まあ、伝説の立役者がいたら、聞きたくなるよな。


「《傾奇者》か。あいつは仲間想いで派手なものが好きな男だったよ。熱血漢だったが暑苦しすぎて《人形姫》には避けられていたなぁ。でも《執行者》とは仲が良かったなあ。」

と、懐かしむように言うが、俺は知らない単語が出てきて混乱してた。


「なあ、《傾奇者》やら《人形姫》て何なんだ?」

と、リンが


「知らないのか?魔王と共に神と戦った七人の転移者の通り名だよ。」


「いや、知らん。」


「《人形姫》、《執行者》、《鉄人》、《魔法少女》、《人間兵器》、《流浪人》、そしてこの国を作った《傾奇者》。この七人が魔王と共に戦った転移者だ。合ってるだろ?」

リンがラタに同意を求めると、

「ああ、合ってる。」と言うようにラタは頷く。


「しかし私は自分が死んだ後、彼らが何をしたのか知らない。リン、何か知ってるなら教えてくれ。」


「まあ、この世界の常識の範囲で教えてやるよ。神を倒した後、彼らは魔王から受け取った力を使って国を作ったらしい。」


「それで?」


「さあ?」

さあ?


「え、国を作って終わりなのか?」


「それしか分からん。何せ作られたのは大昔だし、四〇〇年ほど前に国を壁が囲っちまったから、外のことは分からん。」


「なあ、壁を越えることは出来ないのか?」


「無理だろうな。誰も越えて行った奴は見たことがねぇ。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

朝日が昇るころ、俺はリンに飯をご馳走になった。異世界の食べ物というからどんなものが出るのだろうと、楽しみにしていたが、


「和食か…」

まあ城や国の外観からしてそうだろうなと予想はしていた。


何かの魚を焼いたものに、白米。それに味噌汁と俺にとっては普通の食事だったが、ラタは物珍しそうにじろじろ見ている。


「こういう食事は見たことないのか?日本では珍しくない食事だから、お前の仲間とかに作ってもらったりとか…。」


「私の仲間にまともに料理が出来る者はいなかったからなあ。私も食べてみたいが…」

そうか幽霊みたいなもんだから今は飯が食えないのか。


と、俺に飯を出したあとしばらくどこかへ行っていたリンが不機嫌そうに戻ってきた。


「オヤジにバレてた。めちゃくちゃ叱られた。あと、お前らにオヤジが会いたいってよ。」

そう言われて俺は飯を早く平らげて、リンの父親の元へとリンに連れられて行った。


「何だここ⁉︎」

ソコは広い部屋だった。入り口の反対側には大柄な男がどっかりと座っていて、その横には細身の老人が控えていた。


「オヤジ!客を連れてきたぞ。」

リンがそういうと、


「よくぞ来た。お前が自称旅人の男か?」

低い声で、ガタイに似合う威圧感が篭った質問をしてきた。


「…そうっす。」

ビビってしまい、そんな短い返事しかできなかった。


「オレはギンジ・ヒノミヤ。この国の統領だ。お前らの名は何だ?」


「佐渡山 正治っす。」

俺はビクビクしながら答えると、


「私の名前はラタリヴィアだ。」

ラタは堂々と答えた。


と、いきなり

「ガハハハハ。」とギンジは大口を開けていきなり笑い出したかと思うと


「オレは歓迎するぞ。リン、コイツらに街を案内してやんな。」

意外と歓迎している雰囲気だった。

と、今まで黙っていた横に控えていた老人が慌てたように口を挟む。


「お待ち下さいギンジ様。この時制、旅人などどう考えても怪しいに決まっておる。街に出すなど言語道断だ。」

まぁ、それが正しい反応だろうな。と、リンを見ると何故か顔を顰めていた。


「ガハハハハ。リンの連れてきた奴なら大丈夫だろ。レイゼン、心配することはあるまい?」

ギンジがまた豪快に笑うと、

「ギンジ様…」

そのレイゼンとやらはそんな適当なことを言う主の名を残念そうに呟いた。


「おい、行くぞ。」

そう言うと、リンは急いで出口へと歩いていき、俺達は後に続いて部屋を出た。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「リンのオヤジさん豪快な人だったなあ。」

城を出て、街へ歩きながらそう洩らす。


「ああ、アタシのオヤジは細かいことを気にしない性分だからな。旅人への不信感より久々の客への喜びの方が勝ったんだろ。」

やっぱり娘でもそう思うほどなのか。


「久々の客ってどう言うことだ?かなり前に壁ができて人は通れないんだろ?」

俺がリンの言葉の矛盾に気付いて言うと、


「なあ、ラタ。レイゼンを見てどう思った?」

と、いきなり言ってきた。どう言うことだ?


「いや、私は何も感じなかったが。」

俺もだ。


「十年前、アイツはいきなり現れた。最初は皆不審に思っていたのだが、気がついたら国の重役に就いてやがった。しかも、この国の伝統を潰したのにだ。オヤジはアイツを信頼しているが、アタシも国民も不審に思っている。アタシはアイツと同じ空間にいるのも嫌な程だ。」

そういや、レイゼンが話し始めた時、リンは顔を顰めていたな。


「伝統って?」

ラタが聞くと、


「花火だ。何か記念日の度に盛大に花火を上げる。そしてそれを皆で眺める。それが伝統だった…のに、アイツが現れてからこの国で花火は上がらなくなった。アイツに唆されたオヤジが花火を禁止しやがったんだ。この国の人々はアタシも含めて初代統領を尊敬している。この伝統は初代統領が作った伝統なのに、何故かオヤジは禁止してしまった。」

そう悲しげに、呟くように言った。













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