第2話

 「あ、あの……雨宿りさしぇてくだしゃい」


人前では出さないようにしていた舌足らず全開の言葉で言って、ぼくちんは頭を下げる。


何も返答がなかったからゆっくりと頭を上げると、彼は左の口角を釣り上げて手招きをしてくれたんだ。



 雨が止むまで屋根の下にいようと思っていたのに、なぜか温かいシャワーを浴びているぼくちん。


やっぱり身体が冷えていたのか、じんわりと熱が戻る感覚がして、凍えた心も溶けかける。


全体的に白を基調とした浴室で左脇にはバスタブ、目の前には大きい鏡があり、淡い色のボトルのシャンプー、コンディショナー、洗顔フォーム、角質とりのジェルによくわからない美容グッズまであってまるで新しいマンションに住む女性の一室のようだ。


でも、ぼくが座っている椅子は家の前にあったベンチより濃い茶色で、なんか昔を感じてなんだか落ち着く。



頭と顔を洗い、次は身体なんだけど、ちょっと躊躇うぼくちん。


それはお尻の穴を洗うこと。


いつも身体はご主人様が洗ってくれていたから、もちろんお尻の穴も例外ではない。



「ご主人様……」


ぼくちんは本当に捨てられたのか、もう愛してくれないのか


頭の中をグルグル駆け回る考えがぼくちんを追い込む。


悲しい気持ちを掻き消そうと、ガサツに身体を泡だらけにする。



ふと鏡を見ると、トボけた顔が映る。


明るい茶色のショートヘア、たぬき顔の自分……でも、ご主人様のお気に入りの口元のホクロが見えた。


‘‘いやらしい穴、綺麗にしてみろ’’


「はい……ご主人様」


ご主人様の命令が聞こえてきたから、ぼく……三角満みつかどみつるは腰を上げ、ボディソープを中指に塗りつけて後ろへと持っていく。


何回か入口に触れて、思いっきり目を閉じてから奥へと指を差し込む。


「アアッ!」


ツプッと開通した後に内壁が擦れた気持ち良さに思わず叫んでしまった。


 「だいじょうぶぅ?」

ノックされた音にドキッとしたぼくちんはすぐさま指を抜いて、とりあえず椅子に座る。


「どうかしたぁ?」


間延びした高い声を出しながらドアからひょっこりと君が顔を出す。


「いえ、ちょっと熱いお湯が出てきたからびっくりしただけでしゅから……すいましぇん」



咄嗟に嘘をついて愛想笑いを浮かべると、それなら良かったぁと柔らかい笑みをぼくに見せる君。


「左のノブで温度調節出来るからぁね、ヤケドはしてない?」


「大丈夫でしゅ」


「そっかぁ……えっと、何くんだっけ?」


「三角満と申しましゅ」


みつかどみつる……となぞるようにつぶやいて目線を上にした君はすぐにパッと表情が明るくなった。


「じゃあミツって呼ぶなぁ……濡れた服は全部乾燥機にかけるから、とりあえずは、‘‘あ’’の服着てちょうだいねぇ」


君はふふふと笑った後、小さい手を振ってドアを閉めていった。



「あっていう一人称、珍しいでしゅね」


平安時代に使われていたのは知っているけど、現代で使っている人は初めて……それに最初に聞いた言葉とだいぶ変わっている。


「不思議な人に出会ってちまったでしゅ」


名前をまだ知らない君は本当に天使かもしれない。



 なにもかもを洗い流してからドアを開け、更衣室に上がったぼくちんは綺麗に畳まれた3枚のタオルを見つけた。


「すいましぇん、お借りしましゅ」


軽くお辞儀をして、1枚掴むとふかふかで思わずはわわわ!と声を上げる。


「アッハッハッハ……ミツ、面白いわぁ」


突然聞こえてビクッとしたぼくちんは身体を拭くのを止め、前を向く。


その先には、開いたドアに腕を組んだまま寄りかかり、ぼくを見下したような瞳で見る君がいた。


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