星野ちゃんは星をのぞく

山茶花

星野ちゃんは星をのぞく

 とある高校の、とある教室で。他にすることでも無いのかぼけっと外を眺める女子高生の千里ちさとは、あるものを窓の外に認めた瞬間はっと席を立ち上がって一心不乱に逃げ出した。

次の瞬間、教室の壁をぶち破って一台のトラックが突っ込んでくる。


「きゃぁぁあああ!」


 誰かの叫び声が教室中に木霊する。トラックが突然教室に乱入してきたのだ、当然だろう。


「……えぇ」


 そんな中。他の皆と同様に席を立って逃げた千里は、自分の前の席に今もなお何事も無かったかのように座って勉強をしている生徒を見て困惑の表情を見せた。幸運なことにその生徒の場所にはトラックの突進による被害は及んでいない。それは良いのだが、その生徒は全くと言っていいほどにトラックが突っ込んできたことを気にしていないのだ。


 ――まるで、この事故が起こることが分かっていたかのように。



――――



「……あの子、やっぱり気になるなぁ」


 千里はそう独りごちる。視線の先にあったのは、先日のトラック事件を全く意に介していなかった女子生徒だった。千里は頭を捻り、その存在に対して知っていることを洗い出す。


 向こうからの面識こそ無いが、分かっていることが幾つか存在した。まず1つ目に、名前が“星野あかり”であること。そして次に、星野も千里と同じように友達が少ない(もしくは居ない)こと。これらを覚えているのは、千里が一通り同じクラス内の生徒を覚えていたからだった。


「うーん……」


 千里は顎に手を当てて唸る。実は、千里は前々から星野のことが気になっていた。というのも大体同じ道を使って登下校しているからだろうか、星野の不思議な行動を千里は少し前からよく知っていたからだ。とはいえ、話しかけたことは無かったが。


 千里の知る、星野の不可思議な行動を少し挙げる。例えば、誰かが水のたくさん入ったバケツを撒き散らした時だ。それの犯人は完全に星野の死角に入っていたが、星野は特に前触れもなく横へステップを踏んで躱したのだ。


 また、鉄パイプが落下した事件が起こった時。丁度下に居た星野は、突然意味もなく立ち止まることで落下してくる鉄パイプを間一髪で回避していた。


 千里の知る星野のそうした行動はそこまで多くはなかったが、それぞれが強く千里にインパクトを与えていた。そして、まるで最初から何が起こるか分かっていたかのように危機を回避する星野の姿から、千里は1つ密かに連想していたものがあった。


「未来でも見えてるのかな」


 千里はぼーっと星野の姿を見ながらそう呟く。すると、星野は少し笑ったように頭を動かした。それを見て、千里は頭をぶんぶんと振る。


「……いや、無いでしょ。未来が見えるなんて。馬鹿馬鹿しい」


 千里は少し頭を冷やそうと強めに手を机へ押し当てて席を立つ。しかし、この時千里は足元にバナナの皮が捨てられていたことに気づいていなかった。普段の千里ならば確実に気づいていただろうが、今は星野のことで頭がいっぱいだったのだ。


「うわっ!?」


 素っ頓狂な声を上げて千里は足を滑らせる。そのまま頭と足の位置関係が大きく回転し、床に頭を強く打ち付ける――そう思って、千里は強く目を瞑った。


「…………あれっ?」


 千里は、何か柔らかな感触を覚えた。床が突然軟化でもしたかと千里は思ったが、そんなことは無いかと思い直す。では、どうして衝撃を受けていないのか。千里は頭を巡らせるが、ろくな答えに思い当たらず目を開いた。


「ひゃっ!?」


 目の前に、少し前まで考えていた星野の顔があった。目鼻立ちが良く、透き通った薄い蒼の瞳が千里を射抜く。


「あ、ありがとうございます……」


 千里は、震えた声でお礼を言う。それに対して、星野は軽く頷いて返事をした。そして次の瞬間、星野はニヤリと笑って驚くべきことを口にする。


「ねぇ、――未来、視たいの?」



――――



「こんな夜中に呼び出すなんて」


 千里は少しだけ相手を非難する口調で、先に待っていた星野へ告げる。星野は朗らかに笑った。


「ごめんごめん。でもさ、今じゃないと未来は視れないから。それと、今から話すことはあなたと私だけの秘密ね」


 星野は手招きをする。千里はおずおずと星野の方へ向かっていった。


 結局、あの後千里は星野の話に賛同した。すると「もし本当に未来を視たいなら22時に野高やこう公園に来て」と言われ、身の安全と好奇心を天秤に掛けた結果好奇心の方を取ったのだ。


 千里は懐中電灯を星野の方へ向けながら、質問を飛ばす。


「……今じゃないと、ってどういうこと?」


「んー、これ見て分かんない?」


 星野は少し仰々しい金属の塊を指差して言う。これまで夜の闇に包まれていて見えなかったが、どうもその物体が必要らしい。星野は片手間にそれを調整している。


「何それ?」


「あ、見たことない?これは天体望遠鏡だよ。これを使って、星を見るの」


「へぇ……望遠鏡なんだ」


 千里は物珍しそうに言う。星野はそんな千里に、空を指差して告げた。


「私さ、星を見ると未来が分かるの」


「それは……占星術、ってやつ?」


「そ。代々伝わっててね。……ていうか、天体望遠鏡は知らないのに占星術は知ってるんだ」


 何が面白いのか、星野は明るく笑った。千里はその笑いに対しムッと表情を少し歪める。


「歴史に詳しいだけ」


 千里は若干の怒気を込めて星野へ言う。千里は、その言葉通り歴史について詳しかった。この世界がどんな道を辿ってきたか、それを知ることに関心があるタイプだったのだ。そういう意図を込めて千里は文句を言ったが、肝心の星野は全く気にしていないように見える。


「それで、未来を視る方法なんだけど……この天体望遠鏡で、星を覗くの。それから、覗いた景色を知識と当てはめれば未来が視える」


「ふぅん……結構、簡単なんだね。未来を視るのって」


 その率直な千里の言葉を聞いて、星野はふふっと笑みをこぼす。それに、また千里は顔をしかめた。


「……どうして笑うの?」


「いや、占星術を初めて習った時の私と同じ反応をしてるなぁって思ってさ」


 そう言うや否や、星野は一冊の分厚い本を懐から取り出して千里へ投げ渡す。千里は慌ててそれを掴むが、あまりの重さに身体ごと持っていかれる。


「うっ……重っ……」


 千里は全く運動ができない。このことから分かるとは思うが、千里は体育の成績は基本的に5段階で2を取るレベルで運動音痴だった。そんな千里の姿を見て、星野はニヤリと笑みを浮かべる。


「これ、まだ第一巻だから。うーんと、確か第二十巻くらいまであるかな」


 それを聞いて、千里は少し顔を引きつらせた。恐る恐る、千里は星野へ質問する。


「……もしかして、それ全部覚えてるの?」


「うん、そうだけど?」


 星野は片手間に天体望遠鏡を弄りながら、あっけらかんと言い放つ。千里は少し身体ごと引いた。


「よ、よく覚えたね……星野ちゃんって、本当に人間?」


「まあね。……だけど、あなたにはこれを全部覚えてもらわないといけないから。覚悟してね?」


 一陣の風が吹く。それが丁度吹き終えた頃、千里は呆然とした表情で呟いた。


「……へっ?」


「うん、まあ最初は理解できないよね。私もそうだったし」


 そう一方的に星野は千里へ言葉を投げつけ、身体を地面へと投げ出して寝転ぶ。何を言っているのか分からず、千里はおずおずと星野の顔を覗き込む。しかし星野の視線は千里を飛び越えて空の星の方を射抜いていた。


「……あの星、見て」


 何か色々と疑問を呈す千里を無視して、星野は空に少し光る1つの星を指差した。釣られて千里もそちらの方を向く。


「あの星。あの星が告げてるの、『厄災の日がいつか訪れる』って」


「あの星が?」


「うん」


 目を凝らして千里は指をさされた星を見つめる。千里は歴史のみならず天文学にも精通していたが、その方角の星には特に思い当たる話は無かった。例えばその星が地球に衝突するとか、その星が爆発して地球も巻き込まれるとか。


「その厄災の日に備えるために、私達占星術師は占星術を今まで伝え継いできた。そして、私は占星術をあなたに伝えないといけない」


「あの、ごめん。何もかもが唐突すぎて訳わかんないんだけど……というか、そもそも星野ちゃんが居るじゃん。どうして私が継がないといけないの?」


 星野は少しだけ言葉を滞らせる。少しの逡巡の後、まあいっかと言って星野は千里の方を見ながら呟いた。


「私さ、一ヶ月後の七月六日に死ぬんだ」


「……はっ?」


 理解できない、というように千里は顔をすくめる。そんな千里に対し、星野の表情はとても真剣だった。星野の普段の雰囲気(といっても話すのは今日が初めてだが)とは違った様子に、千里は思わず唾を飲む。


「そ、そうなの?」


「うん。星が言ってるんだ、『おまえは一ヶ月後に死ぬ』って」


「それは、こう……避けることは?これまでみたいに」


「できない。こうこうして死ぬ、って理由じゃないから。死ぬ、って運命がただ決まってるの」


 千里はそうなんだ、と半信半疑ながらも応答した。オカルトの類は全くと言って良いほど信じない千里だったが、星野の言うことには何か真実味があるようにも感じられた。勿論、心の底から信じることはしていなかったが。


「で、だから私にその占星術を伝えたい……ってこと?」


「うん、そう。ダメかな?」


「……私じゃないといけない理由は?」


「星が言ってたから。あなたが一番長生きできるって」


 そう答えを返されて、千里は軽く吹き出した。


「結局星なんだ。……でも、そういうのもちょっと面白いかも。その、知識っていうのを全部覚えれば未来が分かるん……だよね?」


「勿論。じゃあ、あなたの未来を教えてあげよっか――あなた、明日告白されるよ」


「……へっ!?」


 それを聞いて、じわりと千里の頬に朱色が差す。星野はそんな千里を見てケラケラ笑う。


「厄災の日まで他人に未来を教えるのはあまりするな、って言われてるんだけど。後継者なら別だよね。……じゃ、明日からよろしくね」


 一体誰に、どうして。千里はそう考えるのに必死で、星野が帰り支度を済ませていたことに気づかなかった。星野はひらひらと手を振る。


「同じ時間にここ集合で、ノートとペン持ってきてね」


 こうして、2人の秘密の勉強会は始まったのだった。



――――



「本当に告白された……」


 次の日の夜。千里は、星野へ占星術を使った予言の通りになったことを伝えた。すると、星野はでしょ?といい顔になって更に言葉を重ねる。


「で、振ったの?それともOKした?」


「そ、っれは……」


「んん?どっちかな?」


 ニヤニヤしながら星野は千里へ詰め寄る。千里は顔を背けながら小さく言葉を漏らした。


「振った、けど……」


「振った、んでしょ?」


 2人の声が重なる。千里は呆然とし、それに対して星野はにんまりと笑っていた。


「まぁ、占星術でそれも見ちゃったんだけど……あはは、大丈夫大丈夫。それ以外のところは何も見てないから安心してって」


 無言で千里は星野をぽこぽこ叩いた。筋力が無いために星野にとしてはそう痛いものでもなかったが。


「それじゃ、授業始めよっか。まずは第一章からね」


 閑話休題、と言わんばかりに星野は真面目なトーンになって授業を始める。千里は慌ててノートを開いてメモに取り掛かった。


 それから一週間、二週間、三週間が経って。大本が占星術を教授し、教授される程度の関係だった千里と星野の二人だったが、いつの間にか二人の距離はどんどんと近づいていた。


 元々二人に友達が少なかった(少なさは千里の方が酷いが)こともあり、二人は一緒に登下校したり昼食を食べるようになった。物の貸し借りも気兼ねなくするようになったし、時には占星術の勉強の気分転換という名目で二人で遊びに出かけることもあった。


「あ、頬にクリーム付いてるよ」


「え、本当!?ど、どこ?」


「いや、そこそこ。あーえっと、もうちょっと上」


 これは、二回目に千里と星野が繁華街へ繰り出した時だ。一回目は二人共都会のような場所に慣れていなかったこともあって空回りが続いたので、リベンジしようという話になったのだ。


「あ、ここ!?」


「いや、それもう手に付いてるって」


 そう言って、二人は笑い合う。それは、千里にとっても星野にとっても夢のようなひとときだった。


 星野と千里は、高校で周囲から疎まれていた。近寄りがたい雰囲気があるとか、そういった理由から。そして、その結果一人ぼっちになっていたのだ。


 同じような境遇に居たのだから、当然二人はその辛さや苦しさ、あるあるといった様々なことを分かち合える存在だった。つまるところ、相性が抜群という訳である。


「ふふっ、私達ずっと友達でいられたら良いのにね」


「……あっ、うん…………」


 そんな関係を築いていく中で、千里は一つ気にしていることがあった。最初に会った日、星野が「一ヶ月後の七月六日に死ぬ」と言っていたことだ。星野はそのことを知っているからこそこの関係が長く続かないと思っているし、結局この関係は無くなってしまう――そんな星野の思いが時折漏れていたのもある。


 千里は意識して触れないようにしていたが、千里の中で星野とずっと仲良くしていたい、という望みが強く顔を出すようになってきたのだ。


 そんな、六月三十日の夜。授業が始まる前の、星野と会話できる時間。そこで、千里は意を決してそのことについて尋ねることにした。


「あ、あの。七月六日に死ぬ、っていうのは……どうしても、避けられないの?」


「……うん。そう言ってる星があるの」


 何を今更、といった様子で星野は千里へぶっきらぼうに返事をする。あまり触れてほしくない、そんな対応だったが千里は質問を重ねる。


「それって、絶対なの?」


「絶対だよ、星が言ってることなんだから。千里も知ってるでしょ?」


 星野の表情に、少しずつ陰りが生まれてくる。しかし、千里はそうした感情の変化に敏感なタイプでは無かった。ガンガンと言葉と疑問をぶつけていく。


「う、嘘だったりは……しないよね?」


 千里は、星野へそう言葉を投げかける。星野は、千里の言葉を聞いてうつむいた。


「……私だって」


 一滴、涙が星野から落ちるのを千里は見る。普段からは考えられない、星野の震えた声がする。星野は千里の肩を強く掴み、千里の顔を強く見据えて吠えた。


「私だって!なんとかできないか、嘘なんじゃないかって調べたよ!探したよ!でも、ダメだったの!」


 目を見開いて星野は吠え続ける。


「死ぬ運命なんて、私は知りたくなかった!でも、知っちゃったの、私は!」


 星野の目から、涙がとめどなく溢れ出す。星野は吠える度にどんどんうつむいていき、最終的に千里の肩に頭を預けた。


「私だって、死にたくないよ……」


 叫びの後に、零れた一言。千里は、その一言が星野の本心なんだろうと察した。


「……そっか、そうだよね」


 うんうん、そう頷いて千里は星野を抱きとめる。星野は、それを受け入れて千里に抱きつき声を上げて泣く。


「死にたくない。死にたくないよ……助けてよ、星野千里ちゃん」


 星野。それは、千里の苗字でもあった。そして、初めて千里は自分のことを名前で呼んでくれる人と出会った。厳密には初めてではないかもしれないけれど、少なくとも千里はそんな気分だった。


 千里はある程度星野の背中をさすっていたが、星野が泣き止みそうにないことを察すると本来泣き止んでから言うつもりだった言葉を早め、今言うことにした。


「――良いよ、私、貴方を助ける。星野あかりちゃんを、絶対に」


「……本当?」


「うん。七月六日の昼休み。学校の屋上に来て」


 その言葉を聞いて、星野は更に声を上げて泣く。それはきっと、その言葉がただ勇気付けるために言われたことを理解して、そして千里がそれだけ星野のことを大切に想っていることを理解したからだった。


「……うん、うん。お願い」


 泣きじゃくる星野は全く気づいていなかったが、そんな時千里は携帯電話のようなものを手に短く言葉を誰かと交わしていた。



――――



 七月六日、月曜日。星野は、言われた通りに千里の待つ屋上に赴いた。


 星野は、自分がいつ、またどう死ぬのか全く星から知らされていなかった。勿論その日が厄災の日なのではないかと調べたが、それとこれとは別の日らしいと知って諦めた過去がある。


 星野は、死ぬのが決まっているならいっそのこと自分の手で死のうか、なんて考えたりもした。痛い目に遭うのは嫌だからだ。……けれど、とにかく千里との約束だけは守ろう。そう思って、昼休みまで我慢して星野は屋上に向かったのだ。


「待ってたよ、星野あかりちゃん」


 千里は、星野が屋上に通じる扉を開けたのを見てそう告げる。千里は柵のすぐ近くに立ち、星野へ背を向けていた。


「……千里、ちゃん?」


 何をしているの、何をするの。星野がそう質問を飛ばそうとする隙を与えずに、千里は言葉を重ねていく。


「私ね、思ったの。占星術は、星が運命を告げるんでしょ?」


「……うん」


 それは、星野が千里へ勉強で教えたところだった。星野は頷く。だから、定まった運命は変わらないのだと。千里は突然星野の方へ振り向き、手を大きく広げた。瞬間、千里の向こうの空が大きく光る。強い光が星野と千里を照らし、思わず星野は目を瞑った。


「だからね。私、思ったの――――そんなこと言う星を宇宙そらから除いちゃえばさ。運命って、変わるんじゃないかって」


「……はっ?」


 星野は呆気にとられる。意味が分からない、何を言っているのか。星野は呆然と千里の方を見つめた。


「今から話すことは、貴方と私だけの秘密。私、実は――地球外生命体。平たく言えば、エイリアンなの。星を一つ二つ消すのも容易いって訳」


「え、それってどういう……」


「星を潰すのはあんまりするな、って言われてるんだけど。大切な人のためなら別だよね」


 何も言葉を発せず、驚愕している星野。そんな星野へ、星野千里――当然地球に溶け込むために考え出した偽名だが――はひらひらと手を振った。


「じゃ、明日からよろしくね。星野あかりちゃん」

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