第2話 軟投派の優勝投手
---校内散歩に向かった雅と優を置いて、練習の準備を始める楓。
「これで終わりかな」
最後のボールカゴを出して一息をつく。早めに準備しとかないと練習時間が短くなるからな。本当はみんなにも手伝ってほしいけどこんな弱小に入る人たちにやる気なんてないからな。
誰もいない部室で苦笑いをこぼしていると、不意にドアが開いた。
「こんちはー。相変わらず早いなー、ふうちゃんは」
「美琴!そのあだ名やめろって言っただろー」
楓って漢字に風が入ってるから、ふうらしい。キャプテンの身としては全く威厳がなくなるので本当にやめてほしいが、何度言っても聞かない。
「ふうちゃん、それ入部届?」
ほらな。やめないだろ?
「そうだよ。今年の新入部員は5人みたいだ」
「へぇー。二年生にしてようやく試合の人数集まったなー」
京都育ちの美琴はふわふわしててとても話すテンポが遅い。ふうちゃんと呼ぶところ以外は、毎日部活に参加してくれるし嫌いじゃないけど。
「といっても10人だけどね。1回戦敗退が簡単に想像できるよ」
「そんなん言うもんちゃうでー。今年の新入部員はすごい子かもしれへんやんか」
僕の苦笑いに優しく笑う美琴。残念だけどすごい選手は同じ地区の藤田総合高校にすべて持ってかれるんだよ。
「ふうちゃんアップ行きまひょー」
「おっけー」
ふうちゃん呼びはもうあきらめよう。
*
---そして練習開始時刻。野球部員はお互いの自己紹介のために集合していた。
キャプテンと上級生の挨拶が済み、次は新入部員の挨拶の番になった。これって何度経験しても緊張するんだよな。
「じゃあ、名前とポジションを言ってくれるかな」
キャプテンの一言でみんなが自己紹介していく。優が大きな声で挨拶をして、ついに私の番が来た。
「えー、八条雅といいます。ポジションはピッチャーです。センターも少々できます」
「んん?優と雅?このコンビどこかで聞いたことがある気が・・・」
部員の中の一人が呟く。あ、この前のへたっぴショートだ。一丁前にキャップをずらしてかぶりやがって・・・は!いかんいかん、先輩だ、センパイ。
「どうしたんだ?昴」
「ああ、いやなんでもない。どっかで聞いたことある二人だなあって・・・続けてくれ」
「分かった。それじゃ新入部員がどれだけやれるか知りたいから、投手陣は美琴と僕と一緒にブルペン、野手陣は昴についていってくれ」
ぞろぞろ、といっても10人しかいないからその表現は正しくないだろうが、私の語彙力ではこの人が散っていく様を表すには、ぞろぞろという言葉しか頭に浮かんでこない。
「雅ちゃん。どっちの方についてく?」
「そりゃもちろんブルペンの方でしょ」
ということで、少しほんわかしてる長髪のお姉さん、美琴先輩と、ショートカットがよく似合う男らしい楓先輩につられて私たちはブルペンに向かった。
*
「それじゃ改めて自己紹介させてなー。私は天内美琴言いますー。ここではエース、なんやで。すごいやろ?」
弱小のエース名乗ってドヤられても。
このブルペン場にやってきたのはドヤる美琴先輩、それを尊敬のまなざしで見つめる優、防具を付けながら準備をする楓先輩、そしてこのカオスな状況を諦観する私と隣で突っ立ってる彼女。
「あの・・・京香さん、でしたっけ?ピッチャーなんですか?」
沈黙に耐え切れず質問する。
「え、あ・・・え・・・そ、そう・・・です」
「そうなんだ。これからよろしくね」
京香さんは下を向いて黙ってしまった。なんか話しかけづらい人だな。まあ私もよく言われるけど。
「よーし。じゃあ肩温めてから、10球交代で投げ込みいってみようか!」
楓先輩の声が響く。やっぱり部員が少ないからキャッチャーも楓先輩1人か。中学の時の方が部員数はあったなぁ。
中学時代を懐かしがりながら肩を温め終わり、ついにピッチング練習に入った。
「じゃ、美琴からいこうか!」
「はいよー。ふうちゃんいくでー」
ふうちゃん?どんな由来があるんだろうか。そんなことを考える私を置いて美琴先輩がテンポよく投げ始めた。
・・・前も見たからわかっていたが、球速はほんとに出ていない。ピッチングは球速がすべてではないが、そんなに速球が速くない私よりも遅いのは致命的だろう。いいストレートがなければ変化球も効果的に活用することはできない。でもコントロールは抜群だ。構えたところにしっかりと投げ分けている。
「今日は調子ええわー」
「ふふ、そうだね。今日は新入部員の球を重点的に見たいから、美琴は野手陣に混ざってきてくれ」
「はいよー」
機嫌よく去っていく美琴先輩。ほんとふわふわしてるなぁ。
「次は雅さん投げてみよっか」
「分かりました」
今日の体の感覚を確かめながらマウンドに向かう。
うん。今日はばっちりだ。
「球種は何個持ってる?」
楓先輩が座りながら聞く。
「十種類です」
「十種類!?」
今なんて?といった声色で私の言葉を復唱する。そういえば優に言ったときもこんなこと言われたなぁ。これがデジャヴってやつか。
「まぁ、全部投げてみてよ」
まったく信じていない、というよりもただ種類増やしただけなんだろうなといった風な態度であった。
なんか、むかつく。
「じゃ、スライダーから」
あまり感情を悟られないように1球目の球種を伝えた。
*
---そして雅ちゃんが投げ終わった後
投手陣も野手陣もその場にいるすべての部員が沈黙を強いられていた。
「なんだこれ・・・1球も捕れなかった・・・」
正捕手である人が全球後逸という異様な光景を作り出した雅ちゃんにすべての視線が集まっている。すごいなぁ、雅ちゃんは。幼馴染の私も鼻が高いよ!
「あ!!!思い出した!!!」
昴先輩の唐突な叫びにみんなの視線はそっちに移る。
「去年の中学野球全国制覇チーム、リンクスの八条雅だ!それでその隣は準優勝のチーム、天童BGの青木優!」
部員内にどよめきが広がる。あんまり準優勝って言われても悔しいだけで嬉しくないんだけど。
少しムッとしていると楓先輩が動揺を隠せないまま話しかけてきた。
「な、なんでそんな子たちがうちなんかに・・・?」
「第一志望に落ちたからです」
雅ちゃんは淡々と答える。
「いや、推薦もあったでしょ?」
「推薦は親がセールスと間違えて断りました」
雅ちゃんは悲しそうに答える。
「じ、じゃあ優さんは?どうしてきたの?」
「雅ちゃんとまったく同じです」
二人のこの高校にやってきた経緯を聞いて唖然とする一同であった。
*
タコとbullet ころねこ @koroneko098435
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