太陽は見上げる人を選ばない

@smile_cheese

太陽は見上げる人を選ばない

私は生まれてから一度も太陽を見たことがない。

見ると体が灰になって死んでしまうから。

吸血鬼(ヴァンパイア)として生まれてきた私は、本当の光を知らないまま大人になり、そして、本当の影を知らないまま死んでいくのだろう。

私が生まれる何百年も昔、吸血鬼は人間の血を吸って生きていたが、今はそんなことはなく、食事は普通の人間と何ら変わりはない。

ただ、太陽だけは未だに克服できておらず、日が沈むまでの間は一切外に出ることができない。

吸血鬼は人間よりも知能が遥かに高いと言われているが、太陽の下で生活が出来ない私たちに一体何の価値があるのか。

家族はみんな、太陽の誘惑に負けて消えてしまった。

ひとりぼっちの吸血鬼。

私は一体、何のために生きているのだろう。


誰かが言った。


『太陽は見上げる人を選ばない』


けれど、私たちは太陽を見上げることすら選べないのだ。

もうすぐ日が沈む。

今日は満月の日。

私が一番待ち望んでいる日だ。

太陽を知らない私にとって、間接的にでも太陽を感じられるものは月や星の光しかない。

太陽が完全に沈むのを確認すると、私は近くの学校の屋上に忍び込んだ。

ここは、私の特等席。

私だけのプラネタリウム。

そのはずだった。

屋上にはすでに先約がいた。

誰だろう。男?この学校の生徒だろうか。

よりにもよって、なぜ今日なのか。

仕方がない。今日は諦めて帰るしかなさそうだ。


「ちょっと待って!」


その男に呼び止められる。

私は無視してその場から立ち去ろうとした。


「君、吸血鬼だろ?」


突然のことに私は思わず振り返ってしまった。

なぜ、彼は私のことを知っているの?


「僕も吸血鬼なんだ。いや、吸血鬼…だった、が正しいのかな」


どういうこと?

私たちの家族以外にも吸血鬼がいたの?

それより、何て言ったの?

吸血鬼…だった?


「だったって、どういうこと?」


「僕たちの家族は先祖代々、太陽を克服する薬の研究を続けてきた。そして、その薬が最近ようやく完成した。僕はそれを飲んでほぼ人間と変わらない生活を送れるようになったんだ」


「そんな話、信じられない」


「このまま死ぬまで今の生活を続けるつもり?僕は君を助けたいんだ。いや、それも正しくはないか。僕は…吸血鬼を滅ぼしたいのさ」


「吸血鬼を…滅ぼす?」


「今や吸血鬼と人間の違いはほとんどないと言ってもいい。つまり、太陽さえ克服すればそれはもう人間だ。君も僕たちと一緒に人間にならないか?」


最初は彼の話が信じられなかったけど、きっとこれは本当の話だ。

人間になれる?

人間になれば太陽の光を見ることが出来る。

私には家族もいない。

この話が嘘だったとして、私が灰になったところで誰にも迷惑はかからない。

誰にも知られることもなく、ただ灰になって空に舞い上がるだけだ。

それもまたいいのかもしれない。

私は彼から受け取った薬を投与した。


翌朝。

体に特に変化が起きた感じはない。

いつもと何ら変わりはない。

やはり騙されたのだろうか。

全てはこの扉を開ければ分かる。

手の震えが止まらない。

3、2、1、で私は灰になるかもしれないんだ。

覚悟は決めたはずなのに、死ぬのはこんなにも怖いものなんだ。

本当に人間になれたなら。

生きよう、精一杯。


3、2、1、、、


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「おや?今日もここに来たんですね」


「昨日はちゃんと満月を見れなかったからね。もう一日過ぎちゃったけど」


「おめでとうございます」


「ありがとう」


「そうだ、人間として生きていくのであれば、それらしい名前を付けないといけませんね」


「実はもう考えてあるの」


私の名前は『影山優佳』

光を知っても、私は決して影を忘れない。



完。

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