機械仕掛けの恋心
なすりゃんぽん
機械と人間の恋
私が生まれた時、一筋の電流が流れた。
その感覚を今でも覚えている。
私にとって、その一筋の電流はとっても大切で。きっと一生忘れない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ちょっと何やってんですか!!!」
「うっさいな。こっちは忙しいんだから黙って見てろって」
「黙ってられないです!そんなの単純作業専用のロボットにやらせればいいでしょ!」
天井からぶら下がるランプの明かりで二十平米程度の灰色の工房が照らされる。その片隅で男が一人、四角形の機械の下で声を荒げていた。
少し苛立ったようにはい出てきた男は顔も服も黒く汚し、何日も風呂に入っていないかのようなきしんだ髪を掻きむしる。
「そんな危険な作業をしてはだめです!」
「うるっさいって言ってるんだよ!ロボット工学三原則の第二条、命令に服従!忘れたのか!」
「あなたの危険を見逃すわけにはいきません!」
ちっ、と舌打ちをして男は続ける。
「うるさいんだよ、昔っから。これは俺がやるって決めてんだよ!誰にもゆずれねえんだよ」
「……だめですよ。それは認められません。
個々での知能のある機械の製作は違法です。あなたが今やろうとしていることがばれてしまえば……」
「黙れよ。止められもしないくせに言うんじゃねえ」
声がやむ。
静かになった工房で男は再び作業に戻る。機械同士がぶつかり合う音だけが響く。
一歩外に出れば街は多くの機械であふれかえっていた。
人間は危険を恐れる。だからこそ機械を作り、自身に降りかかる危険を減らそうとした。掃除は機械がやる。警察もロボットが代わりにやってくれる。面倒なことは、怖いことは、すべて機械がやる。
世界は便利になった。
誰もが口をそろえて言う。
疑問を覚えるものは自身の堕落を隠すように口ばかりが達者になり、しかし行動は起こさない。起こそうとしない。
「結局、こういうのは機械がやった方が効率がいい」
「……何ですかそれは。私への当てつけですか!」
別に。男はそう言って持っていた布で体を拭く。
男の体は随分汚くなっていた。それだけ熱中していたのだろう、男が全身を拭き終わることには何枚もの布がもとの色は何であったのかもわからないくらいに黒く汚れてしまった。
先ほどまで男がいじっていた機械には別の機械が設置されており、静かな音を立て続けていた。
「……もう少しだな」
「完成しそうなんですね」
「ま、完成しても動くかわからないけどな」
「……こんなにガラクタばっかりにして」
工房にはたくさんの黒ずんだ、壊れた、今のものと同じものだとは思えない形をした機械が散らばっていた。
「仕方ないさ。あれらは失敗作だ」
「今回も」
「んなことあるか!どんだけ変えたと思ってる!成功だよ成功!!」
「なんの保証もないくせに」
いいんだよ、と一つ舌打ちをすると、男はその機械に手を伸ばす。優しくそのフレームをなぞる。
「……なにやってんですか。そっちの趣味が?」
「あほ!……これが俺の最高傑作なんだ」
「聞き飽きましたよ。何個目の最高傑作ですか」
「今作ってるのが一番の傑作なんだよ。じゃなきゃ進歩がない。……ただの機械と一緒だ」
「……ところで、そろそろおなかが空くんじゃないですか?」
確かに、と男は言ってあたりを見回す。
「ありませんよ。ここにはもう何もありません」
「じゃあちょっと出てくるから」
「そうですね……。じゃあ待ってます」
静かに頷いて男は工房を出ていった。
小さな一つのランプだけが工房を照らし続けていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「なあんでこんなに買ってくるんですか!!!」
「いや、よくわかんねえし」
「これだけあれば一年はここで暮らせますよ!よかったですね!!!あと何回失敗作を作る気ですか!!!」
「別に俺が金をどう使おうが勝手だろ……買いすぎたのは認めるけどよ」
「もおおおお!買いすぎたってわかってるなら返品してきてください!返品!」
「めんど」
「あなたね!」
男は買ってきたそれを腹の中に流し込むと再び作業に戻る。
「……そんなに急がなくてもいいんですよ」
「よくないって」
「でも……」
はあ、と一つため息をついた男は作業の手を止めずに口を開く。
「時間はもう少ない。ここまで何年かかったと思ってるんだ」
「……あ、時間がないといえば、電気代の請求が来てましたよ」
「は?」
「電気代の請求。いつもの場所にありますよ」
「いつ?」
「先週……?」
「やっべええええええええ!!!」
男はあわてて這い出すと、ガラクタを漁り請求書を取り出す。
期限は今日の3時。
現在の時刻は2時28分。
「あぶねえ。まだ余裕だ」
「もうギリギリですよ!ダッシュで行ってきて!」
「ちくしょーーー!!」
男はあわてて工房を飛び出し走り銀行へと向かった。
「まじで危なかったな」
銀行の自動ドアをくぐると目に入るものすべてが無機質だった。男にとっては慣れたものであったが、すべて同じ色、すべて同じ調子。なれたというより飽きたという言葉が正しいのかもしれない。
「行く場所行く場所こんな調子じゃやんなっちまう」
はあ、と一つため息をついてベンチに腰掛ける。
外で休むなんていつ以来だろう、などと男が考えながら往来を眺めていると後ろから声をかけられた。
「おい君、そんな恰好で何をしてるんだ」
「んあ?」
声に男が振り向くと、自分と同じくらいの年齢の外見をした警官が不思議そうに自分を見ているのに気が付いた。
「大丈夫かい、そんなに汚れて」
「ああ、大丈夫。これでも拭いたんだ」
それを聞くと警官は怪訝そうに眉をしかめる。
「それは本当かい?随分ひどい働き方をしているもんだ。雇用主は誰だい?」
「いねえよ。俺の趣味だ」
それを聞いた警官は目を丸める。
これは驚いた、といわんばかりに額に手をかざす。
「それは失礼した。しかし、まあ何かあるんだったら言うんだよ。私たちはいつでも仲間なんだから」
そう言って警官は軽く敬礼をした後、人ごみの中に消えていった。
空を見上げ、ため息をつく。
雲一つない空。
空だけはそのまま、機械の手が及んでいなかった。男はその景色を目に焼き付けるようにじっと眺めると立ち上がり歩き出した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あれが?」
「ああ」
少し離れた木の後ろ、二人の警官が話をしていた。
「そんな奴には見えませんけどね」
「見た目や性格は関係ない。やるときはやる。そういうものなのだ」
「そんなもんなんですかね」
「そんなもんだ」
警官は顔色を変えずに会話を終えた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「遅かったですね。道草食ってたんですか?さっきあんなに食べたのに」
「あほ!俺は草は食えん!」
「比喩ですよ」
知ってるわ、と男は再び機械の下にもぐる。
機械がぶつかり合う音だけが響く。
暗い工房。ランプの明かりが切れかけている。
「もうすぐ完成だから」
男が口を開いた。
「もうすぐ完成だから。これは絶対にうまくいく」
「……何回目?」
「これはうまくいく。自信がある。後少しなんだ」
男は手を止めない。
「はいはい」
静かになった工房に機械がぶつかり合う音が響く。
「これが終わったら、海に行きましょう」
「錆びるだろ」
「んー、じゃあ一緒に山に行きましょう。私の生まれた場所があるんです」
「想像もつかないな。お前が木々の中で生まれる姿ってのは」
「あ、バカにしてますか?」
してないよ、と男はクスクス笑う。
これが終わったら。何かしよう。一緒に何かしよう。
そう思うと自然とやる気もわいてきた。
「なんか恋人みたいですね」
「バカ言え。ロボットと人間がなれるか」
「もう……二人ともロボットみたいなものじゃない」
バカ言うんじゃない、と男は少し手を休める。
「もう何年になるかな」
「あら、忘れちゃったんですか?」
「俺が忘れるかよ」
「じゃ言ってみて」
「出会ってから四年と四か月21日」
「すごい!……あってるの?」
「お前が忘れてるのか!」
男は苦笑いをしつつ作業を再開する。
機械の音だけが響くこの場所に来てからそろそろ3年になる。この作業を開始してからも三年がたつ。
「いい加減完成させたいもんだ」
「本当ですよ」
「そういうなら俺の作業を止めようとしないでくれよ」
男は機械の内部を覗き見る。適度に作業した後、確認する。この機械には男のすべてをかけていた。だからこその年月、几帳面さ。
「あー海行きたいな」
「錆びるぞ」
「んーーなんとかなりませんかね」
「……まあ、ちょっとだけなら」
「そのあとプールに行きたいな」
「あほ」
「塩入りだともっと嬉し~」
「……なに言ってんだって」
「あはは、冗談」
機械の音が響く。
男は何度も物を入れ替えに機械の下とガラクタとの間を移動する。時間は有限だ。作業を無駄にしてはいけない。もう少しなんだ。
「そろそろ夜ですね」
「あ、もうそんな時間か」
「星空、見たいです」
「好きだもんな。いいよ」
男はそういうと壁についているボタンを押す。
すると天井の一部が動き、空が現れる。普段は外に音を漏らさないために締め切っていたのだが、こうして時には開くこともある。
「小さな空しか見せられなくて悪いね」
「いいえ、そんなことないです。見てください。綺麗ですよね?」
「よくわからん」
「もう、こんなにきれいなのに」
「いっつも同じものを見て飽きないお前が心配だよ」
男はそう言って苦笑すると地面に寝転がる。
まあ、嫌いじゃない。
こうして眺める星空も。男は静かに目を閉じた。
「今日の天気は晴れです!」
「曇りだよ」
外から帰ってきた男はさっそく機械の下にもぐる。
「いい部品はありましたか?」
「ああ、もう全部手に入った」
そう言って男は機械をいじり始める。
心なしか男の顔が笑顔になっているように見える。
「こいつは絶対に成功する。俺の勘が行ってるんだ」
男は手を止めずにつぶやく。
別に誰に言ったわけでもなかったが。
「……成功したとして、どうするの」
「それは……」
男は手を止める。少し目を細めて口元を緩める。
「ーーー!!」
しかし、男の声ははるかに大きい音によってかき消される。
爆発音。
少し遅れて響くいくつもの足音。
「なんだ!?」
男はあわてて機械の下からはい出ると、音のした方を振り向く。
ちょうど工房の、男がいる位置の反対側に大きな穴が開いている。
何人もの警官が入ってくる。
その中には見た顔もある。
「お前!!」
「やあ、先日はどうも」
「……つけてたのか!」
「そうだ」
そう言って警官は手を前に出し、男に近づく。
「くそっ」
男は足元にあったなにか、ガラクタを警官に投げつけ、機械の下に戻る。
「何をそんなに」
警官は投げられたガラクタを避けると男のほうに向かって一歩踏み出す。
が。
「ふむ」
すぐに立ち止まった。
「この先に、いや、この、場所、に、なにを、した」
「簡単には動けねえだろ。ロボットには弱点があるんだよ!」
言いながらも男は手を動かし続ける。
「電、jjjj波のよう、だ、が、りいいいいいいかい、ふ、のうな、きそくでででででで」
警官が頭から煙を上げ始める。
「ロボット工学三原則第三条!お前らは近づけないぜ
……俺を壊れてでも止めろって言われなきゃな」
男は言って見せるが、どんどん自身の体が熱くなっていくのを感じていた。
時間がない。
いつあいつらに命令がくるかわからない。
焦り。
あいつらがそもそもの機械を見つけないとも限らない。
緊張。
電磁波を流したのは面だけだ。しかしこちらに影響がないと言い切れる技術は持っていない。壊れるかもしれない。
どんどん熱くなる体に余計に感情が加速していく。
「もうやめましょう」
「ここまできてやめられるかってんだ」
男の焦りを楽しむかのように警官たちの声が響く。
機械がぶつかり合う音が止まらない。
「どうして……」
「第二条!!」
「ダメだよ……あなたが無事じゃいられない!」
男はそれでも作業を進める手を止めない。
警官たちが動き始める。
命令が来たのだ。壊れてでも探せ。電磁波を出している機械を探し出して、壊せ。
いくつもの警官の声が響き始める。
「……できた!」
「!……本当ですか?」
「ああ!起動する!」
そう言って男は機械の上に移動する。
これでできなければ終わりだ。すべて。
「目を覚ましてくれ……頼む……」
男がスイッチを押す。
大きな音が一つ響く。
が、それだけ。
「……失敗?嘘だろ……」
反応がない。
「そんなはずはない!俺がやったんだぞ!ここでできなかったら何も……!」
スイッチを再びおすも何も反応がない。何度も何度も押しても音一つ立てない。
「……嘘だ」
膝が機械にぶつかる。痛みはない。
「こんな……最後に急いだせいなのか……?」
手を握りしめても、歯を食いしばっても目の前の失敗は変わらない。
警官たちが電磁波を出していた機械を壊した音が男をさらに絶望に落とす。
「申し訳ないですが、もう終わりです」
「……こんな」
「……なんと言いましたか?」
「……こんなところで終われるかよ!!」
男はすでに自暴自棄だった。
自分がどうなろうと、この機械だけには触れさせない。
それだけが意地だった。三年という時間の集大成。自分の人生の意味を、この機械を守る。
手に工具を持ち、向かってくる警官に立ち向かう。
しかし多勢に無勢、数分持たずに警察の一人が機械に触れる。
「やめろ!!」
機械に気を取られ振り向いた男を何人もの警官が取り押さえる。
終わった。
男の頭の中が真っ白になる。
失敗した。もう体を動かすエネルギーも残っていない。手が力なく地面に落ちる。
「どうして……」
口から諦めの言葉がこぼれる。
あれが動かなかったなら、もう終わりだ。
「どうして諦めてるの?」
声がした。
聞きなれた声。毎日会話をしていた声。
「さ、逃げましょう!」
「お前……なんで!」
「わかんない!でも、あなたの最高傑作なんでしょ!成功したのよ!」
そう言ってその女はほほ笑む。
「……そうか」
「命令です!逃げましょう!」
「……そうだな!」
男は人間業とは思えない力で、重なっていた警官たちを投げ飛ばす。
「さすが戦闘用ロボットは違いますね」
「当然」
男は買い込んだオイルを持ちあげる。
「あっちに飛行機!」
「わかりました!」
女は男がさしたほうに向かっていく。
男は窓を開けるボタンに向かってガラクタを投げつける。
女に襲い掛かっていた警備員を払いのけると、男はガラクタの中から飛行用機械を取り出す。
「これ、大丈夫ですか?」
「メンテはしてある!つかまれ!」
後ろに迫った警備員の顔面を破壊しつつ天井が開くのを待つ。
が、残った全員がすでに後ろまで迫っている。
「……しゃあない!いくぞ!!」
「ええ!」
女は男の腰にしっかりと手を回す。
開きかけた天井に羽をかすめながら二人を乗せた飛行用機械は外に飛び立った。
「よく守ってくれましたね」
「第二条」
男は照れ臭そうに下を向く。
それを見て女は嬉しそうに笑って答える。
「それだけならここまでやらなくてもいいでしょう?」
「俺の人生は、あなたがすべてだから」
「そんなこと言わないで。あなたは三年も私を……」
私以外にも人間はたくさんいるのに、とつぶやく少女を背中に、感じながら男はつぶやく。
「お前が生きていたいと……人間だった頃も、AIになっても俺に伝えてくれて、行きたい場所を、夢を話してくれたから俺はここまで続けられたんだ」
男の言葉に女は笑顔になる。
「……人間に戻せなくて、悪かった」
「いいんです。こうしてあなたと同じ場所で話せるだけで嬉しいですから」
女は愛おしそうに目の前の背中を見つめる。
「海に行きましょう」
「お前も今は機械の体なんだ。錆びるぞ」
「命令、って言ったら?」
「お前はもう人間じゃないだろ」
そうですね、と女はどこか嬉しそうに笑う。
「いいんです。錆びたって。あなたと一緒に朽ちるのなら」
私が新しく生まれたときに、一筋の電流が走った。
これは私の幸せな物語。
男と女は追われる身となったが、その後二人を見たものはいなかった。
機械仕掛けの恋心 なすりゃんぽん @nasu-renaline
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