05


 ぼやけた視界に、黒い網がうつった。それが自分の睫毛だと気がつくのに、つぐみはずいぶん時間がかかった。もやがかかったように頭の中がぼやけていた。もう一度まどろみの沼に沈みかけ、ベッドの寝心地がよすぎることと、からめられた沙惠の脚で、つぐみはそこが自分の家のベッドではないことを悟った。


 飛び起きる。あたりを見渡して、大人の姿がないことに安堵した。そこは商業施設の一角、かつてインテリアを扱う店舗だった。左右を見れば、沙惠とつぐみが寝ているのと同じようなベッドが並んでいた。どのベッドにもサイズ表や価格表がプラスチックでラミネートされて貼られている。


(どれもただで使いほうだいだけど)


 昨日、民間団体の手から逃れ、この商業施設に来たときは不安しかなかったが、つぐみは案外いいかもしれないと思い始めていた。少なくとも、ここに居る限りは高校生には手が出せない高価な家具で眠ることができる。


「夢見てたの?」


「え?」


 気付けば沙惠が起きていて、つぐみに問いかけた。


「降りるって、ずっと言ってた」


「バスの時の夢、久々に見てたみたい」


 つぐみはそう返す。今となっては、夢は霧散し細かいところは思い出せなかった。思い出せるのは、沙惠が手をにぎってくれたことだけだった。


「移動手段、やっぱり欲しかったよね」


 沙惠のとんちんかんな慰めに、つぐみは吹き出した。沙惠にはつぐみをはじき出した少女たちなど視界に入ってもいなかったのだろう。今となっても、彼女たちの反応は正しかったと思う。つぐみと共に行動していれば、バスのメンバーは遅かれ早かれ死んでいただろう。


 そして、その運命は、今つぐみと一緒に居る沙惠一人にのしかかっている。


「そうだね。バイクとかいいかもね」


 そう返しながら、沙惠のもう無い小指の付け根を撫でた。まろい骨の感触が、つぐみには悲しかった。


「ああ小回りがきくしね」


「それで海にいこうよ」


 その言葉に、沙惠はあの放課後、平穏の最後を思い出したのだろう。


「……いつかね」


 そう返して、沙惠は珍しく穏やかな顔で笑った。

 彼女のえくぼを見ながら、つぐみは「あと五日一緒に」と願う。


(あと五日、手をつないで一緒に旅がしたい)

 

実際には沙惠とつぐみには、五日も残されていなかった。

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