02
「べたべたしないで」
その台詞で「あ、夢だ」とつぐみには分かった。疫病が流行り、大人たちだけが死に、つぐみに抗体が見つかってから、この台詞は「離れないで」へと変わったからだ。
「人前で?」
夢の中のつぐみは、沙惠をからかうように言葉を返す。沙惠の頬に影が落ちるほどのまつげが、ぴくりと震える。つぐみは沙惠が苛つくと意外と顔に出るのが、なんでか好きだった。
「いつも」
「なんでよー。コミュニケーションじゃん」
そう言いながらつぐみは、沙惠の小指に自分の小指を絡めた。この時のつぐみはよくそうして沙惠に触れていた。今はもうできない。沙惠の手に小指はもうない。つぐみを守ってがれきに潰された。
「あんまり好きじゃあない」
言葉に反して、沙惠も彼女の小指を絡める。沙惠を見る。何を考えているか分からない顔が、放課後の傾いた陽に照らされていた。普段は青白い頬が、夕暮れで血の気を与えられたようだった。美しい親友。彼女についての全てが理由無く好ましかった。
「ねえ海行きたいねえ」
「近くにあるじゃない」
「近くにあるのに行ったことないじゃん」
駄弁りながら、机の下で結んだ小指をぷらぷらと揺らす。「いつか行こうよ」というつぐみに、沙惠は「いつかね」と返した。
そのあたたかな放課後が、つぐみの最後の平穏の記憶だ。
次の日、つぐみ達の教師の一人が学校に来なかった。
その時は誰も分からなかった。分かったのは大人達が百人ほど死んだ後だ。
大人達しかかからない病が流行り始めたのだ。
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