4.4 なんでしょう、私のことが大好きな池辻くん

 多目的トイレのドアがゆったりと開くのを待つのももどかしく、小さな隙間にふたりの身体を押し込んで、小月さんの手を引いて必死にホームへ向かう。


 運良く止まっていた手多高校前へ向かう下り電車にのりこんで、車両の隅、3人掛けの席にふたりでへたりこむ。


「危なかったね! あと一歩で池辻くんを強姦魔にしちゃうとこだった」

 

「小月さんはしばらくスマホ禁止!」


「それじゃ急に小さくなったとき連絡取れないよ」


「じゃあ録音アプリ使うの禁止」

 

 上大座駅から手多高校前までは下りなんだ。さらにこれだけ派手に遅刻した時間になるともうほとんど乗っている人がいない。さっきまで乗ってた塩下線もいつもこんなら快適なんだけど、あっちは上りだからまあしょうがない。


「それはやだなぁ。これからも使うよ」


「昨日もそれで失敗してたじゃん」


「あ、あれはほら、しょうがないんだよ」


「ちゃんとファイル消しといた?」


「消さないよ」


「またあれ再生しちゃったらどうすんの」


「……だって。音声ファイル分けるとかやり方分からないし」


 小月さんが危なっかしい手つきでスマホをいじり、イヤホンの片側を渡してくる。


「つけた?」


「うん」


 俺の耳で昨日の音声が再生される。


『小月さん、好きだ』


 ……。


 小月さんを見ると、顔をスマホに向けたまま目だけこっちを見てにやにやしている。


「俺こんなこと言ったっけ」


「言ったよー。もう一回聞く?」


「勘弁して」


 しばらくしてまた俺の声がする。


『小月さん、好きだ』


 ……。

 

「小月さん。お願いがあります」


「なんでしょう、私のことが大好きな池辻くん」


「死ぬほど恥ずかしいです。消してください」


「私はさきほど鬼畜な彼氏さんに死ぬ死ぬ言うなって叱られました」


「死なないから。消して」


「やだ」


 さっと小月さんのスマホを取り上げて立ち上がる。


「あ、ひど! かえせー」


 腕を上に伸ばしてスマホを操作。

 えと、消すときはどうすんだ、これ。

 

 ちらっと小月さんを見る。

 脇で手をばたばたさせてる小月さん。

 なんか必死で可愛い。

 音声が残るのは恥ずかしいけど小月さんが嫌がることはやめよう。


 そのうちに両手をあげてぴょんぴょんやりだした小月さんの身体が何度かあたる。頭の中でぽよんぽよんとかいう幻聴が聞こえて来る。


 あ、これまずいな。

 小月さんにスマホを返してから席に座る。

 慌ててファイルの無事を確認する小月さん。


「大丈夫だ、よかった」


 ファイルを確認して安心した顔の小月さん。

 とっくに機嫌が直り、俺のすぐ隣に座ってくれて、にこにこ顔で俺に肩を預けてくる。


 ……その肩をそっと手でのける俺。


「あ、ごめん。こういうべたべたするの嫌い?」


 嫌いなわけがない。


「めっちゃ嬉しい」


「あれ、そうなの?」


 俺の返事を聞いてまたくっついてくれる小月さん。

 それを手でくいっとどける俺。


「……嫌だったら嫌でやめるよ?」


「だから嬉しいんだってば」


「どういうこと?」


「その、嬉しすぎてまた小月さんが勃っちゃう気がする」

 

「……それは確かにまずいね。さすがに今日はもういいよ」


「困ったね」


「うん、困ったこまった!」


 小月さんのおだんご頭は、寝癖すらほとんどとれてしまい、ただ髪を下ろしただけになっている。最後にすこしだけ残った巻き癖が気になって、小月さんの後ろ髪をなでたりひっぱったりしているうちに、電車は手多高校前駅に着く。

 

 手多高校「前」と主張するには少し距離がある坂道を上って、学校へ。


 随分時間がかかってしまったが、終わってみればなんてことはない。

 無事、今日の学校が始まる。





             ✿ ✿ ✿


 読んで下さってる方、★レビューまでして頂いた皆様、本当にありがとうございます。投稿してもなかなか人目に触れるのが難しい中、反応して下さる方がいるのは大変励みになります。感謝以外のなにものでもありません。


 おかげさまで注目の作品に載せて頂くことができました。

 まだまだ続きますのでどうぞ宜しくお願いします。


             ✿ ✿ ✿


 また、


~大量の逆さてるてる坊主を居間に飾るに至り、父の堪忍袋の緒が切れた~

『愚弟の宿題』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054902986591/episodes/1177354054903122281


 もどうぞ宜しくお願いします。






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